2014年9月29日月曜日

『職場の人間科学』

ソシオメトリック・バッジというセンサーを用いることで可能となった「ピープル・アナリティクス」について、その最近の知見を述べた本。
今まで感覚的でしかなかったものにIT技術を駆使して定量的なメスを入れることが出来るようになった分野である。
今後もソシオメトリック・バッジにより得られたビッグデータをベースとしてAIの発達とともにどんどん研究が進んでいく分野であろう。

<凝集性>
研究によると、成果と正の関連性が強かったのが「凝集性」(cohesion)という概念。
これは、ある人物のネットワークがどれくらい密なのかを測る指標のひとつ。
似た概念に「多様性」というものがあるが、ピープル・アナリティクスにおける「多様性」とは中心人物以外のメンバー同士のコミュニケーションは密ではない。
凝集性は、ネットワーク内の色々な人と話す時に高くなり、 多様性は、同じ集団内の人とばかり話す時に高くなる。

凝集性の高いネットワークの大きなメリットは、集団内に高い信頼が生まれることだ。この信頼は、ネットワーク内の相互作用の構造から直接的に生まれるものだ。

凝集性の高いネットワークの中にいて、同じプロジェクトにみんなで協力して取り組んでいるとしたなら、あなたがいい仕事をすれば、外からは誰が貢献したのかわからないが、同じネットワークの仲間からは個人的に感謝されるはずだ。この感謝のやり取りこそ、凝集性の高いネットワークで仕事の満足度が向上しやすい理由なのだ。

さらに突き詰めると、凝集性の高い集団には、精神的なメリットがあるだけではない。
コミュニケーションの有効性にも大きな影響がある。
凝集性の高いネットワークでは、一緒に過ごす時間が長くなるにつれ、簡略的なコミュニケーション方法が生まれはじめる。いわば独自の言語が生まれはじめるわけだ。言語といっても、正式な言語という意味ではなく、人々が共通の前提をもっていて共通の概念を理解しているという意味での言語だ。

凝集性をとるべきか、多様性をとるべきかというのは、社会学ではもっとも盛んに論じられている話題の一つだ。
この議論が本格化したきっかけは、マーク・グラノヴェッターが1970年代に発表した有名な論文「弱い紐帯の強み」である。この論文によれば、仕事を探している際には、弱いつながり、つまりあまり頻繁に会話しない人々との関係を築くことがもっとも重要だという。弱いつながりが多ければ多いほど、仕事を見つけやすくなるというものだ。
その後、この研究は組織の研究にも広がりはじめ、会社の中でも弱いつながりにはメリットがあると主張する人々が現れた。
一方デイビッド・クラックハートなどの研究者たちは、弱いつながりは業績の低下につながることが多いと反論している。クラックハートの研究によると、凝集性の高いネットワーク(特に、友人でもあり相談相手でもあるようなネットワーク)を持つ人々の方が、弱いつながりしか持たない人々よりも、業績がずっと高いことが分かった。
論争はいまだに続いているが、どちらにも長所と短所がある。
ということは、会社ごとに二つのバランスをどう取るべきかを理解しなければならない。状況が違えば、求められる交流のパターンも異なる。


集団の凝集性は生産性と正の関係を持ち、ストレスの軽減に関わっているという仮説が実証されただけでなく、凝集性は生産性やストレスに関わる唯一最大の因子であることも分かった。
集団の凝集性は経験よりも約30倍も重要だった。別のいい方をすると、ネットワークの凝集性が10%増せば、コール・センターで30年分の経験を積んだに等しいことが分かったのだ。
しかも凝集性は、生産性ほどの規模ではないにせよ、ストレス・レベルの軽減と強い関係があった。
具体的にいえば、凝集性が高いとストレスが6%ほど軽減した。明らかに、燃え尽きや精神的疲労と闘う上で有効な武器となる。

ではどうすれば凝集性が高まるのか。
高い凝集性を生み出していたのは、公式な会議でもなければ、デスクでのおしゃべりでもなかった。凝集性を高める交流の大部分は、デスクから遠くはなれた場所で、同じチームの従業員の昼休みが重なるほんの短い時間に起こっていた。
コールセンター組織の運営を最適化するには、従業員同士の凝集性を高め、休憩時間を揃える必要があったのだ。
チームの休憩の構造を変え、同じチームの全員が同じタイミングで一日15分間のコーヒー休憩を取れるようにした。 3ヶ月の結果、離職率が低かった。退社したのは全体のわずか3%だった。これは年率に換算すると12%であり、業界平均の40%よりも大分低い。
凝集性は18%も上がり、これは従業員がそれぞれ50年分の経験を積んだに等しい。

研究者によれば、密接な交流が出来る程度の休憩時間を設けることで、従業員のストレスが大幅に軽減することが分かっている。また、離職率を抑え、職場の活力を取り戻せる可能性もあるという。
工場の休憩時間に関する別の研究では、この種の休憩に不思議な名前が付けられた。 「バナナ・タイム」だ。

研究により、休憩が凝集性を高める上で重要な手段であることは証明された。いや、重要どころか、企業全般、特にコールセンターを有効に機能させるうえで、欠かせないものと言える。
とすると、オフィスで最も重要な場所はどこだろうか。
それは平凡で地味なウォーターサーバー・コーナーなのだ。


<職場における距離>
ミシガン大学のエレナ・ロッコは、分散されたチームの業績低下の予防策を検証する実験を行った。
彼女の研究では、フェイス・トゥ・フェイスのチームの業績が最も高かったが、最初に顔を合せ、その後別々の場所で作業したチームも僅差だった。最初から別々の場所に分かれて作業したグループはダントツの最下位だった。
この研究から分かるのは、毎回は現実的ではないにせよ、プロジェクトの開始前に全員で顔合わせをするのは、数枚の航空券を買うくらいの価値はあるだろうということだ。

遠くはなれた職場同士をうまく結びつけるには、会議を設けるだけではなく社会的な面も考慮しなければならないという点だ。
離れた場所同士で仕事をする場合には、人々がいがみ合っているのではなく、協力し合っていると感じられる職場作りの方法を考えなければならないのだ。
やはりプロジェクトの開始前に顔合わせの機会を設けるのは重要だ。
オフショアリングにおいても、仕事を円滑に進め、人々に互いに気遣いをもってもらい、チームの一員だと自覚を持って欲しいなら、全員でないにせよ、一部のチームメンバー同士には顔を合せてもらうべきなのだ。

メールコミュニケーションと距離の関係に関する初期の研究として、トロント大学のものがある。
トロント大学の研究では、ある製薬会社の新入社員にランダムでオフィスを割り当ててメールコミュニケーションの量を調べた。
デスク間の距離が遠ければ遠いほど、メールのコミュニケーションは(も)少なくなった。
別の場所にいる人にメールを送るのが、何故そんなに難しいのか。
飛び込みの電話をかけるのがいかに難しいかを考えればある程度の説明がつく。

同様の分析により人々同士の距離を次の四種類に分類すると
・隣
・同じ列または通路
・同じフロア(または50m未満)
・別のフロア(または50m以上)
という4段階での交流の割合は概ね4:3:2:1である。

バンク・オブ・アメリカのプロジェクトでは 長いデスクのグループはグループ内のコミュニケーションがほかと比べて43%少なく、小さなデスクのグループはグループ内の凝集性が非常に高かった。
4週間のバッジ・テストとメールデータの収集によると、 別の同僚と昼食をとった従業員は、一日の残りの時間もその人と会話する確率が高かったのだ。
しかし、面白いのは、大人数で昼食を食べた人々が、もともとそのグループで大食堂(12人がけの大テーブル)に行った訳ではないという点だ。テーブルが大きいと相席をせざるを得なくなる。その結果、小さなグループがいくつか集まって”巨大グループ”ができあがっていたのだ。
この現象はカフェでは起こりえなかった。テーブルが小さ過ぎた(4人がけ)からだ。
この大人数での交流が、グループの高い凝集性、ひいては高い業績に直結していた。この巨大グループで交流した人々は、一日の別の時点で、他のグループより36%も交流が多かった。また、レイオフなど、ストレスのかかる出来事の影響に大してもはるかに強かった。

フェイス・トゥ・フェイスの会議は、コストではなく投資だ。
物理的なスペースにほんの少し投資するだけで、生産性や仕事の満足度の向上という形で何倍にもなって返ってくるのだ。
企業はこれからも、物理的なスペースを協調や行動のパターンを変える大事な道具として捉えるべきだ。オフィスのレイアウト、家具の種類、リモート・ワークの承認は、企業や重要員の成功に大きな影響を及ぼす。
距離なんて関係なくなったわけではない。いや、今まで以上に我々の生活にとって中心的な位置を占めるようになっているのだ。


<隠れた専門家>
・多くの社員が会話のいらない個人的な作業に従事している
・ほとんどの仕事がコンピューター上や他の場所の人々との間で行われる
そのようなIT企業にソシオメトリック・バッジで調査を行った。
この会社では、この部門が誕生してからまだ数ヶ月だったとはいえ、履歴書上でスキルの高い従業員が伸び悩み、一方で経験の乏しい従業員が最高の成績を上げていた。
企業側から見れば、大事なのは個人的な行動とスキルだけのはずだ。
他の人々と会話する時間は基本的に時間のムダだ。だから、業績にもっとも関係が強いのは従業員の会話の相手だと判明した時の会社の驚きようはスゴかった。具体的に言えば、その従業員の社会的ネットワークがどれくらい密かが、生産性に大きな影響を及ぼしていた。この場合、従業員が活発に会話し合う集団と会話すればするほど、その従業員の生産性も高まった。しかも、それは小さな効果ではなかった。従業員が密な集団の中で会話する時間を10%増やすと、企業に月間およそ10万ドルの増収をもたらした。

あらゆるコミュニケーションの経路をたどっていくと、最終的には必ず4人の人物のうちの一人に行き当たっていた。
もっと面白いことに、中心に近い人物と話しをした従業員ほど、タスクを完了するまでの時間が短かった。具体的に言うと、4人の中心的人物のうち誰かと交流した従業員は、タスク完了時間が66%も短くなった。
バッジ・データのおかげで、隠れた専門家が分かったのだ。
4人の専門家は、大部分の時間を他の人との会話に費やしていた。それゆえ、専門家自身の業績はごく平凡なものであった。彼らは同僚の手助けに膨大な時間を費やしていたわけだ。

問題は、バッジ・データがなければ、専門家が他の人々に及ぼす影響を知るのは極めて難しいという点だ。
そこでこのIT企業に勧めたのは、ボーナス体系を個人業績のみではなく、グループ業績とも連動させるというものだ。これはただ乗りも許してしまうことになるが、組織においてこのような状況はある程度は避けられない。
しかし、専門家の貢献の価値を公式に認めれば、従業員の考え方〜集団志向か個人志向か〜が、昇進や仕事の割り振りを決める際の大きな検討材料になるはずだ。
この調査が実証しているように、非公式なアドバイスや学習は、業績に絶大な影響を及ぼす可能性がある。しかし、ほとんどの企業は、公式なレベルで学習を促すことにしか力を入れていない。
GEなどの企業は、大規模な研修施設や講座に何百万ドルの資金を投じ、従業員を育成している。確かにこのプログラムには価値があるし、従業員全体のスキルの基礎を築くことにはつながる。しかし、あくまでも基礎にすぎない。

組織で専門家を養う方法について重要なことが分かってくる。
最も価値のある専門家は、知識豊富なだけの専門家ではない。その知識を同僚と共有できる専門家なのだ。
ひとりだけではできる仕事の量に限りがあるが、専門家や知識の源泉を見つけて広めるのが上手な人はグループ全体の機能にとって欠かせない。
いわば、こういう人々は”メタ専門家”、つまり専門家探しの専門家なのである。


<その他面白知見>
◯スピードデート(5分間も話せばお互いの相性の良し悪しが分かるという前提のもとで行われる一種の合コン)の研究。
研究者が調べたのは会話の内容ではなく、話し方。つまり「社会的シグナル」。
社会的シグナルとは、人々が会話中に発信する無意識のメッセージだ。
その結果、会話の内容をみなくても、被験者の口調、声量の変化、会話の速度などの特徴を調べるだけで、誰と誰がデートするかを85%の精度で予測することができた。因みに予測に役立ったのは女性の声の特徴だけだった。(男性はどの女性にも興味のある素振りを見せていたからだろう)

◯利害がぶつかり合う給与交渉においても、交渉時間40分の最初の5分間の社会的シグナル(この場合、特に声量や会話速度の変化)次第で、最終的な給与が上がったり下がったりする確率が30%も増えた。

◯テレビ電話は相手の表情や周囲の環境がわかるという点では電話よりは間違いなく一歩上だが、コミュニケーションの時間差や、会話の最中に相手の目を見られないといった問題もある(カメラを見ながら画面上の相手の目は見られない)

◯コールセンターの離職率が年間40%にも及ぶ。

◯通常、新人を雇用して教育するのに、ベテラン社員の年給の25%のコストがかかる。

◯コールセンターの研究では、個々のオペレーターのフェイス・トゥ・フェイスの交流を完全になくすと、業績が12.9%低下する。


たまたま目について本屋で購入した本だが、実に面白かった。
これから職場の引っ越しが予定されていて、フリーアドレス制が導入される予定だ。
タバコ部屋の非喫煙者用コミュニケーションスペースとしてカフェコーナーも出来ると聞いている。
今は進め方として総務部門が各部署の担当者を集めて各部署の意見を聞きながら進めているが、そのうちソシオメトリック・バッジによるビッグデータから、企業にとって成果の出やすい(そして従業員にとってもコミュニケーションが円滑で心地よい)レイアウトが導きだされる時代がくるのかもしれない。

2014年9月8日月曜日

『エリートの仕事は「小手先の技術」でできている。』

東大主席卒業、財務省、そして弁護士。自身も「エリート」と呼ばれる弁護士の山口真由女史が、「エリート」と呼ばれる諸先輩方の一流の仕事を観察して気づいたこと。
「エリート」達の仕事の全てが、誰にも真似できない独創性にあふれているかというと、決してそうではないということ。
そこで学んだ、ルーティーンワークに必要な「小手先の技術」を記載したハック本。

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重要なのは、自分の頭で考えるべきことと、人に聞いてしまってもよいことを適切に見分けること。 確実性が求められる仕事か、創造性が求められる仕事かという基準がここでも当てはまる。
確実性が求められる仕事は人に聞いてしまう。
「正念場」では「その1点」に集中する。
チャンスを「マルチタスク」が潰している。瞬間的であっても、一点集中は至難のわざ。忙しい時期には仕事が仕事を呼ぶもの。世の中の多くの人は、マルチタスクを抱えている。そして、それが原因で、飛躍の機会をつかむことに失敗している。
飛躍の機会を活かせないのは、そのために割く時間が足りないのが原因。その他の雑多なルーティーンワークに時間を取られ、正念場となる仕事に対して十分に準備できなければせっかくの機会をものにすることはできない。
一方確実性を要求される仕事は、誰がやっても原則として同じ結果。ならば短時間でゴールに辿り着くほうがいい。「正念場」に集中するためには、正確性の要件を満たしながら、ルーティーンワークを短時間で終わらせる必要がある。
ルーティーンワークを「作業」の形にまで分解して、後輩や部下に御願いする。そして、その作業を確認することで品質管理をする。
「正念場の仕事」はルーティーンワークの逆。あなたのオリジナリティが要求されるので、誰かにお願いはできない。

80点から100点の労力は0点から80点の労力の2倍。
100点を取る仕事はコストパフォーマンスが最悪。
財務省の「更問」 80点から100点にする労力はみんなで分担する。
上司が何かを提案するときも、自分が考えたことのすべてを書面に盛り込むことはしない。 大体8割を書いて、2割はあえて入れない。
2割は上司のアドバイスで「アウフベーヘン」する。

失敗には2つの種類がある。セカンドチャンスが許される失敗と、そうではない一発アウトの失敗。

やりたいことを書くのは難しいが、いつくかの選択肢があったときに「これは嫌」というのはある程度明確だったりする。
自分の価値基準がわからない。もしそう思っているのなら、自分が日々行っている細かい判断を振り返ってみるといい。
「あの時、これってやりたくないと思った」「あの時これって、向いてないと思った」・・・
そういう小さな判断を帰納的に積み重ねていくと、なんとなく、自分の軸の部分が分かってくる。

何かを選択するときには、必ず、何かを捨てることになる。
何かを変えようと判断している人は、少なくとも、失うものを綿密に分析して、それでも何かにチャレンジしたいと「積極選択」している。
対して、今の状況を変えていない人は、それによって失うものに気づかないまま「消極選択」をしてしまっている。
今の状況を変えていない人は、「この状態を続ける」という「積極選択」をしていると認識しなくてはいけない。

自分基準より相手基準。「相手基準」とは、どちらの選択肢の方が、より自分の存在を「代わりがきかないもの」として重視してくれているか。
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ハックではない著者の根本の考え方ばかりを書いてしまったが、他にもすぐ使えるハックネタ満載。
立ち読みしてたら面白そうでついつい購入してしまったが、『エリートの仕事の「小手先技術」』なんて本のタイトル、恥ずかしくて人前では読めんわな。