2009年12月31日木曜日

2009年振り返り

2009年の振り返りです。
今年のはじめの大テーマは間違いなく妻との闘病生活でした。
御蔭さまで、大きな副作用もなく、抗がん剤期間6ヶ月を過ごすことができたのは、本当に感謝です。
「一寸先は闇」ではありませんが、数年後どうなっているかわからない状況下で、『妻と一緒にいられる”今”に感謝する』という心境を得られたのは非常に大きな内面的進歩でした。
そういう意味では年初に挙げた抱負のひとつ、『ワーク・ワイフ・バランス』をとるについては達成したと考えたいと思います。

2番目に挙げた『仏教の三毒』(妬む・怒る・愚痴る)追放。
もともと人を妬んだりする方ではないし、愚痴(自分を恥じるも含め)も少ない方だと思うのですが、”怒る”(不平を言う。すなわち他人のせいにする)については、全く追放できていませんでした。
特に年後半、仕事関係で思うようにプロジェクトが進められない時には、怒るわ、不満をぶちまけるわで反省の極みです。
裏テーマの”アサーティブ”については、意識的に行ってできるようになってきてはいますが、怒りを追放できるほどには至っていません。
引き続き努力が必要ということでしょうか。

3番目の抱負、”英語を勉強する”については具体的な数値目標を伴った抱負でした。
しかしながら、本日現在で58まで。対目標比で72%に留まってしまいました。
でも、本格的に始めたのが9月頃からなので、追い込みはすごかったです。(年末に仕事が忙しくなりまた、できなくなってしまいました)
英語については引き続き勉強を続けて、来年は英語で会話できる機会を持てたらと思います。

今年は年の後半に、仕事関係で葛藤を含んだ忙しい日々が続きました。
でも、プライベートでは、妻がとても元気になって前よりも前向きな考え方をするようになってきていて本当にありがたいと思います。
去年の大晦日のミスチルの”GIFT”を考えると感慨深いです。

来年もいい年でありますように。

2009年12月28日月曜日

新ワークショップ方式?

先日ワークショップ終了後、飲みに行った時の話。
戯れに、ワークショップで利用していたポストイットに飲み会で出てきた単語を書いてペタペタと壁に貼ってみた。
飲み会なので、当然脈絡もない話の連続なのだが、最後に”振り返り”と称して眺めてみると、それはそれで結構な振り返りとなって非常に面白かった。

それを受けて、後日関西出張でヒアリングを行った際に、4人で喫茶店で振り返りを行った。
幸か不幸か他に客がいなかったので、ワイワイガヤガヤやらせてもらうことができた。
やり方は以下の通り。
①今日のヒアリングを受けて思ったことを各々手元のポストイットに書いて壁(その喫茶店ではなんと外に面した窓ガラス!)に貼る。
②ブレスト的に、どんどん皆で意見を出して、ペタペタ貼っていく。
③最後に同行していた新人が最後にそれらを自分流に貼り直して、まとめの説明を行う。

たったこれだけなのだが、短時間で非常に内容も濃く、全員の納得感、腑に落ち感が高かった気がする。


プラス・サーキュレーション・ジャパンの中西紹一氏によると、認知的徒弟制の流れとして
①モデリング
②コーチング
③スキャフォールディング/フィーディング
④アーティキュレーション
⑤リフレクション
⑥エクスプローリング
というのが中西流の基本フォーマットとしてあり、氏の素晴らしいワークショップは全てこれを踏襲しているのだそうだ。

それを受けてみると、上記方式も
1.新人以外の先輩からも、キーワードとコンテキストを出し、壁に貼っていく(①②③)
2.それを新人に貼り直させて、新人の言葉で説明させる(③④⑤)
となっていて、後は会社に戻って⑥で実践すれば基本を踏襲していることになる。

とっても手軽で充実度の高いやりかたなので是非またどこかで行いたい。

『つながる脳』

今、流行の「脳科学」について、実際の状況や課題をわかりやすく述べた本。
ちょっと一般向けには、”脳科学というもの”に関しての記述が多すぎるきらいがあったが、他のサルの社会的適応に関する実験およびその考察は非常に面白い。
(個人的にはここをもっとメインで書いてほしかったくらいだ)

サルを二頭向かい合わせに座らせると、どちらのサルも相手のことを見ようとせず、完全に無視し合っている。
面白いことに、無視し合っているのに、相手の顔のあたりにはほとんど視線を向けない。つまり、相手の存在をわかったうえで、相手が何をしようが気に留めないという態度。右から左に頭を振る時にも、途中に相手の顔があるとU字型の軌跡をたどってそれを避け、まるで相手の顔のあたりの空間が存在しないように振る舞う。
両者が初めて会った時には、どちらのサルも自らが上位のサルとして振る舞う。
ただし、サル間の礼儀(!?)として、理由なく積極的に相手の顔(目)をみるということはしないということだ。
リンゴを与え始めると、リンゴを巡る確執が起こり、相手に威嚇の表情を見せる。
2〜3日で二頭間の上下関係は確定し、通常よほどのことがない限り長期間続く。

上記の観察から著者は「抑制こそ社会性の根本ではないか」という仮説をたてている。
サル達のデフォルトモードは”強いサル”であり、デフォルトの社会性フリーの”強いサル”状態から、社会性を持った弱いサルに自分を変える時に新しい機能「行動の抑制」が必要とされ、逆に自分が”強いサル”に戻った時にはその機能を解除する。
すなわち『Homo Confuto(我慢するサル)』なのではないかと。

また、道具利用時の「所有」の概念に関する観察も面白い。
通常、道具を持っていない状態の生身の下位サルは、上位のサルのもっているエサや、空間には手を出さない。つまり、非常に強い社会的行動抑制が起きている。
しかし、道具に関してはルール違反が頻発する。
道具はそれを使っているサル自身からすると自分の体の一部であるが、下位のサルからは上位のサルが使っている道具は別物と認識している。
つまり、上位サルの脳内部に起きている身体イメージの拡張を、それを見ている下位サルが共有できていない。
さらに、下位サルは、上位のサルが道具を使って自分に引き寄せている途中のエサにも平気で手を伸ばす。

サルにおいては、この「所有」の認識に関するズレを整合させることは困難らしい。
ヒトの世界でも、他の子供のもっているおもちゃを突然取り上げて遊び始める子供と、取り上げられて泣きわめく子供という構図は世界中のいたるところで見る光景である。
ヒトの場合には、親から「それはよくないことだ」と言われて、「所有」に関する知識を学習している。

また、この”抑制”を基本としたサルの社会性は、眼力の効く二者間にのみ存在し、一対多という構造はできないらしい。
上位のサルにハーフミラーのついたゴーグルをかけさせて、外からは上位のサルの目を隠すと、下位のサルが見せていた社会的な抑制が外れた。
我々が大人数の前で話す時にあがって緊張するのも、一対多を行おうとすることで脳がスタックしている状態なのかもしれない。

最後に著者は、リスペクト(社会的報酬=”ホメ”)をモチベーションのベースとした世界感を提案している。
これは、脳科学的に、金銭課題で反応を見せる基底核の一部である線条体という部位が、社会的報酬課題でも活動していることからヒントを得ている。
カネ主体の社会以前から、ヒトに対し何らかの動機づけ要素は必要だったはずで、その動機付けを行う要素が社会的欲求だったのではないか。
その欲求内容はひとつではなく、他者との関係を継続すること、他者から社会的に認められること、社会に奉仕すること、そういうことがヒトを動かす原動力になっていたのではないか、というのが著者の仮説である。

他者に対するリスペクトには、多少の積極的なエネルギーが必要となるが、「独裁者のゲーム」の結果(人は何のオブリゲーションを負わない状況でも2割程度は他人に成果を分配する)からみると、我々は自分の取り分の2割程度はそのために使うことができる。
リスペクトが循環する社会は、ヒトとヒトとの関係を安定したものにしてくれるであろう。
ただし、著者は動機付けとしてのカネはなくなることはないと考えていて、カネとリスペクトの2つを軸とした社会でなければならないとしている。
脳科学の話から、ポスト金融資本主義のヒントが出てきているようで、素晴らしい話である。

サルの話も、我らヒトの社会の中で行われているのと余り変わらない気がして、面白いやら悲しいやらちょっと複雑な心境となった。






2009年12月23日水曜日

『アインシュタインファクター』

”イメージストリーミング”という脳を活性化する手法について書かれた本。
ちょっと一般には理解されにくい(信じてもらいにくい)内容なので、その信憑性を増すためにか、脳科学系、認知心理学系の話がたくさん出てくるので、むしろそちらの方が面白い。

・のだめカンタービレで有名になったモーツァルトの『二台のピアノのためのソナタ ニ長調』を10分聴くだけで、知能指数は8から9ポイントあがる(但し15分程度で元に戻る)
・人間の脳は一秒につき約126ビットの情報に対してしか集中できない。他人の話を聞いたりするだけでも40ビットしか処理できなくなる。
・私たちは一日のうち50%の時間を空想につかい、8%の時間は眠りの中で夢をみている。つまり、私たちは人生のうち58%を無意識の中ですごしている。
・潜水は脳を刺激するのに効果的。血液中の二酸化炭素が増加すると、私たちの体はそれを酸素の在庫が減ってきていると解釈する。そして、頸動脈が大きく開いてより多くの血液を脳に運ぶ。それによって、酸素を含んだ血液が通常以上に脳に行き渡る。
などの小ネタ系の話や

<ロシア人のヴィゴツキーが行った、幼い子供達に蝶の羽を描かせた実験>
芽生えた単語力に加えて、”点””三角形””スラッシュ”など基本の形を表す言葉を覚えていた子供達は、記憶だけでも蝶の羽を上手に描くことができた。
一方、そうした言葉をしらなかった子供達は写真を模写させても、まともな羽の絵を描くことができなかった。
その後、描くことができなかった子供のうち半分にその大切な言葉を教え、残りの半分は教えないままにして再び実験したところ、
言葉を教えられた子供達は、最初から言葉を知っていて羽を描くことができた子供達と同じくらい上手に絵を描けるようになった。

という”言葉”がいかに大切かという認知心理学的話もふんだんに盛り込まれている。

”meme"とは進化生物学者のリチャード・ドーキンスが発案した造語で、文化を人の脳から脳へと伝達される自己複製子(情報)であると見なしたときに、伝達される情報の最小単位のことである。
複製、伝達、変異という三つの条件を満たしていれば遺伝子以外の何かであっても同様に「進化」するはずであるとされている。
この本では”genious meme” (天才のミーム)は存在し、天才が天才を生むのは歴史を見ても明らかという考えられている。
>>
歴史家達によると、天才は一人だけでは現れず、天才は一気に出現することが多々ある。
紀元前5世紀、ギリシャのアテネで、プラトンやソクラテスの哲学、フェイディアスの彫刻、ペリクルスの政治(治国策)、ソフォクレスやエウリピデスの詩、アリストテレスの科学が生まれた。
そして2000年後にも、フローレンスという都市国家で、ミケランジェロやダ・ヴィンチ、ボッティチェリ、ミランドラ、フラ・フィリッポ・リッピらのような巨匠が誕生し、ルネッサンスが起きていた。
>>

そしてこの”genious meme"を伝播させる手法として”イメージストリーミング”という手法を提案しているのである。

日本の歴史を見ても、戦国時代や明治維新の頃には”人物”がキラ星のごとく出現している。
統計学的には、どの時代であっても優秀な人間は同じ割合で出現するはずなので、この現象は優秀な人物を輩出しやすい”場”がある時代かどうかという違いということで考えていたが、伝搬される”meme"により”大人物”(本文中では”天才”)が多く生まれるという説は面白いと感じた。

”イメージストリーミング”自体はちょっと読んだだけではピンとこない部分もあるが、『全脳思考』で神田昌典氏も同様に”Creative Problem Solving Method”という手法を提言している。
いずれもイメージから入ってそれを言語化するという手法だ。
マインドマップ、ワークショップに引き続き、創造的会議の手法となっていくのかも知れない。

2009年12月20日日曜日

『会社のデスノート』

所得弾力性、価格弾力性という切り口をテーマに経済を述べた本。
今回のトヨタショックについても説明している。
自動車に関しては短期所得弾力性は5.5と高いが、長期所得弾力性については1.1と低い。
米GDP▲6%を受けて短期的には北米売り上げが3割近くダウンしたが、長期的には米GDPが回復するのと合わせ急激に回復する可能性が高いという説だ。
ゆえに北米の売り上げ激減を受けて急激に雇用調整に入ったりしたのは得策ではなく、急激回復したアメリカの自動車需要を受け止めきれない(機会損失)恐れがあるとしている。


価格弾力性の観点でみると、価格弾力性が1.0よりも小さい商材は価格を上げる方向に努力をすることで市場を広げることができる可能性がある。
それを実現したのがセブンイレブンのコンビニエンス定価販売手法である。
長時間(24時間)営業、そして他社もコンビニエンス業界に参入してくることで顧客の利便性をアップさせることで、スーパーよりも高い定価販売で売り上げを伸ばすことができた。

ポール・クルーグマン教授は「経済成長」「分配」「失業」の3つを管理すれば国の経済は大丈夫と言ったとか。
その「経済成長」を継続するためには日本は重サービス業(重工業と同じく、人件費以外の資本投下が必要で、ノウハウ的な部分での参入障壁が大きいサービス業のこと)をビジネスモデルとして確立し、海外へ輸出することが必要だ、というのが著者の鈴木貴博氏の主張だ。

鈴木貴博氏は『逆転戦略』という、ウィルコムの参入した次世代PHSの将来性を熱く語った本を以前出していて、勉強したことがある。結構説得力を持って感心した記憶がある。
しかしながら、ウィルコムは今年の9月に事業再生ADRの手続きに入ってしまった。
2〜3年早く投資をしすぎてしまった企業がお金をどぶに捨てるような結果になる一方で、出遅れたはずの企業が先行する企業の研究成果を横取りして成功してしまう現象を、鈴木氏は”狼はまだ来ない現象”と呼んでいる。
が、『デスノート』は”いつ”かが明確であるから意味があるので、”○○はいつか死ぬ”であったらそれは確実にあたる予言となってノートの意義は全くなくなる。
今回も短期と長期の違いは?という疑念に関しては自ら「根拠は述べないが1年未満か1年超か」ということで述べている。
仮に所得弾力性に基づく需要理論が正しいとしても、長期と短期の違いが1年なのか5年なのかによって、トヨタのとるべき戦略も変わってくる気がするが果たしてどうか。
ここについては、根拠を上げつつ説明して欲しかった。



2009年12月13日日曜日

『逝きし世の面影』

はこだて未来大学の美馬のゆり先生からお勧めいただいた本。
イヴァン・イリイチの『コンヴィヴィアリティのための道具』の訳者である渡辺京二氏の著作である。

「文化は滅びないし、ある民族の特性も滅びはしない。それはただ変容するだけだ。滅びるのは文明である。つまり歴史的個性としての生活総体のありようである。」
ということで、明治から大正にかけての今は失われてしまった日本の文明に焦点を当てたものである。

ある文明の特質はそれを異文化として経験するものにしか見えてこないという文化人類学的方法の要諦により、当時の日本を見た外国人の証言から当時の日本の文明を浮き彫りにしたものである。
読み進めると、海外の証言者があたかも対談をしているかのような錯覚に陥るのが面白い。

証言者には色々な意見があるが、当時の日本について、質素な暮らしではあるが庶民がみな幸福感あふれて見えるというのは共通の見解のようだ。

・貧富の差が少ない。(というより富貴の人々もさほど奢侈贅沢に暮らしていない)
・住居に家財がない。
・公然と混浴や水浴びを行う。
・売春が公制度化されている。
と言った点が当時海外から来た証言者の目で見て特異に映ったようだ。
おそらく現代日本人が当時へタイムトリップしたとすると同様に感じると思えることからして、既に現代日本は西欧文化を取り入れ、当時の文明とは異質なものになっていると考えざるを得ない。
昭和7年の白木屋火災での女性達の行動に鑑みるに、その頃既に人前で裸になることは羞恥すべき行動と考えられていたことから、半世紀ほどもあれば文明は変わってしまうものなのかも知れない。

他にも証言者達に特異に映った事項として、『子供を大事に育てる』(親は子供をひどく可愛がり甘やかす。同時に子供に対して決して手綱を放さない。)というのもあった。
これはコーカソイドからみたモンゴロイドの子育てに対する所感ではないだろうか。
逆に、今でさえ欧米の子育ては日本の子育てに比べ子供の自立を促すのが早く、また実際に早く自立するのは、論をまたない。

古き日本を実見した欧米人の数ある驚きの中で、最大のそれは、日本人民衆が生活にすっかり満足しているという事実の発見だった。
オリファントは
「日本を支配している異常な制度について調査すればするほど、全体の組織を支えている大原則は、個人の自由の完全な廃止であるということが、いっそう明白になってくる」
といいながら、他方では
「個人が共同体のために犠牲になる日本で、各人がまったく幸福で満足しているようにみえることは、驚くべき事実である」と述べている。
20世紀の最大の社会実験として、”社会主義国家”というものの可否があったとすると、当時の日本はある意味、社会主義国家の成功像を既に体現していたのかも知れない。

「彼らは皆よく肥え、身なりもよく、幸福そうである。一見したところ、富者も貧者もない。これがおそらく人民の本当の姿というものだろう。私は時として、日本を開国して外国の影響を受けさせることが、果たしてこの人々の普遍的な幸福を増進する所以であるかどうか、疑わしくなる。生命と財産の安全、全般の人々の質素と満足とは、現在の日本の顕著な姿であるように思われる。」
と当時ハリスが述べたように、我々は良かれ悪しかれ西洋文化の影響を受けて、現代日本文明を作り上げている。

「衆目が認めた日本人の表情に浮かぶ幸福感は、当時の日本が自然環境との交わり、人々相互の交わりという点で自由と自立を保証する社会だったことに由来する。浜辺は彼ら自身の浜辺であり、海のもたらす恵みは寡婦も老人も含めて彼ら共同のものであった。イヴァン・イリイチのいう社会的な「共有地(コモンズ)」、すなわち人々が自立した生を共に生きるための交わりの空間は、貧しいものを含めて、地域すべての人々に開かれていたのである。」
とあるように、”日本人”という観点でみると、我々は当時に比べ得たものもあれば、失ったものもあるということだろう。
作者が『逝きし世』と名付けたのもうなづける気がした。

2009年12月12日土曜日

エコプロダクツ2009




東京ビッグサイトで行われたエコプロダクツ2009に行ってきました。
3日間で約18万人来場するイベントで、ここ数年1.5万人位ずつ来場者が増加しているそうです。

いろんな企業・学校・団体が出ています(700団体超?)。
エコプロダクツという名前にある通り”エコ”関連商品なのですが、”サービス”も”プロダクツ”に含むという整理のようで、一見あまりエコとは関係のなさそうな企業もなんらかのエコ切り口で出展していました。
なので必ずしもecologyの環境ではなく、environmentの環境に近いエコという感じを受けました。
あまりに皆エコを主張するのをみると「一体どんな業種が一番エコとかけ離れた業種なんだろう」とか考えちゃいました。

出展内容は大別すると
①自社商品紹介型
②自社商品販売型(食品、小物系が多かったです)
③啓蒙型(展示、デモ、セミナー)
もしくはその組み合わせというのが大半でした。

やはり大企業は大きなスペースで大掛かりな展示を行っているのですが、面白いのは規模的には大企業でもひっそりと小さなブースでやっているところもあったりしたことです。
協賛するお金がなかったのか、自社のエコ取り組みに関して自信がなかったのか、対費用的にみて効果薄と判断したのか。。
”環境”に対する会社の意識の現れがでているのだとすると、今後それがどう現れていくのか楽しみです。

イブニング・ダイアローグ@代官山

去る12月4日に産業能率大学@代官山で行われた、長岡健先生がモデレーターとして主催しているサロンの第3回目に出席してきた。
テーマは「ポスト成果主義時代の若手育成」について、問題意識を共有する人材育成マネジャーが集い、ダイアローグを通じて本質理解を深めるというもので、同志社女子大学の上田信行先生がゲスト参加されるということで出席してみた。

6人チームでレゴをつかっての”いかに高く積めるかワークショップ”。
別に勝ち負けを強調するわけではないが、見れば結果が一目瞭然なので、知らず知らずに熱中してしまう仕掛け。
同じことを2度繰り返すことで、最初は気がつかなかったことの反省を活かして2度目はさらに熱中。
知らないもの同士がチームなので、1回目はチームワークとはほど遠いバラバラ作業だったのが、2回目は誰が指示するでもなく何となく分業体制が確立されるのもやってみて面白かった。
この“高く積む”というのはレゴを使ったワークショップの中でもシンプルで奥が深いのだそうだ。

次にはレゴを使って机の上に、自分の名刺づくり。
これも各人色々と個性がでていて楽しめた。

終わりは神戸芸術大学の曽和先生によるドキュメンテーション披露。
あっと言う間の2時間30分。

このサロン、人材育成マネジャーが集うといいながら、どんな人達が来ているのか興味があったのだが、半数はやはり人事関係の人だったようだ。その他は教育関係者、デザイナーなど。
正統な人事関係者だと、ちょっと最初は理解できないセッションだったような気もする。
そういった人達が、今回のサロンをどう思ったのか聞いてみたいと思った。

上田先生が最後に話をした”Follow your muse!"という言葉が印象的だった。

2009年12月10日木曜日

『全脳思考』

神田昌典氏の本。神田氏は売れっ子になる前から、面白い視点の人だと思って注目していた。
氏の『成功者の告白』にもある、チーム・ダイナミクスにおける「桃太郎理論」という面白い視点の考え方はこの本でも紹介されている。

物語シナリオによるプロセス管理システム論は非常に秀逸。
「何故ウルトラマンは最初からスペシウム光線を使わないか。」「何故水戸黄門は最初から印籠をださないのか。」
その答えは、我々が無意識レベルではむしろ葛藤を望んでいるから、という仮説には脱帽である。
6人による100までの数字寸劇を行うと、盛り上がる箇所は4カ所あって、平均すると33近辺、50近辺、66近辺、85〜90近辺となるらしい。
これも、我々が物語を通してみた時に山場(葛藤)を望んでいる証左であるのかもしれない。

あるサッカーの名将の
「ゲームの途中で、観客は絶望的になってブーイングを始めるのですが、私は全く気にしません。ネガティブな出来事が起こっても『あれ、どうしてかな?』と思うだけです。『勝つことは決まっているのだから、シナリオを読み違えたかな』と考えて、勝つまでのシナリオを調整するのですね」
という考え方は是非見習いたい。

この本の中核理論として『U理論』『Creative Problem Solving Method』というのが出てくる。
個人的には何となく肌感覚としてわかるのだが、わからない人も多いだろうし、わからない人には理解できないであろうこともよくわかる。
実践によって同様のことを経験していないと腑に落ちないのではないか。

人間版100匹目のサルみたいなことを信じられるかどうかという気がする。

2009年11月28日土曜日

『のめり込む力』

ワトソンワイアットのコンサルタント川上真史さんの書いた本。
実は会社で川上さんの研修を受けていて、本の内容の半分くらいは研修のときの内容であった。
つまらない研修が多い中で非常にためになる研修であったと記憶している。
ミハイ・チクセントミハイがフローの研究をするにあたって、「”外的報酬”と”内的報酬”だけでは説明のつかない熱中状態を研究し、それを”フロー状態”と名付けた」という話を聴いていたので、それとの関連性も気になり購入した。

よく動機付けを語る時に引き合いに出される『マズローの欲求五段階説』が自他ともに認める誤りであるということが明記されている。
(マズロー自身も「研究が不完全なうちに世の中に勝手に広まってしまった」と困惑しているらしい)
確かに「衣食住足りて礼節を知る」ではないが、”足りないもの”が無くなった現代日本において、必ずしも自己実現欲求が起こっていないことはマズロー説が完全でないことの証明となってしまっている。

欧米では、職場環境の改善やキャリアアップのための支援などを計画的に行うとともに、それらも「報酬」として捉えて、トータルに報酬制度を設計していこうとする「トータル・リウォーズ」(Total Rewards)の考え方が出てきた。
昇給、昇進といった外的報酬の他に、キャリアアップ支援、仕事の機会といった内的報酬を合わせて「報酬」であるとする考え方だ。

内的報酬には、「仕事のテーマではなく、仕事のプロセスに面白さ、興味深さを見いだしていこう」というエンゲージメントの観点が必要であり、そのエンゲージメントには「活力」「献身」「熱中」の3つの必要要素があると言っている。
「活力」はいわゆる”やる気”である。
「献身」はちょっとわかりづらいが、仕事をやりながら誇りが感じられる状態。”プライド”と言い換えてもいいもの。後ででてくる自尊感情にもつながってくるのかと感じた。
「熱中」については”没頭”すること。
「熱中」をフロー状態に近いものと考えると、チクセントミハイが外的報酬、内的報酬の訳では説明のつかない強いモチベーション状態を”フロー”としたのに対して、ここでは内的報酬のベースとなるエンゲージメントの一必要要素として”フロー”に近いものが設定されているようだ。

仕事にエンゲージメントするには「成果を生み出している実感」が必要である。とはいえ、常に大きな成果を生み出せる人は本当に一握りしかいないので、”小さな成果”を生み出していることを感じる必要性がある。
その「小さな成果に対する認知力」は「顧客からの強い感謝を得た経験」の有無によるところが大きいそうだ。
顧客からの強い感謝の念を受ける経験は、すなわち自尊感情にもつながる。
人材育成においても非常に大切なポイントではないだろうか。

”シナジー”の考え方にも触れられている。
”協調すること”と”シナジーを生むこと”は似て非なるものであり、協調だけでは新しいものを生み出すことはできない。
「自尊感情」と「共感性」、この2つの高さがシナジーを生む。
これからの国際社会においても絶対不可欠な2要素であると思う。

2009年11月22日日曜日

『リフレクティブ・マネジャー』

”一流は常に内省する”とサブタイトルのついたこの本、「働く大人の学び」に関する本である。
教育というと、やはり学校教育に関する研究が多く、企業における人材育成に関する研究はほとんどない。
それについて20歳も歳の離れた中原淳と金井壽宏が連歌方式(?)で企業における学びについて語っていくのが面白い。
諸々の教育理論についての紹介があり、協調学習の入門編としては非常にすぐれていると思う。

マネジャーについて、
「忙しいから大きな絵が描けないのではなく、絵が描けていないからひたすら振り回され忙しく感じる。
優れたジェネラルマネジャーほど、アクションを通じてのアジェンダ構築がうまく、頭の中が整理されていて、より遠くを見ている。
だからひとつの指示や決定に迷いや誤りがなく、それらはちゃんとアジェンダに沿って決められている。
その姿は、見かけ上は無慈悲なほど目まぐるしくても、本人は自分の意思でそうしているのだ」
というコッターの主張は若干耳の痛い話ながらその通りだと思う。

○大人の学びには"unlearn"(学びほぐし)が大切であり、その際には「ジレンマ」「葛藤」「焦燥感」といったネガティブな局面がともなうこと。
○トップダウンでもボトムアップでもない、ミドル・アップ・ダウン・マネジメントが重要であること。
○宮大工の世界でも、能の世界でも、観阿弥世阿弥の時代から、技術や技能の継承においては、先輩が後輩の目の前で実際にやってみせる側面からの刺激と、先輩が後輩に見せながら大事なことを言葉で伝える口伝とが同時に行われてきたこと。実地にやってみせることと、「要約ラベル」とも呼ばれるキーワードで盗むヒントを言語化することの両方が大切であること。
などなど、企業における人材育成に関するヒントが満載である。

development というとすぐ「開発」と訳される。carrier development→「キャリア開発」、leader ship development→「リーダーシップ開発」と訳されるのだが、経営学の中でも人材育成に関しては developmentを「発達」「育成」と置き換えると「キャリア発達」「リーダーシップ育成」となってより本質を理解しやすくなるのではないか、という話があった。

これからはディベロッパーと呼ばれる企業は”都市開発”だけでなく、人材に関してもdevelopし、”人材育成”についても本業としていく必要があるのかも知れないと痛切に思った。

2009年11月16日月曜日

MAC帰還

11月3日にヤマダ電機に修理に出していたMacBookが戻ってきた。
その間、遅いウィンドウズで対応していたので、とても使いづらくて効率が悪かった。
今は非常に快適にMacで入力することができている。
とはいえ。。
ハードディスクが故障だったのだが、修理費が全部で5万8千円超。。
もうちょっと出せば新品という感じでちょっと涙だった。

THIS IS IT

勧められてマイケル・ジャクソンのTHIS IS IT を妻と見に行ってきた。
いろんな見方ができる作品で、なるほど、また見たいと思わせる秀作であった。
実現することのなかったロンドン公演のメイキングビデオなのだが、編集の力か、立派な映画となっていた。
外山滋比古氏が『思考の整理学』で「編集は第二の創作活動である」と言っていたのがうなづける感じである。
公演に向けてのスタッフが全員”マイケルと一緒に仕事がしたい”と思っている感じが表にでていて、すごくいいチームを構成しているように見えた。
マイケルは、自らパフォーマーでありながら、すべてを取り仕切る総合プロデューサーでもある。チームの中では文字通り"KING"である。
50歳という年齢を考えると、パフォーマーであることをやめて、総合プロデューサーとしてだけでも十分やっていけたであろうに、マイケルは最後までパフォーマーであることにこだわったということか。
専門家がみると随所にコーチングの手法が使われているのだそうだ。

諸々と理屈をつけたが、踊りと歌のパワーには圧倒され、時間はあっという間にたっていった。
機会があったらまた見たいものだ。

2009年11月8日日曜日

上野動物園

下の子供にせがまれて上野動物園に行ってきた。
ジャイアントパンダのリンリンが2008年に死亡してから、ジャイアントパンダは不在で、その代わりにレッサーパンダがパンダ舎の主となっていた。(ちょっとだまされてる感もなくはないが。)
上野動物園は年間入場者数が日本一の動物園だが、2008年の入場者数は約290万人とのことで、2006年の350万人から比べると2割近く減少していることになる。 (それでも有料施設入場者数ランキングではディズニーリゾート、USJ、八景島シーパラダイスなんかに並んで日本で6位なので立派!)
いつも込んでいる時期に行くことが多いのでピンとこないが、コンスタントに毎日1万人の入場者を集めるのは非常に難しいということか。
ベネッセと提携して宝探しオリエンテーリングを行っていた。
広い動物園ならではの楽しみでもあり、非常に楽しかった(最後に景品をもらうのに個人情報を出さねばならないのにはちょっと閉口したが)。

動物園の園内は広いエリアなので歩き回ってくると非常に疲れてくる。
ディズニーランドも同じなのだが、ディズニーランドの場合、なんとなく「次のを観に行こう」という気になるのだが、動物園だと「次を観に行こう」の気力が起きにくい。
これは、興味津々でやってきた子供も同じのようで、素直に帰途についた。
この違いはなんだろうかと考えてみた。
動物園は頭を使って観る要素が多いので、頭が疲れてくるとそれ以上同様の作業を継続するのが嫌になるのではないだろうか。
ディズニーランドの場合には、頭を使ってアトラクションに乗るわけではないので、新しい経験を求めて次から次へと肉体鍛錬がごとく連続して観にいくことができるが、頭を使う観察だったりするとそれが継続できなくなり拒否反応がおきるのではないだろうか。
ランニングにおいてもランナーズハイという言葉があり、エンドルフィンがでてくることで体が苦も無く動くようになるが、ラーナーズハイという言葉はなく、頭を使った作業や観察、決断を要するものは休み休みでないとできないものなのかも知れない。
確かに集中して何かを行っている(行うことが出来る)時には、頭を使いつつも作業系のことが多い。
長時間何かを行う時のヒントが隠されているような気がした。

『1分間英語で自分のことを話してみる』

GOOGLEジャパン副社長の村上さんが自分の本の中でお勧めされていた本です。
村上さんは英語が話せるようになる事前準備として、自分のネタを英語で100用意しなさいということで、その手本として、この本を推奨されてました。

今年の年初の目標のひとつに「100とはいわんが、80位英語で言えるように準備する」というのを掲げた手前、昨年末に購入していました。

その後、どう進めていったらいいものか悩んでおりましたが、
①GOOGLEドキュメントに一項目ずつ入力していく。
②『1分間英語で自分のことを話してみる』をベースに、他の単語、表現等はインターネットの英和サイトをフル活用する。
と言うやり方で秋口からはじめてからは(ようやく)スムーズにすすむようになりました。

そしてこのたび、この本に載っている40項目については終了!

あとは独自のテーマを40つくっていけば、今年の抱負の一つが完了です。

それにしても、あくまで自分勝手に表現しているので、どなたか英語の堪能な人を見つけて、表現の良し悪しを監修してもらいたいと思ってます。

いい人いないかしら。

2009年11月1日日曜日

『思考の整理学』

外山滋比古氏が1983年に著した本。
「東大、京大の生協で一番売れている本」という触れ込みに触発されて購入した。

”グライダーと飛行機”という喩えで、受動的に知識を得る能力と、自らの意志で様々なことを発明・発見する能力は全く別ものであることを示している。
とはいえ、現代は情報社会であるので、グライダー人間兼飛行機人間となるにはどうすべきかを心掛けるべきである、としている。
(東大生、京大生はグライダーとしては一流であるはずなので、このあたりの教えが受けているのかもしれない)

また、『見つめるナベは煮えない』という喩えで、「新しい物を生み出すには発酵させる時間が必要」であり、これは企業における部下(プロジェクト)の管理においても同様であるとしている。あまり、見つめすぎる(心配になってあれやこれやとつっつく)と却って中々煮えない。正に至言である。

至言といえば、「ひとりでは多すぎる。ひとりでは、すべてを奪ってしまう」というアメリカの女流作家の言を引いていて(この場合、”ひとり”とは恋人のこと)、
「(テーマは)ひとつだけでは、多すぎる。ひとつでは、すべてを奪ってしまう
と、卒論を書こうとしている学生に禅問答のように言い渡すそうだ。
ひとつに絞ると視野がせまくなり、結果全体の秩序を崩してしまうという趣旨なのだが、「ひとつだけでは、多すぎる」と言われた学生にとっては、正に禅問答であろう。

その他にも「セレンディピティ」の話しや「メタ認知」の話がでており、とても30年近く前に書かれたものとは思えない内容である。
確かに今読んでも非常に勉強になる良書であった。




2009年10月31日土曜日

『女教皇ヨハンナ』

某広告代理店の天才(と思っている)プロデューサーN氏からのお勧め本。
ミステリアスな歴史物が好きなことを見込まれてのことだと思うが、見事にはまって2日で通読してしまった。
主人公は、ヴァチカンの公式記録では抹消されたとされている女教皇ヨハンナである。
あとがきで、どこまで史実に基づいているかの解説がついているのだが、それを知ると、宮城谷昌光氏の中国歴史ものと一緒で「よくぞここまで面白くふくらませた」感がある。
前段では、男尊女卑という”当時の常識”、キリスト教布教の実態というものがエピソードとして語られており、現代に生きる我々に以後のストーリー展開を共感させるための伏線となっている。
「性」を偽って生きるということは現代日本においては不可能ではないかと思えるが、9世紀とはいえ、事実だとするとちょっと考えただけでも相当困難を伴ったものであったであろう。
映画化が予定されていて、ドイツでは既に公開されているという話もきく。楽しみである。

おっと、その前にレンタルが開始された「天使と悪魔」のDVDを見なければ!

2009年10月25日日曜日

新型インフルエンザ その2

下の子供がインフルエンザA型と診断されて、先週1週間は潜みながら仕事をしていた。
熱は2日位であっという間に下がったのだが、その後きっちり養生しなかったせいか、再び熱が出て頭痛が酷いというので木曜日に子供を近くの病院に連れて行った。
小児科でみてもらったのだが、恐らくインフルエンザによって免疫力が低下して別の感染症にかかったのでしょう、という診断であった。
薬を飲みながら養生していたのだが、土曜日の夜に今度は「耳が痛い」といいだした。
鼻水を思い切りすする癖があるので、中耳炎になったのではないか、というのが妻の見立てだったが、何分夜に寝ることができないというので、再び同じ近所の病院に連れていき夜間診療で診てもらった。
夜間当直は、研修医の先生で、耳の中を拡大鏡でみて、「今の所、それほど酷くないので、また鎮痛剤飲んで痛みが引かないようであれば、明日(日曜日)小児科に来て下さい」と返された。
周りには他に5〜6組のインフルエンザと思わしき親子が来ていた。救急病院に指定されているので、何度か救急車が来ては急患を運び込んでいるようだった。

さて、やはりといおうか、耳の痛みはなくならないということなので、仕方がない。
本日(日曜日)朝、病院に行って診察を受けることにした。
行ってみるとそこはまるで、野戦病院のような込み具合。
シートの至る所に子供がふうふういいながら寝そべっていて、その親が心配そうに付き添っている。
指示通り「小児科」を受診したものの、すごい数の患者で、看護婦さんにどのくらいかかりそうか時間を聞いても「間違いなく1時間以上はかかります」というのみ。
結局受診するまでに4時間30分。
さすがに子供も疲れたようで、会計の前に先に家に帰そうと、家に電話すると妻が
「残念なお知らせがあります。
○○○(上の子供の名前)が高熱を発熱です。。」
妻とタッチ交代で、上の子供は妻が付き添って受診。やはりインフルエンザとのこと。

ふたたび会社に大手振り振りでれないようだ。
また諸々調整せねば。
これで来週あたり、自分が罹患したりすると本当に周りから愛想を尽かされかねない。
気をつけねば。

2009年10月24日土曜日

みらい畑

ららぽーと柏の葉の中に、「みらい畑」という2坪の野菜工場が設置されてました。
これは以前、書いた株式会社みらいが五香の野菜工場のミニチュア版をショッピングセンター内につくったものです。レタス・ハーブなど月生産量は500〜600株ということですが、白色の照明で美味しそうだった五香の工場に比べ、紫の照明で美味しそうに見えませんでした。ちょっと残念。
試食、収穫体験の他、採れた野菜の一般販売もあるそうなので楽しみです。
2009年12月までの期間限定です。

『経営の見える化』

株式会社武蔵野の小山昇社長の本。
タイトルにあるようにベースとしては『経営計画書』の重要性とその考え方について紙面が割かれています。

○「見える化」と「見せる化」は違って、変化のプロセスが追えるようになっていないと「見える化」にならない。
○マーケットには「ライバル」と「お客様」しかいない。
 だから経営判断を正しく行うための5つの情報は
1.実績報告(数字)
2.お客様からの声(褒められたことやクレーム)
3.ライバル情報
4.本部・ビジネスパートナー情報
5.自分・スタッフの考え
この順番で報告する。
○コミュニケーションは「回数」である。部下と飲みにいった回数を月末に報告させる。
○社員のモチベーションを高めるためには、「インプットはデジタル、アウトプットはアナログ」の方が適している。
インプットもアウトプットもデジタルという考え方は、データを活用したり、作業効率を高めるうえで有効だが、情報(=もの)を扱うならデジタルでアウトプットしてもいいけれど、感情(=心)に働きかける場合には、アナログでアウトプットした方がいい。
なぜなら、「見たら分かる」と「見た」は違うから。「いつでも、誰でも、閲覧できる」状態は「いつも、誰も、閲覧しない」につながりやすい。
○何回現場に行ったか「現場百回帳」をつける。
などなど、納得できる斬新な考え方もある一方、

△課長職以上(50人)の360°評価(投票)で査定し、社員の序列をつけていて公表している。
結果に文句がある場合には50人に自分の評価をあげてもらうようお願いしてこい、と話ている。
それで引き下がるということは納得したということ。
△飲み会は社長の自腹の方が社員は喜ぶ。
△同僚の真似をして成果を上げると賞与倍増。
△バスウォッチング(他現場視察)して、気づきを50個あげないと罰金
など、ちょっとオーナー企業でないとできそうもないアイデアまで色々書かれています。

基本的には、性悪説にたって社員をどのようにマネジメントしていくのか、という明るいノウハウが書かれている感じですが、オーナー企業ならではの手法も多く、通常の上場企業においては中々実行できそうもないことも多々あります。
それでも20年前の創業以来増収増益を続けている実績ノウハウはすごいものがあります。
真似したくないけど凄いってのは、やっぱり凄いってことなんでしょうね。



2009年10月22日木曜日

『15分以上誰とでも会話がとぎれない!話し方66のルール』

パーティ等で知らない人と話をするのが実は苦手だったので、本のタイトルを見て飛びついて購入してしまいました。

通常知らない人と会話をすると必ず訪れる恐怖の”沈黙タイム”においても、”やさしくアイコンタクトをとりながら5秒待つ”という教えがあってとても安心しました。
さらにそれでもダメなら、再度”共感の言葉”を送ってみるとか、会話をさかのぼって質問してみる、という展開も教えとしてあり、実践してみたくなりました。

また、「○○なのでしょうね」「○○なさるのでしょうね」という漠然とした言い回しが回答する側のイメージを広げて会話が続き易くなるとのことでしたので、このフレーズも使用してみたく思います。

会話で大事なのは、「お互いがどんな人かわかる」ように話したり聞いたりすることなので、「自分がどんな時にどんな振る舞いや選択をするか」に意識を向けるようなネタふりが大切なのだそうです。
 
いきなりオープンクエスチョンだと答える側が困るので、最初はyes no で答えられるクローズドクエスチョン、会話が続いて人柄についてのエピソードが出て来たらオープンクエスチョンに切り替えるというのが”通”の会話展開のようです。

こういうノウハウ本のいい所は、そのノウハウを実際に使ってみたくなることです。
苦手意識を払拭して、すこしでも会話スキルを磨きたく思います。


2009年10月21日水曜日

テンセグリティ

『テンセグリティ』とは第二次世界大戦後、バックミンスター・フラーとケネス・スネルソンによって作り出された概念/モデルである。
これは”tensional"(張力)+"integrity"(統合、整合性)という2つの言葉を結びつけた造語である。
「張力によって整合性がとれている状態」をテンセグリティと言い換えることで、この考え方が組織論、人間関係論にもあてはまるのではないか、というピープルフォーカス・コンサルティング黒田由貴子さんの説が日経新聞に載っていた。

従来の組織はピラミッド型が多く、”柱を多くすることで強くする”という考え方だが、どこかひとつがダメになるともろく崩れる可能性があり、また簡単に形を変えられないため、変化への対応性が低い。
一方、テンセグリティ的な組織の形は、たくさんのチームとそのネットワークから成り立つ球形に近いもので、今日のように変化のスピードが速い世の中に対応できる組織となっている。
多くの組織はピラミッド型と球形、2つを組み合わせているが、どちらに重きをおくかで、組織のしなやかさがかわってくるという説だ。

リーダーシップに関しても、
①先見性や情熱でメンバーを引っ張る「牽引型」
②明確な判断基準で指導する「人格型」
③社員に奉仕する「奉仕型」
④つなぎ役としてメンバーが力を発揮できる環境をつくる「触媒型」
があり、④の「触媒型」がテンセグリティ的組織の中で必要とされるのだそうだ。

ビジョンを持ち、組織活動を通じてそれを実現しようとするため、自分の考えを積極的に述べ、行動をおこす”フォロワーシップ”をもった理想的フォロワーは、リーダーとの違いが曖昧で互いの意志や熱意が拮抗する『張力』のような関係になる。
この”フォロワーシップ”が、上下関係の無いテンセグリティ的組織には大切なのだそうだ。

テンセグリティについては、大好きなアートの本で以前から知っていたが、それを組織論、人間関係論にあてはめる考え方があったとは驚きであった。


2009年10月19日月曜日

『マインドマップ会議術』 高橋政史 大嶋友秀

マインドマップを利用した会議術のノウハウ本です。
しかしながら、その理論を述べるのに非常に素敵な引用が多い本です。

「言葉」の壁を乗り越えることが如何に重要であるかを示すためのメタファーとしてのバベルの塔の話や、薬師寺西塔の再建の話が出て来ます。



<バベルの塔の物語>
その昔、民は一つで言葉は一つだった。人間はみな同じ言語を話し、一致団結して天(神)に届くような高い塔を建築していた。
この企てに怒った神は、言葉を乱した。一つだった言語を、多言語にした。
それにより人間は意思疎通ができなくなった。
言葉の「壁」ができ、「バベルの塔」は崩壊した。

<心の中に塔が建った>
昭和を代表する宮大工、西岡常一棟梁が薬師寺西塔の再建プロジェクトで言った言葉。
プロジェクトにあたって、西岡棟梁はすぐに着工せずに職人達との「対話」からはじめた。
その期間は実に2ヶ月。職人達の気持ちをそろえ、言葉の「壁」を超えるためだ。
結果、少なくとも3年はかかるであろうと言われた薬師寺西塔の再建は、対話期間も含め2年半で成し遂げられた。


マインドマップを用いた会議術としては”STARサイクル”というのが紹介されていますが、このマインドマップ会議術の”肝”は『単語』で案を出し合うことかと思います。
その理由は『単語』だと否定できないから。
『単語』だと出された側が質問をするようになり、傾聴が生まれるのだそうです。

その他にも「割れた窓理論」やチクセントミハイの「フロー」関連の話も出て来て、非常に共感がもてました。
後は実践あるのみなんですが、マインドマップも変に有名になりつつあって、使うには勇気がいります。
非常に有効な議題のときもありますので、活用していきたく思います。

『世界は分けてもわからない』

福岡伸一氏の本。
最近出たので、最新作かと思いきや、連載されていたものをまとめたものであった。
エッセイ風になっていて、「なぜ人は視線を感じるのか」「マッハ・バンドの錯視」「マーク・スペクター事件」など個人的には面白いテーマが続くのだが、全体で見ると一貫したテーマが読み取りづらいものとなっている。


その中でもTRANSPLANTと呼ばれる”臓器移植”の表現は秀逸。
>>
切り取られ無理矢理はめ込まれた部分としての臓器に対して、身体はその不整合ゆえにけたたましい叫び声をあげる。
激しい拒絶反応が起こり、異物排除のための攻撃が始まる。
不連続な界面に、全身から白血球が集まり、抗体が生産され、炎症が発生する。
なんとか臓器が持ちこたえられたとしても、免疫応答を押さえ込むために、強力な免疫抑制剤が処方されなければならない。
果てしない消耗戦であり、レシピエント(臓器の受け取り手)側は免疫能力全般のレベルダウンを余儀なくされ、新たな感染症に怯えねばならない。
しかし、ここに奇妙な共存関係がなりたつこともある。
レシピエントの免疫系は、やがてその攻撃の手を緩め、ある種の寛容さを示したかに見えるようになり、移植臓器も、完全にしっくりとは行かないまでも、周囲の組織と折り合いをつけるようになる。
文字とおり、植えかえられた植物のごとく、新たな根を張り、茎を伸ばして、血管系や神経系を徐々に再生して、代謝上の連携をむすぶようになる。
ひととき、大きくかき乱された平衡は、徐々に新たな平衡点を見つけるのだ。
生命現象が可塑的であり、絶え間の無い動的平衡状態にあるとはこういうことである。
>>
福岡氏の次回作に期待したい。

新型インフルエンザ

下の子供が週末に体調を崩し、病院で「A型インフルエンザ」との診断を受けた。
この時期、A型インフルエンザと出れば9割方が『新型』ということで、更なる詳細な検査は行わないまま『新型』扱いとなるらしい。
家族は濃厚接触者ということで、会社を休んで自宅待機中である。
当の子供は熱も大分下がって来ており、結構元気(?)に家の中で好きなことをやっている。
と思ったら、連絡網で子供のクラスが明日から来週まで学級閉鎖とのこと。
妻は、「一週間も家からでられない子供と一緒だと思うと辛い〜」と泣き言を言っている。
泣き言いっていても始まらないので、このめったにない状況を楽しんでしまうことに決めた。

2009年10月18日日曜日

「本日の株価」

ららぽーと柏の葉に「梅の花」という飲食店がある。
お豆腐を中心とした和食のお店である。
入り口の待機スペースのところに「本日の株価」というのが貼ってあって、日々更新されているようである。
一応株主優待の話が上に書かれていたので、「株主優待を考えると我が社の株はお買い得ですよ」というアピールが趣旨なのだと思われる。
しかし、更なる効果として従業員のモチベーションアップにもつながっているのではないだろうか。
自社の株価というのは、経理部門の担当だったりしないとなかなか日々意識はしないものである。
それが店先に(お客様にみせるカタチで)見える化されているとなれば、当然意識せざるを得ない。
なかなか考えているなと唸ってしまった。
(自社でやろうとすると、ちょっとおっかない気はするが。。)

ピノキオプロジェクト

先週末、柏の葉で行われたピノキオプロジェクトを見て来た。
妻と子供はリーディングチームに参加し、何日も前から事前準備を行いながら『ピノキオシティ』を作っていたこともあり、当日は早々に出かけてしまった。
ららぽーと柏の葉のクリスタルコートにつくられたピノキオシティは楽しげなコーナーがたくさんあって、子供達が大喜びで楽しんでいた。
就業体験ができる『ピノキオマルシェ』も今年は参加が有料(300円)だったにもかかわらずすごい人気であった。
東葛辻仲病院や京葉銀行など地元の企業も就業体験のために一肌脱いでいる感じで、地元をあげてのイベントになりつつあると感じた。

2009年10月11日日曜日

銀シャリ

妻が病気をしてから、我が家のご飯は”玄米”か”○分付きの米”ということで、ここ1年近く家では白米を食べていなかった。
子供達からはそれに関する不平を聞いたことも無く、あまり意識もしていなかった。
この前、白米しか手に入らなかったのか、それともどなたからか頂戴したのか分からないが、久しぶりに白米が食卓にでてきた。
それを受けて、子供達から「白米がたべられるなんて、うれし〜」との大合唱。
口には出さなくても我慢してたってことだなと思いつつ、正直自分も「やっぱり炊きたての白米は最高〜」と思ってしまった。
我が家は戦中戦後の食卓か、独りつっこみながら、”銀シャリ”のうまさを噛み締めたのであった。

『技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか』

東京大学特任教授の妹尾堅一郎先生が書かれた本です。
「日本は科学技術大国だが、科学技術立国になっていない」という危機意識のもと、これから日本が進むべき方向性についての考察が述べられています。

妹尾先生の述べるには、これから世界で戦っていくためには三位一体型戦略が必要であり、現在の日本にはそれを構築する”軍師”がいない、とのこと。
三位一体型戦略とは
①研究開発戦略:製品の特徴(アーキテクチャー)に応じた急所技術の見極めとその研究開発。
②知財戦略:知財マネジメント
③事業戦略:独自技術の開発(インベンション)と、それを中間財などを介した国際斜形分業によって普及(ディフュージョン)を図るビジネスモデルの構築。
です。

知財マネジメントというと、なんでも特許をとってしまえばいいと思いがちです。
実は、コカコーラの製造方法は1831年に薬剤師のジョン・S・ペンバートン博士が開発して以来、特許は取られていないのだそうです。これは特許はある意味ノウハウを公開して一定期間そのノウハウを担保するものなので、一定期間が過ぎれば誰でもそのノウハウを利用することが可能です。
従ってノウハウを外部に出したくない場合には特許は不向きなのだそうです。

今までの時代は”インベンション(発明)=イノベーション(価値創新)”で科学技術がイノベーションの必要十分条件であったが、これからは”イノベーション(価値創新)=インベンション(発明)×ディフュージョン(普及)”の時代で、”普及”を促進するためには”競争”だけでなく、外部との”協調”も必要である、と妹尾先生はおっしゃってます。

製品モデルのイノベーションが起こるときの歴史についても述べられていて、得てして従来モデルの延命策は短命に終わるのだそうです。
オーディオテープ→CDにおけるDAT、フィルムカメラ→デジタルカメラにおけるAPSなどなど。(確かにどちらも「そういえばあったね〜」くらいの短命でした)
それを考えると現在、自動車業界が力を入れいている”ハイブリッド自動車”についても、あっという間にEV(電気自動車)にとってかわられるのではないか、その時日本は自動車業界において今の優位性を確保できるのだろうか、という懸念を妹尾先生はもっているようです。

どうしても分かり易い事例として”製品”がでてくるので、メーカー向けかと思いがちですが、他の業界においても十分置き換えられる内容で、他にもたくさん、妹尾流のフレームワーク(「知の新領域を創出する6つの方法」など)が出てくるのでとても勉強になりました。




2009年10月4日日曜日

サンマの刺身

妻が子供のピノキオプロジェクトに立ち会い外出ということで、夕食をつくることになった。
基本的には独身時代を通じて料理をやらなかったのだが、妻の病気を契機に時々みそ汁やら何やらをつくるようになってきた。
今日は、近くのスーパーでサンマが5匹380円という美味しそうなのがあったので、塩焼きにしようと思って購入した。
塩焼きはやったことのあるメニューであったが、このままだと余ることもあり、サンマの刺身に挑戦してみた。
最近はさばき方も動画で掲載されているので、本で見るより遥かにイメージしやすい。
動きにはおのおのテンポがあるので、それが動画だとわかるのだ。
お店ででるのに比べるべくもないが、なんとか”らしく”さばくことができた。
脂ののる時期ということもあり、非常に美味しくいただけた。家族からも好評であった。
他のメニューもできる限り動画で載っていると、本には無い”動き”を学ぶことができて、初心者には大変ありがたい。


海外からの方達のご案内

本日、ほんの短い間でしたが、外人の方達に街をご案内する機会に恵まれました。
英語のネイティブスピーカーの方はいらっしゃらなかったようでしたが、通訳の方がついていて英語で通訳していました。
ネイティブの方がいらっしゃらなかったこともあり、聞き取りの方はそこそこだったのですが、やはり話すとなるとちっともでした。
なかなかコミュニケーションがとれないなか、「ちょっと不満で怒ってるのかな?」などと気を回したりもしましたが、最後にご挨拶をすると皆さん"Thank you"もしくは「アリガトウ」と微笑んでいただいて嬉しかったです。

今年の目標でもありますが、もっと英語力を磨いて、自分のプロジェクトを英語で説明できるようになりたいと、また決意を新たにしたのでした。

2009年10月3日土曜日

Formative Research in 吉野

柏の葉のマンションの共用部に採用予定の家具について、同志社女子大の上田信行先生と京都大学の竹山聖先生が”Formative Research” を行うということで見学して来ました。
場所は遠かったのですが、メタフロアがある吉野のneomuseumまで行って来ました。
このFormative Researchですが、アメリカでセサミストリートの番組をつくる時に上田先生が学んできた手法で、製品のプロトタイプを作って想定する対象者に使わせて(番組の場合見させて)みて、それを客観的に観察、調査して評価し、製品を更にブラッシュアップしていく手法のことです。
当日はデザイナーの方、保育園の方、インターフェイス専門家などなど、様々な人達が参加して色々な意見を出していました。

家具の利用上の安全の話から、上田先生からリスクとハザードのお話がありました。
「ハザードはそれ自体が危険をはらんでいる危害要因のことだが、リスクというのは乗り越えることで得るものがあるとも考えられる。リスクについては全てを排除するというのは実は得策ではない」
というお話を受けて、竹山先生から
「20世紀の建築の理念のひとつとして、ミース・ファンデル・ローエが、”内部空間を限定せずに自由に使えるもの”というユニバーサル・スペースという概念を生み出したが、これだとriskもなければobstacleもない。建築は”包み込むもの”から”挑発するobstacle”を包含するものへと発展すべきである」というお話がありました。
"obstacle"というのは通常「障害物」と訳されますが、英語でのニュアンスでは「乗り越えられるべきもの」という意味合いがあるのだそうです。

「優れたuser interfaceとは、誰でも使えるinterfaceとは限らない。」
という上田先生の話を受けて
「乗り越えられるレベルは各人まちまち。ワークショップにおいては、そのあたりを見極めながらぎりぎりのラインを設定し、さじ加減していくのがファシリテーター。ハードは作ってしまうとその”さじ加減”ができなくなってしまう。そういう意味ではinterfaceとは、ファシリテーターのいないワークショップのようなもの」
という発言が飛び出したりと、非常に刺激的なセッションでした。

上田先生が「空間の使い方のマニュアルをつくろうかと考えたこともあった。しかし、住んでいる人達が自分たちで使い方を工夫していってもらいたいと思っているので、こちらから押し付けた使い方をしてもらうのは本意ではない。悩んだ結果、使い方を触発する家具、すなわちマニュアル(コンセプトを具現化する仕掛け)を内部に包含した家具を置くことで、マニュアルに変えることができるのではないかという発想にいたった。」と話されていて、成る程と思いました。

この家具達は、さらに何度かFormative Research を経てから実際に使われる予定です。
使われる日が来るのが今から楽しみです。

2009年9月26日土曜日

千葉大学 柏の葉カレッジリンク・プログラム記念シンポジウム

柏の葉アーバンデザインセンター(UDCK)で行われた「千葉大学 柏の葉カレッジリンク・プログラム記念シンポジウム」に参加してきました。
千葉大学前学長、古在豊樹特任教授の「すごいスピードで時代が動いていて、頭では付いていっているつもりでも、身体はその流れについていけていない。心と身体のバランスが大切な時代になっている」という基調講演からはじまりました。

村田アソシエイツの村田裕之代表からは、アメリカのカレッジリンク型シニア住宅の事例紹介、それから従来の”大学における地域交流”とカレッジリンクの大きな違いは「組織単位でコミットメントを行っているものであるかどうか」であること、カレッジリンクといわゆる”カレッジタウン”との手法における違いなどについての講演がありました。
村田さんのお話の中で「人間にとって最も知的な楽しみは”学び”である」というお話があっていたく共感しました。
『地縁、社縁から「知縁」へ』『カレッジリンクを発展させて「カレッジリンクコミュニティ」へ』というようなお話もでて、「カレッジリンク」の概念がよくわかりました。

続いて、三輪正幸先生から「柏の葉はちみつクラブ」の報告がありました。
「市民科学という大命題もさることながら、興味のある好きなことをやる、楽しんでやるという2点が満たせないと、続けていくことはできない。その点で柏の葉はちみつクラブは会員も順調に集まり、今年の会員募集はストップするくらいうまくいっている」というお話がありました。

その後、カレッジリンク概論コース修了生の人達から、カレッジリンクを実際に実践してみての感想やら、千葉大におけるグリーンフィールド構想についての説明がありました。

参加してみて、カレッジリンクの趣旨、思想、魅力についてはよくわかりましたが、良い取り組みであるこのカレッジリンクを如何に普及させていくのかについてが今後の課題なのかなと思いました。


2009年9月23日水曜日

『単純な脳、複雑な「私」』

池谷裕二氏の脳科学本。
前回の「進化し過ぎた脳」に引き続き、高校生への講義というカタチをとって最新の脳科学についてまとめた本です。

今回びっくりだったのは、動作を行うときのプロセス。
認知レベル  ○動かそう
       ○動いた
脳活動レベル ○準備
       ○指令
がどのような順番で行われるのか、ということです。
普通に考えると ○動かそう⇒○準備⇒○指令⇒○動いた ですが、
実際に4つの順番は ①準備⇒②動かそう⇒③動いた⇒④指令 なのだそうです。 
なんと、本人が「動かそう」と意図したときには、脳はすでに0.5〜1秒前に動かす「準備」を始めているのだとか。

この真実を考えると、そもそも我々が自由意志だと思っているものはなんなのか、ということに話が発展します。
「自由」を感じるための条件を
①自分の意図が行動結果と一致する。
②意図が行動よりも先にある。
③自分の意図のほかに原因となるものが見当たらない。
とすると、上記のプロセスでも①②は満たしており、③については”自分の脳”を”自分の意図のほか”と見なすかどうかというリカージョン(入れ子構造)になってきてしまいます。
結局、作者は「自由意志の「存在」よりも自由意志の「知覚」がポイントであり、他者に制御されているのを知らなければ、それは「自由」である。」と述べています。
我々人間にある「自由」は、自由意志(free will)ではなく、自由否定(free won't)で、準備されたものをやめるのは我々の”意志”といえなくはありませんが、それも”ゆらぎ”と呼ばれるノイズによるものだそうです。

なぜこのような一見おかしな順序のプロセスになっているのか、と言う点についての考察もあります。
「体性感覚野を刺激してから0.5秒経たないと「触られた」と感じない。でも実際に手を触れられたときには0.1秒後にはもう「手に触れられた」と感じる。神経伝達のプロセスは時間がかかるから、いま感覚器で受容したことをそのまま感じると、情報伝達の分だけ常に遅れて感知されてしまう。結局人間は常に「過去」を生きていることになってしまう。ということで、脳は感覚的な時間を少し前にずらして補正している。」
すなわち、脳は経験に基づき予測し、時間を補正して活動するので、人間は常に”未来”を知覚してしまうようになったとのことです。
ナチスの怖いエピソードで、本当に胴を切断しなくても、切断されたと思い込むだけで死んでしまうというのを思い出しました。
池谷さんは「“知覚”されたものは脳にとっては全て”事実”である。」と述べています。

もう一つのこの本の柱は、生命活動の複雑さが実は少数の単純なルールに従ってプロセスを繰り返すことで表すことができるのではないか、ということです。
このようにして、本来は想定していなかった性質を獲得することを”創発”と言います。
そのための重要な概念が”ゆらぎ”といわれるノイズです。ノイズは通常よからぬものとして扱われますが、ノイズは創発の原料になっていると言えます。
ただし、ノイズが機能するためには、相応しい構造をもった回路でつながっていることが必要不可欠です。
回路の構造+ノイズ→機能、ということですが、これが機能することによって再び構造を書き換えるというのが生命の柔らかさであり、脳の可塑性の基盤になっているそうです。

「遺伝子」はよく生命の設計図と言われますが、たった2万2000個の情報では人体は組み立てられません。
そこで作者は、遺伝子は設計図ではなくてシステムのルールの一部ではないか、と考えています。
そのルールに基づいて、生物の材料達がせっせと単調な作業を繰り返している。すると物質から生命体が生まれてくる。だからわずか2万個そこそこの遺伝子で事足りているのではないかという仮説です。
コホーネンの自己組織化マップを見ると、人体の組織が機能分化していくのも実は”暴露”などの簡単なルールに基づいているのかも知れないと思わせます。

「脳には驚くべき単純性と、そこから創発される複雑性が共存する。」

脳の研究は終わることの無い、再帰的な学問なのかもしれません。



すずめ庵

流山ICから自宅に帰る途中にあるおそば屋さん。
遅い昼ご飯だったので、ちょっと軽く夕飯済ませたいということで、寄ってみました。
駐車場が広くて30台以上あるので、車で行くのに便利です。
味は本格派で、生粉(きこ)打ちそば 890円也はそばの腰もよし、つゆの味もよしで◎でした。
お店の人の感じもよく、穴場のお店を発見した感じです。
そば打ち教室もやっているとのこと。
夜は8時までですが、高速からの帰り道ということもあり、これからも利用したいお店のひとつとなりました。

2009年9月20日日曜日

運動会にて思ったこと

小学生の子供の運動会に行ってきた。
朝3時から並んだというような話もある中、開会式ぎりぎりの時間にいそいそと出かける感じだから熱意は推してしるべしである。
こういう行事の時、得てして父親は記録係を仰せつかる。
我が家も他聞にもれず、自分が記録係である。

今年は運動会を見ていて、子供の出ない学年、すなわち記録係のお役御免で見学した方が感動することが多いのに気がついた。
記録係となると、ビデオカメラで記録するので、自然と子供の演技・活躍を液晶フィルターを通して眺めることになる。
更には、子供に焦点をあてて記録するため、自然と子供がアップとなり、全体を見ることが無くなる。

全体で見られるように構成されている「組体操」や「踊り」では、感動がうすくなるのも当然と思われるが、それだけではなく、フィルターを通して見るということは、外界からの刺激を低減して伝えるようにできているのではなかろうか。

最近読んだ山崎啓支氏の『「人」や「チーム」を上手に動かすNLPコミュニケーション術』によると
「人間は出来事そのものに影響を受けるのではなく、出来事にまつわるイメージに影響を受ける。
イメージの背景を変えてみたり、フレームをつけてみる。イメージの中の対象の「位置」「距離」「動画、静止画」「音」を変えてみる。
色々変えてみると、どこかの時点で大きく変化するポイントがある。
印象が大きく変わるポイントを発見したら、そのポイントを変えるだけで状態を変化させることができるようになる。
このように五感の質を変化させることをNLPでは「サブモダリティー・チェンジ」と呼ぶ。」
とある。
イメージを変える大きなポイントは人それぞれなのだろうが、『フィルターを通して見る』という行為はほとんどの人において、外界からの刺激(感動、痛みなどを発生させるもの)を低減させる効果があるのではないだろうか。
心の中に、こういった「フィルター」をいくつも作って強化してしまったものが多重人格(解離性同一性障害)なのではないか、などと考えてみた。
前述の山崎氏によると「どのような手法を用いると見た際のイメージに対する効果が高いのか」についての洞察について、非常に優れているのは映画監督だそうである。
確かに映画監督は、そもそも(感動の低減する)「フィルター」を通してみる”映画”というもので勝負していて、その中で本物以上の感動を与えられるような切磋琢磨を日々しているのだから、さもありなんと思う。

というわけで、運動会の楽しみ方として一番いいのは、素直にそのまま観戦することである。
しかしながら、記録係としての責務を放棄して、それを提案しても受け入れられようはずもない。
来年も「フィルター」を通す堰堤で、如何に感動できるか、映画監督に学ぶ方が現実的である。

2009年9月13日日曜日

『貧乏はお金持ち』

マイクロ法人をつくることで
①法人で生活費を損金とし、個人で給与所得控除を受けることで、経費を二重に控除する。
②家族を役員や従業員にして、役員報酬や給与を法人の損金にしつつ給与所得控除を得る。
③自営業者や中小企業向けに日本国が用意した優遇税制を活用する。
ということが実現できる、という橘玲氏のノウハウ本です。
脱線して述べられるテーマのひとつひとつが面白いのが橘氏の面目躍如という感じです。

>>
かつてこの国では、サラリーマンは「社畜」と呼ばれていた。
ところが今やリベラル派の人達が「非正規社員を正規社員にせよ」と大合唱している。
驚くべきことにこの国では、いつのまにか社畜=奴隷こそが理想の人生になってしまったのだ。
>>
というシニカルな言い回しにより、昨今の非正規社員問題についてメスを入れます。
年功序列の企業社会を”「年功序列とともに」という上映時間40年という長尺映画を上映している「終身雇用劇場」という映画館”というメタファーで描き、アメリカでは全就業者数の1/4、約3300万人の「フリーエージェント」(会社に雇われない生き方を選択した人達)がいて、1300万社のマイクロ法人があり、11秒に一社の割合で自宅ベースのミニ会社が生まれているという事実が紹介されます。
日本でもクリエイティブクラスの人達がもっと独立してもいいのではないか、ということです。

次いで「法人とは」というテーマに移り、法人擬制説と法人実在説について述べられます。
世界における株式会社の歴史、それから日本における商法改正の歴史、株式会社と有限会社のとらえられ方の変遷、2005年の商法改正でできた”合同会社”がアメリカと異なりパススルー課税が認められないため、実際には株式会社とかわらないものとなってしまった話などが分かり易く書かれています。

企業統治における日米の差異、スターウォーズになぞらえた「エンロン」という帝国の物語、西原理恵子の脱税物語など、脱線しつつもテーマにひとつ筋が通っている感じがするのはさすがです。
後半は簿記やら不動産証券化の内容やらもでてくるのですが、わかりやすい事例なのでとても理解しやすいものとなっています。

○日本の株式市場における、時価よりも低い価格での第三者割り当て増資は究極のインサイダー取引である。
○税の世界では、節税と脱税の境界がしばしば問題になる。善意と悪意の差は説明可能性(アカウンタビリティ)にあることになる。
○内部留保とは、経営者が株主にかわって株主のお金を運用することに他ならない。ファイナンス理論の原則からは、会社はすべての利益を株主に還元する(配当性向100%)か、全額を内部留保する(配当性向0%)のいずれかになる。
など、曖昧な日本の制度についてバッサリやっているのも、実務をあまり知らない立場からすると成る程という感じです。

大学の講義においても、脱線の仕方で教授の力量がわかったりしますが、この脱線力は中々のものです。

『今日もていねいに。』

「暮らしの手帳」編集長の松浦弥太郎さんのエッセーです。
”暮らしのなかの工夫と発見ノート”と副題にあるように、日々を楽しく暮らす工夫が満載です。
この本は我が家のトイレにおいてあったので、ついつい毎日用を足しながら読んでしまいました。

というわけで自分が気に入って買って来た訳ではないのですが、
・毎日が「自分プロジェクト」
・自分の使い道
・壊れた時がスタート
・腕を組まない
・面倒くさいと言わない
などなど、共感できる考え方がとても多くてびっくりしました。

自分も毎日、『ていねいにチャレンジ』していこうと思わせる本です。

レゴ エデュケーション カンファレンス2009

先週レゴ エデュケーション カンファレンス2009に行ってきました。
本当は学校・教育関係者しか参加できないらしいのですが、企業のCSR担当ということで参加させてもらいました。
基調講演は「今の小学生の半分は、社会に出たとき、今存在しない会社に勤めるといわれている。だから21世紀型のスキルを身につけるため、Hands Onの体験型学習が必須となってくる。」というレゴエデュケーション日本代表 樺山資正さんの話から始まりました。
その後、産業技術総合研究所 比留川博久さんによる産業ロボットの現状の話がありました。
日本で水揚げされるイカは95%が自動イカ釣りシステムによるものなので、我々が食べているイカはほぼロボットが釣っているんだそうです。また、有名なアシモをはじめ、ロボットが産業用として実用化するにはまだまだ越えなければならないハードルが高いという現状を現場実態として述べておられました。

その後、実際にレゴを用いて授業を行っている先生方の事例発表がありました。
先生方の話を聞くと、
①レゴの教材を入手するのに(相当な)ひと苦労
②50分枠という授業の枠におさめる形でワークショップをすすめるのにひと苦労
という制約があるようで、最後の意見交換会でもその2点に関する質問がでていました。
どちらも普通になるとうまくいかないので、①については、ソフトに関する補助金申請にてハードも一緒に購入してしまう。②については、事業時間を組み替えて2コマ連続とする、もしくは夏期休暇中の課外授業として実施する、などの経験談が裏技として披露されていました。
感心したのは、実際に授業で用いている先生方が共通して「レゴを用いた学習を行うことで”人間関係力”の育成につながる」とおっしゃっていたことです。
空間把握能力であるとか、創造力というのはよくわかるのですが、”人間関係力”(言い換えると”対話力”でしょうか)が伸びるというのはちょっとビックリでした。
実はレゴサイドもその点には工夫をこらしているようで、一人だけでなく、チームのメンバーとコミュニケーションをとりあわなければならないように設計図があえて分割して書かれていたりしました。
(レゴの設計図はカラフルなだけでなく、わかりにくい部品は原寸大の大きさで指示があるのでとても分かりやすいものとなってます)

実際のレゴ教材を用いたワークショップもあり、先生方も童心に返って製作に励んでいました。
このカンファレンス、毎年行われているのかと思いきや、実は今年初めての試みだったそうです。
来年もあるようであれば参加したいと思います。

2009年9月1日火曜日

『CIA秘録』

その昔観たアメリカ映画ではCIAとFBIは大抵仲が悪く描かれていたが、その違いっていうのはよくわかっていなかった。
CIAはアレン・ダレスが諜報活動を目的としてつくった組織である。
映画の中のイメージでは万能の諜報機関として描かれることの多かったCIAがいかにいきあたりばったりの機関であったかが、これでもかというくらいに描かれている。
実際莫大な予算を投入して、実際に国家の一大事件に対し不意をつかれたり予測を間違えたりすることが多々あったようだ。
このような、何にお金を投じているかが不明瞭な諜報機関は、トップすなわち大統領が諜報活動に対してどのように捉えているかによって、天国にも地獄にもなる。
そのため、歴代CIA長官は組織運営よりも、時の大統領の歓心を買うことに必死になる。
意外なのはクリーンなイメージの強いJFK政権は実はCIA秘密工作に取り付かれた政権のひとつであることだ。JFK暗殺は、CIAによるカストロ暗殺失敗の報復であったということが暗に語られている。
その昔、元CIA局員の暴露本を読んだことがあったが、CIAがエージェントの教育と称して如何に無駄な研修を行っているかが述べられていた。

戦国時代の大名は多かれ少なかれ”忍び”やら”草”と呼ばれる諜報網を使ったらしい、と歴史物では書かれているが、実際のところどの程度効果があったのだろうか。
莫大な予算を投じて当たるも八卦当たらぬも八卦だとすると、諜報機関としては存在意義が無いということになる。
そもそも絶対的な諜報機関というもの自体が、夢、幻であるのかもしれない、などと思わせる本である。

2009年8月30日日曜日

グッドデザインエキスポ2009〜お台場ガンダム

東京ビッグサイトまでグッドデザインエキスポ2009に行って来ました。
昨年は平日に見に行って人の入りは大したことが無かったのですが、今年は週末にいったら結構な人出でちょっとびっくりしました。




最新デザインのあらゆるジャンルのものが展示されているので、色んな意味で触発されます。
最近は大学も積極的にこの「デザイン」という分野でアピールしているのも時代の流れなのかなと思いました。







それから潮風公園のガンダムを見に。
夏休み最後の週末、ガンダムは8月一杯ということで、それこそ凄まじい人出でした。
小雨降りしきる中でしたが、ガンダムの首がうごいたり光ったり、煙を吐き出したりするだけで、何やら感動でした。
周りの観客も心無しか同年代〜の年齢高めの方々が多かったような気がします。
ガンダムもウルトラマンや仮面ライダーのように2世代ものになっているということでしょうか。
こういうイベントを企画して実行して、これだけの人を呼んでしまうパワーはすごいと思いました。

「タッチ&ウォーク」ということでガンダムの足に触れるのですが、当然とはいえ、叩くとFRPの軽い音がしたのはちょっとさびしかったです。

2009年8月29日土曜日

『グローバルリーダーの条件』

大前研一氏と船川淳志氏の対談形式の本。
以前、船川氏のファシリテーション研修を受けたことがある。
2日間ではあったが、船川氏の人柄もあり、非常にためになった研修であった憶えがあり、この本を手に取ることとなった。
正直、大前氏のハードルの高い理想に、船川氏がどうからむのかに興味があった。

日本人の課題を煎じ詰めると「出たとこ勝負」と「初対面」に弱い。
言い換えると不確実性の高い環境で、多様性の高いメンバーとの共同作業が苦手、ということ。
克服するには、異なる価値観を受け入れるオープンマインドと、同時に「折れない心」(「すなおな心」であると同時に自分から逃げないこと)が求められる。

船川氏はグローバルリーダーの必要条件として、discipline(規範) と perspective(視座)と気概、という3つを挙げている。
「出たとこ勝負」「初対面」に弱い日本人としては
1.自分の頭でしっかり考え、
2.それを相手に伝わるように明確に伝え、
3.今度は相手の言うことを全身全霊で聞き取り、
4.コラボレーションする
という4つのステップを踏むことでファンダメンタルを鍛えていくしかない。

メンバーの多様性の高いチームが成果をあげるには、
『自己主張はするけど固執しない。柔軟に相手の見解に対応はするけれども、流されない。』
というバランスのとれたコミュニケーションが必要。
チームが高いシナジーをだすためには相互の信頼関係も必要である。


対談よりも船川氏のまとめのところの方が腑に落ちる感じがしてしまった。
個人的には、船川さんにもっと大前さんに絡んで欲しかった。

2009年8月26日水曜日

『まずは親を超えなさい!』

苫米地英人氏の本。
最近、氏のこの手の著作が多すぎて正直食傷気味だが、その中でもスッキリまとまっている感じがしたので読んでみた。

人間の脳は自分にとって関係がないと思っていることは脳幹にあるRAS(reticular activating system網様体賦活系)のフィルターが遮断し、情報を情報として受け取らない。(脳はエネルギーを膨大に消費する器官なので、もし脳が全ての情報を取り込み本気で働いたとすると、私たちは餓死してしまう。)
ゆえに人間はスコトーマ(盲点)をもち、その結果”同じ物理的現実世界を見ている他人は誰もいない”ということになる。(だから人間は全員、”変成意識”の状態にあるということになる。)

”アファメーション”という、ゴールを実現する科学的で効果的なセルフ・トークが非常に大切であるという。
人の頭の中のフレームを変えることで、無意識の思考・行動を変えていけるという点は非常に共感を覚える。

組織のリーダーとして大切なのは、何をさしおいてもセルフ・エスティーム(自尊心)とセルフ・エフィカシー(自負心)であり、この2つは人を指導し、育てるために欠かすことのできない大切な資質である。
子供のセルフ・エスティームを育むためには、毎日2つの質問をやさしく問いかけるといいらしい。
「今日は、何かいいことあった?」「明日、楽しみにしていることは何?」
早速明日から実践してみよう。

2009年8月23日日曜日

『第1感』

マルコム・グラッドウェル氏の前作。
実は飛ばして読んでいなかったので遅ればせながら読みました。
様々な状況や行動のパターンを、ごく断片的な観察から読み取って瞬間的かつ無意識のうちに認識する能力のことを「輪切り」(心理学では「適応性無意識」)と称して、その「輪切り」について様々な考察が述べられています。

適応性無意識の潜在パワーの凄さと合わせて、状況によってはそれが危ういものに変わることを事例で挙げて行きます。
製品を導入する際の市場調査の危うさ、極度の脅威にさらされた場合の判断力の危うさ。。

正しく判断するには熟考と直感的な思考のバランスが必要というのがまとめその1。
やはり、時間があり、パソコンの助けを借りることができ、やるべきことがはっきりとしているときは、熟考は素晴らしい手段であり、また、こうして分析した結果は瞬間的な認知が活躍できる場を用意してくれます。
まとめその2は、優れた判断には情報の節約が欠かせないということ。
情報が増えるほど、判断の正確さに対する自信は実際と比べて不釣り合いなほど高くなるらしいです。
正しい判断を下すには情報の編集が必要とのことです。

それにしても著者のマルコム・グラッドウェルさんは毎回全く違うテーマで本を書き、それが非常に斬新な視点で掘り下げられているので感心します。
次回作(4作目)も楽しみです。

2009年8月22日土曜日

横浜 開国博Y150

開国博Y150を見て来ました。
とはいえ、仕事の打ち合わせ後で時間もなかった(もう日が暮れそうだった)ので、椿昇さんのアート作品がある象の鼻テラス、横浜市にお勤めの方からのお勧めの「横浜ものがたり」、見たかったフランス、ナントのアート集団『ラ・マシン』による巨大クモのパフォーマンスなどを見て来ました。

椿昇さんといえば、以前横浜アートトリエンナーレで巨大バッタをインターコンチネンタルホテルに這わせた(?)アーティストです。
今回のテーマは「象」。今回は前回のバッタと異なり、本当の象よりもちょっと小振りの作品でした。



「横浜ものがたり」は、コロッケがペリー提督、岩崎弥太郎他、横浜に携わった色々な人に演じるというもので、当時の熱い想いが伝わってくる感じでとても良かったです。

巨大クモは実は名前があって「ラ・プリンセス」というそうです。名前は可愛らしいのに対して、印象は『20世紀少年』の巨大ロボットみたいでした。(夜見たからかしら)
事前にアナウンスはあるものの、すごい量の水煙をまき散らします。
周りで見ているお客様で怒り出す人がいないのが不思議なくらいで、アートを好きな人は寛容性が高いのか、と変な関心の仕方をしました。



古民家カフェ かやの木

茨城県守谷にあるジョイフル本田の脇にある古民家カフェ『かやの木』に行って来ました。
以前から気になっていて行きたかったのですが、なかなか行く機会がありませんでした。
中に入ってみると、想像以上に広く、昔の大地主さんの家だったことを感じさせる造りとなっています。
そばは予約制とのことでしたので、喫茶利用のつもりで入ったのですが、おそばもあれば予約せずに食べられるそうです。
外はうだるような暑さにもかかわらず、お店の中は別世界。
おいしい珈琲をケーキセットでいただきました。


「カブトムシ、セミを捕りたい方はお声がけください」との張り紙があり、子供がうずうずしているのでお願いすると、「じゃあ、いきましょう!」と虫除けスプレーをカラダにふりかけお店の人と一緒に出発。
広いお庭の中の物置の裏のようなところに入ると、そこは昼なのに薄暗く、なんとなくカブトムシがいそうな感じ。
「なんか、いい感じでしょ?」なんて言われながら探してもらうとあっという間に、立派なオスのカブトムシゲット。
こんな簡単でいいの?というくらい簡単に捕まえました。
その後メスもゲットし、つがいでお持ち帰り。
当然持ち帰り用のかごなんかは用意してこなかったので、お隣のジョイフル本田で急遽購入。
大人はカフェを楽しみ、子供はカブトムシを捕まえ、共に大喜びでした。



2009年8月16日日曜日

越後妻有アートトリエンナーレ2009

越後妻有地区で2000年から3年に一度行われているアートの祭典、アートトリエンナーレに行って来ました。
十日町市(合併して十日町市になったので町なんだか市なんだか紛らわしいです)と津南町あわせて270㎢のエリアに全部で約300点のアート作品が展示されています。約300点のうち、160作品は過去の恒久作品とのことです。
気になるのはアートお金だったりしますが、約7億の実行予算のうち、約3億を総合プロデューサーの福武總一郎氏、約1億を十日町市、約1億を市内の企業協賛、残りの2億は・・・?とのことでした。(お世話になったタクシーの運転手さん談)
2日間で100以上のアートを見て来ましたが、全部を回りきれようはずもなく、津南エリアと中里エリアのアートについては割愛となりました。
これだけのアートを短時間で鑑賞すると、第1感が大切になります。
自分のアートに対する嗜好性(どんなアートが好きか)が何となく見えてきました。
また、アートのパターンというとアーティストに失礼になりますが、なんとなくそんなものも見えてきます。

100超のアートを見ましたので、素敵だと思うアートはたくさんありましたが、あえてその中から個人的なベスト5を挙げたいと思います。


第1位
田島征三 絵本と木の実の美術館
廃校を利用したサイトスペシフィックなアートがファンタジックでもあり良かったです。





第2位
豊福亮 松代城
インディジョーンズになったようなワクワク感と非日常性が素晴らしかったです。





第3位
行武治美 再構築
鏡のパワーを感じさせます。風がふくと鏡が動いて様々な模様として見えるのが素晴らしい。








第4位
たほりつこ グリーンヴィラ
スケールが大きくて、遠くから見てよし、近づいてよし。






第5位
山下工美 椅子
小技系のアートが選から落ちて行く中、最後まで残りました。
シンプルで驚き感は圧巻。
廃校というのもサイトスペシフィックで◎でした。








他にもたくさん素晴らしいアートがありました。
頭の中が相当ストレッチされた感じです。