2011年5月29日日曜日

『「老い」負けない生き方』

同志社女子大学の上田信行先生がMITから戻られて、先日お話を聞く機会があり勧められた本。

「マインドフル」という概念が素晴らしい。
マインドフルとは、周りの環境や自分自身に対して敏感になり、たくさんの「気づき」を経験すること。
マインドフルになって、自分自身についての情報を集めていくうち、自分が常に変化しているということに気づくことができる。

マインドフルになることで健康にもいい影響を及ぼすというのがこの本の趣旨だ。

1979年にカウンタークロックワイズ研究という研究を行った。

老人ホームで暮らすお年寄りに、再現された20年前の環境で暮らしてもらう「心の時計の針を巻き戻す実験」だ。
そこでは小物から雑誌まで20年前の物が用意され、各自の写真も20年前のもの。そして当時のことは過去形ではなく現在形で話す。。
1週間の合宿生活の結果、聴力、記憶力、握力、そして見た目まで全てにおいて若返ったことが分かった。

我々は「社会の時計」から大きな影響を受けている。
つまり、世の中にはいわゆる「年相応」の行動があり、私たち自身もそれに合わせて自分の行動を決めている。
周りからの見られ方により、「意識が歳をとる」ことで身体にも影響を与えるということだ。
いわゆる「気の持ちよう」の方が、普通に重視されている生理的な要因(血圧やコレステロールなど)よりも、健康に与える影響が大きいということがわかっている。

そう考えると常識とは異なる色々な事実も見えてくる。
○仕事で制服を着る人達は、制服を着ないで仕事をする人よりも健康状態がいい。
○配偶者よりもかなり若い人は、配偶者よりもずっと年上の人に比べ、実際に寿命が短くなっている。
○高齢出産の女性は、若い頃に出産した女性よりも、実際に長生きである。

マインドフルとは、とても自覚的な行為。
そして、自覚的であるからこそ、大きな可能性が広がっている。
著者は病気が深刻になるのを未然に防ぎ、治癒するには、自分の健康にマインドフルであることが一番大切だ、としている。

上田信行先生からは
「software , hardware に続き、mindware(=heartware) が必要なのではないか」
という素敵な仮説をいただいている。
この「マインドフル」という概念は健康面以外でも利用できる概念ではなかろうか。






『働かないアリに意義がある』

進化生物学者の長谷川英祐氏によるアリやハチなどの真社会性生物の研究による知見が披露されている。
以前から働かないアリと働くアリは一定数いて、働くアリだけを集めてもその中でまた働かないアリがでる、という話は知っていたが、実際の数値などについては知らなかった。
アリはある瞬間、巣の中の7割ほどの働きアリが「何もしていない」らしく、長期的に観察してもだいたい2割くらいは「働いている」と看做せる行動をほとんどしない働きアリであることが確認されたらしい。

では、この2割の働かないアリは無用かというとそうでもないというのが面白いところである。
重要なのは、ここでいう働かないアリとは、「働きたいのに働けない」存在であるということ。
働かない働きアリは何のために存在するのか。これは「反応閾値」=「仕事に対する腰の軽さの個体差」の幅をもたせるということ。これにより反応の多様化が起こり結果コロニー全体が存続できる可能性を高めているというもの。
一斉に労働を始める組織は短期的には効率が高いように見えるが、一斉に労働が不能になるリスクも高く、結果として長期的に見るとコロニー存続という観点から効率は高くない。(なんとハチやアリにも過労死があるのだそうだ)
「働かないアリ」は、働いているアリが働けなくなった時に働くことで社会に貢献しているということである。
本当は有能なのに先を越されてしまうために活躍できない、そんな不器用なアリ(人間)がコロニー(世界)消滅の危機を救う、これが「働かない働きアリ」が存在する理由。

とはいえ、働く必要がでても働かない裏切り者はやはりいるらしい。生物学上、コロニー内の裏切り者は英語のcheat(だます)から「チーター」と呼ばれる。ヒトの社会学でいう『フリーライダー(ただ乗り)問題』(社会的コスト(義務)を応分に負担せずに社会システムがもたらす利益だけを享受する者が増え社会システムの維持に問題が生じること)はムシの世界にもあるのだ。
チーターがコロニー間を移動する、いわば「感染率」と、チーターのコロニー自体の増殖率に対する負の影響、いわば「毒性」のバランスが保たれいて、それが崩れるとコロニー自体が消滅してしまい、チーターも生き残れなくなる。
この「感染率」と「毒性」のバランスは一定の地域で利他者とチーターの系、双方の存亡にとって重要であることが分かっている。コロニーが消滅することでチーターが強くなり過ぎないように「感染率」「毒性」のバランスが保たれているのだ。

著者はこのチーターとコロニーの関係を人間界の経済活動に置き換えていて、その所見が面白い。
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最近企業は、非正規雇用労働者をふやしたり賃金の上昇率を抑えたりすることで労働生産性をあげることに邁進しているが、こうした対処が労働者の生活基盤を悪化させ、社会全体の消費意欲を下げている。
そのため多国籍企業化したり、労賃の安い海外に工場をつくったりしているが、長期的には国内の産業基盤が弱くなるという問題に発展する。
経済のグローバリズム化がもたらす問題は、国の国境と、いままでその内部に留まっていた企業の境界が等しくなくなってきたことに起因している。
アミメアリの利他者が利己的なチーターの侵略を受けても存続することができるのは、地域集団内でチーターの移動性が限定されている(集団が構造化されている)から。
し かし、経済のグローバリズムは地域ごとに分かれていた経済圏を世界に拡大してしまうので、利己的なチーターの局所的な絶滅と利他者の再興で平衡が保たれる ような機構が働かなくなれる。土俵がひとつになってしまえば、利己者によって食いつぶされればすべてが終了だし、モノの生産と流通を行わないヘッジファン ド等が企業活動の利益を吸い上げて、一つになった経済圏全体の経済基盤を弱めてしまう動きに対抗できない。
「地 産地消」やスローライフが推奨されるのは、経済圏を閉域化し、集団ごとに分かれた構造を保つことでグローバリズムが持つ弊害に対抗しようというアイデアの ように思えるが、金銭的利益が「経済適応度」として一義的に重要視され、経済圏が地域や国を超えて広がってしまった現在、問題解決は難しいように思われ る。
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コロニーが小さいうちには「コロニーが滅びる」ということで保たれていた「感染率」と「毒性」のバランスが、世界全体がひとつのコロニーになると保たれなくなってしまうという見方は初めてであり新鮮な見解であった。
その昔、「ダイエーは大きすぎて倒産させられない」という話があったのに似ているのかもしれない。ただしこの時の想定していたコロニーはまだ日本レベル。グローバル経済はコロニーを全世界に拡げていることになり、コロニー消滅=人類滅亡ということである。


シロアリの異なる二つのコロニーを混ぜてみると、そのまま融合して何事もなかったように一つになってしまう場合と、片方がもう一方を皆殺しにしてしまう場合があるのだそうだ。融合するのは、相手あるいは双方に将来繁殖虫になるように運命づけられた幼虫(ニンフ。すなわち跡継ぎ)がいない場合のみで、ニンフがいる場合には必ず片方が皆殺しになるというルールがある。社会寄生の観点から見ると、相手が労働力だけなら吸収して労働力を利用(一種の寄生)した方がいいが、繁殖虫となる個体がいる場合、自分たちの跡継ぎが追放されてしまう可能性があるため、皆殺しが選択されると解釈できる。戦国時代の武将が負けた場合、相手方の男子を皆殺しにしたのもこういうことかと納得しつつ、塩野七生女史のローマ論によると、ローマ帝国があれだけ隆盛したのは、相手にニンフ(跡継ぎ)がいる場合でも融合できるシステムをつくりあげたからではないか、などと考えた。


その他にも
「自然選択説」「血縁選択説」「群選択説」などが分かりやすく解説されていて非常に面白い。

以前「中立変異」 という概念を学んだ時に出てきた「遺伝的浮動」についても記載があり理解が深まった。
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ある性質の生物が別の性質をもつ生物に進化する理由を説明できる原理は、現在二つしかない。
ひとつは、生物の適応度に影響を与えるような性質が、自然選択されてきたことによる「適応進化」
もう一つは国立遺伝学研究所の故木村資生(もとお)博士により提唱された「遺伝的浮動」による進化。
遺伝的浮動は自然選択されない(=機能を持たない)性質の進化を説明する理論なので、この二つはすべての性質の進化の領域を互いにカバーおり、この二つだけで全ての進化の説明が可能。
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中立変異の概念って適応進化の理論を補完する概念だったのだ。


進化は神への長い道
・・・とはいえ、世界は常に変わっているので、神の姿も永遠に変わり続ける。
という記述が印象的であった。
そう、神の姿も永遠に変わり続けるのだ。

2011年5月8日日曜日

『日本復興計画』

原子力発電推進派だった大前研一氏の緊急出版。

前著『お金の流れが変わった!』では、原子力発電について積極推進派だった大前氏がどのような日本復興計画を描くのかに興味があり購入した。

以下、『お金の流れが変わった!』の抜粋要約である。
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アメリカではGE(BWR:沸騰水型炉)とウェスティングハウス(PWR:加圧水型炉)がトップを走っていたが、1979年のスリーマイル島原発事故以来、新たな原子力発電所の建設はストップし、現在はメンテナンスしかしていない。

ドイツはシーメンスのクラフトベルクユニオン事業部(KWU)が強い力を持っていたが、国民投票で原子力エネルギー利用の廃止が決まり、事業ごとフランスのアレバに吸収されてしまった。

明らかになっているだけでも世界中で100基以上の原子炉が求められている。

現在原子炉建設の技術を持っている会社は、アメリカのGEをウェスティングハウス、フランスのアレバ、日本の東芝、三菱重工、日立製作所だけ。しかもウェスティングハウスは東芝の参加で、三菱重工はアレバ、日立はGEと組んでいる。

他国では原子力関係の技術者が減少しているのに、日本だけが組織の硬直化と意思決定の遅さが幸いして、技術者が多数いまだに社内に残っている。

原子炉建設は1基約5000億円の大型ビジネス。

旧ソ連のチェルノブイリ原発の事故では多数の犠牲者が出たが、あれはあくまで圧力容器がなく、爆発したら終わりの古いタイプの原子炉だったから。欧米や日本の原子炉は圧力容器があって、炉心溶融が万一起こっても、放射能は全て中に閉じ込められて、外部に漏れ出すことはない。(この圧力容器を現在製作できるのは世界でも日本製鋼所だけになっている)

実際、全電力の6割以上が原子力発電に頼っているフランスでも犠牲者が出るような大きな事故は一度も起きていない。

日本の原子炉メーカーは、海外からのオファーを受けるのに国内では危険だということで建設できないとなると世界中から非難されかねない。国民の理解と合意が得られたなら、ぜひ首都圏の近くに原子炉をつくって欲しい。

日本の炉の稼働率は60%を割り込んでいるが、韓国は90%以上だ、というのも小さなトラブル時やら報告、点検のため。
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大前さんは大学で原子力を専攻して、日立で実際に福島の立ち上げに携わったとか。
その専門家の大前さんがここまで太鼓判を押すレベルに日本の原子力技術は来ていたのかと思ったものです。

以下今回の『日本復興計画』より抜粋。
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今回はっきりしているのは、これで日本の原子力輸出政策は終わり、日立・東芝などの原子炉メーカーとしての未来もこの段階で終わったということである。
これまで、原子力技術者を多く擁する日本企業が非常に有利なポジションにいたことは間違いなく、私も、日本は原子力を「国技」として優秀な人材を投入し、 Co2削減を目指す世界に売り込みをかけるべきだと提言してきた。もちろん原子力推進論者である。民主党政権は、日本国内では2030年までに少なくとも 14基以上の原子炉の増設を行うことと、新興国を始めとする電力需要の多い国へ原子炉を輸出していくことを宣言していたが、この段階でそれは全て終わったということだ。

スリーマイルの事故の後現在に至るまで30年、アメリカは1基も原発を作れなかった。それでアメリカの原子力産業は終わった。各メーカーは、原子炉の製造と研究をやめ、技術者は失意のうちに転職し、ノウハウは雲散霧消した。私のいたMITの原子力工学も存在自体が難しくなった。それを横目に日本とフランスは原子炉を作り続け、技術を磨いてきたわけだが、それも今回の件で無駄になる。
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推進論者だった著者が、客観的な視点からもう推進はできないと”予測”しているのだが、ギブアップ宣言というような悲壮感はない。
むしろ原子力委員会、原子力安全・保安院や東京電力の今回の対応を非難してさえいる。
震災という大混乱期の巧みな立ち回りを見た感じである。
大前氏の緻密かつ大胆な「予測」については従前から素晴らしいと思っているが、リーダー(もしくはリーダーに仕える軍師)だと考えると些かガッカリである。

大前氏は以下の通り述べている。
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国民の家計所得をみると、日本は1991年に比べて、総額で12%も減っている。
こうした停滞は実は日本だけで、英・米・仏で同じく家計所得の総額をみてみると、それぞれ約2〜2.5倍になっている。
震災を経ても、平均年齢が51歳という類を見ない高齢化、この20年で全ての所得層が一律に年収ダウンしているという構造、これらのファンダメンタルズは全く変わっていない。
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全くその通りで、元々日本が抱えている構造的問題と今回の震災による対応を双方乗り越えていく方策が求められる中、どうしていけばいいのかが問われている。

大前氏の提言の一つに復興財源は赤字国債発行ではなく、消費税の期間限定アップ(2%程度)というのがあり、それは震災対応としてはうなづける提言である。

しかし大前氏にはその卓越な分析力を活かして、単なる震災対応でない骨太な日本復興計画案を示して欲しかった。
期待が大きすぎた分ちょっと辛口のコメントとなったが、大前氏には”緊急出版”ではないところで骨太の日本復興計画その2を出版してもらいたいと思う。
それが原子力推進論者だったことの立派な罪滅ぼしになるのではないか。

これからの日本人のマインド変化について

大震災から早2ヶ月が経過しようとしている。
住宅産業に携わる身として、これから日本人のマインドが震災を契機にどのように変化していくのかを考えてみたい。

震災を契機に今までの傾向が加速する方向にあると考えられるもの。

<その1 環境指向>
今までもCO2排出量削減ということで意識はされてきたことではあるが、今回の震災により電力削減は待ったなしである。
良いとか悪いとかを判断する前に、電力を使わない暮らしに慣れる必要がある。
環境指向マインドは、電力供給が復活した後になっても元に戻るには時間がかかるであろう。(もしかすると戻らないかもしれない)
また、これを契機に省電力設備機器の開発も急ピッチで進むことになる。数が出ればコストも下がり、更なる需要を生む。
これは日本全体で行われるので、うまくするとCO2削減の世界のお手本となることが可能かもしれない。

<その2 コミュニティ指向>
震災を経て、やはり「遠くの親戚より、近くの他人」ということを痛感した人は多いのではないか。
現代は核家族化がすすみ、昔に比べて地域コミュニティの希薄化が問題視されていた。
これについて、震災前は賛否両論あってコミュニティ嫌いの人も多数いたが、これも環境と同じように、待ったなしでコミュニティを活用せざるを得ない状況におかれるケースが見られるに違いない。
これについては、震災後一時の傾向で終わり元に戻る可能性も多いにあると考えたが、高齢化という、そもそも震災とは別の次元で日本が抱える課題を考えても、地域コミュニティの必要性は高まり、またその活性化を促す仕掛けづくりも進んでいくのではなかろうか。

<その3 リスク分散指向>
今回の震災で東京一極集中では震災時には非常に脆く、東京が壊滅状態に陥った時には日本全体が機能しなくなるリスクが認識された。
原発問題に鑑みてもしかり。
今後はリスクを分散するため、様々な機能をインターネットのウェブの考え方のように、自律分散の考え方で分権化が進むのではないか。
高齢化対策としても、地方分権を実施し各都市がコンパクトシティ化し行政コストを下げる方向にシフトするであろう。

<その4 女性労働力活用指向>
労働人口減少ということが叫ばれる中でも対応が迫られていたが、今回の震災で海外からの出稼ぎ労働者がこぞって帰国したことを受け、その対応のため女性労働力(特に幼児期子育ての終わった専業主婦層)活用が一層進むのではないか。
藻谷浩介氏の『デフレの正体』においても
「外国人労働者受け入れは事態を解決しない。
今後5年間に65歳を超えていく団塊前後の世代だけでも1千万人以上いる。これに対して、日本在住の外国人は不法在留者を足しても230万人(在日韓国人・朝鮮人の60万人を含む)。
過去10年間の増加は留学生を含め60万人。毎年の増加は6万人というペース。
これに対して05年から今年までの足元の五年間だけで日本在住の生産年齢人口は300万人以上減っている。毎年60万人、外国人流入実績の10倍の速さ。
住民の少子化を外国人で補っている代表的な国はアジアではシンガポール。居住者の3人に一人が外国人だが、それでも絶対数では170万人程度。土地に限りもあるので、計画では最大でも今の2倍位で打ち止めということになっている。
移民の受け入れに積極的なスウェーデンの人口は900万人。仮に日本並みの年間数万人の流入でも効果は出る。
日本の女性は45%しか有償労働をしていない。総人口の3割近い3500万人もの女性が給料のでない専業主婦や学生や家事手伝いをしている。生産年齢人口の専業主婦だけをとり出しても1200万人もいる。
今退職年代に入って来た団塊世代のうち、有償労働をしていたのは500万人余り。ということは生産年齢人口の専業主婦1200万人のうち4割が働けば団塊世代退職のマイナスインパクトがなかったのと同様になる。」
とある。


ただでさえ、少子高齢化(労働人口減少)問題が深刻で「課題先進国」だった日本を見舞った震災は様々な流れを加速する方向にあるはず。
上手に流れを加速し、良い形に変えていくことがこれからの日本復活のチャンスとなる。
またそこに企業としてのチャンスもあるはずである。

この時代に生きていることを単に嘆くのではなく、むしろチャンスとして捉えていきたい。

『EVERNOTE「超」知的生産術』

EVERNOTEの使い方の本なのだが、色々な知的生産術に基づいた知見も記述されていて面白い。
著者の倉下忠憲氏は、コンビニエンス店長業務の傍ら執筆活動を行っている。
梅棹忠夫氏に傾注しているようで、梅棹忠夫氏の『知的生産の技術』からの引用が多い。

「知的生産というのは、頭を働かせて、なにかあたらしいことがら〜情報〜を、ひとにわかるかたちで提出することなのだ。」
「分類するな、配列せよ。そして検索が大事」
「分類を決めるということは、じつは、思想に、あるワクをもうけるということなのだ。きっちり決められた分類体系のなかにカードを放り込むと、そのカードは、しばしば窒息して死んでしまう。分類は、ゆるやかな方がいい。」
「カード・システムのためのカードは、多様な知的作業のどれにもたえられるような多目的カードでなければならない。よけいなものをつけくわえるほど、その用途はせばめられる」


Evernoteにおける情報整理法を構築していく上で、基本的な考え方になるのは「マドルスルー」。まるで解決策が見つからないなか、泥の中をもがくようにがむしゃらに突き進むことで、いつの間にか解決策に辿り着くという考え。
一言でいえば、「使いながら最適な形を見つけていく」方法。始めから完璧を求めないのが肝要とのこと。
このマドルスルー(muddle through)というのは不確定要素の多い現代における進み方をよく表しているのではないか。

外山滋比古氏の『思考の整理学』からは「メタ・ノート」について取り上げられていた。
①何か考えが浮かんだら、それを手帳などに書き留める
②書き留めたものを後で見返して、脈がありそうなものを別のノートに転記する。
③転記したノートを見返し、まだ脈がありそうなものを更に別のノートに転記する。
最後の移動させたノートが「メタ・ノート」。自分の中で相当関心度の高い情報だけが抽出されている。
このメタ・ノートをさらに見返して、思いついたアイデアや追記すべきものがあれば、書き加えていく。
「古典とは時の試練を乗り越えたもの」というのと同じ発想。

倉下氏の気づきか、芯を食っていると思った記述に、
メモに書き留める着想のイメージは「!」と「?」
というのがある。
つきつめていくと、メモに値するような自らの心が揺さぶられる体験、考えは「!」か「?」に行きつくような気がする。

その他にも
TRIZ(トゥリーズ)という、ロシア発祥の発明的問題解決理論(英語でいうとTheory of Inventive Problem Solving)で発想を支援するための手法(過去のアイデアを分析して、その中に潜む問題解決パターンからエッセンスとなる部分を抽出し、それを定式化し、体系としてまとめたもの)が紹介されていたりと、単なるEVERNOTE活用本以上に参考になった本であった。

2011年5月5日木曜日

『2030年超高齢未来』

通常医療費は年齢とともに上昇していく。
15歳から44歳までは平均して年10万円程度しかかからないものが、中年期以降は次第に増加していき、高齢期には年65万円以上を必要とするようになる。

我が国の医療費は2008年で年間34兆円、介護費用7兆円、の計41兆円。
これが2025年には医療費が70兆円前後、介護費用20兆円前後の計90兆円前後に増大する。
年金の給付費は2007年の年間48兆円が、2025年には65兆円程度に増大すると推計されている。

今の日本の国民所得は370〜380兆円。
900兆円超の国債および地方債の償還。。

おっかないイントロではじまるジェロントロジーの本。
でも決して悲観的な本ではない。
ジェロントロジーというと日本では「老年学」「加齢学」とかしっくり来ない訳になってしまうが、これからの日本が避けて通れない高齢化に対する処方として、あらゆる学問の英知を結集して対応しようというものだ。

”Aging in Place”
「いくつになっても、住み慣れた地域で安心して自分らしく生きる」というジェロントロジーの基本理念らしい。


今、高齢者の大半は健康で、知識も技術もあり、活躍したいと願っている。
実際、高齢者の身体機能は、昔と比べて随分若返っている。
たとえば、今の75歳の人の歩行速度は、10年前の64歳の人と同じだという調査結果もある。
短期記憶能力は40歳頃をピークに落ち始めるが、言語能力や日常問題解決能力は高齢期になっても伸び続ける。

男性は大多数の7割、女性は9割が、「人生の第4期」に入る75歳頃から少しずつ自立度が落ちていき、何らかの介助が必要となる。
しかし、同時に、いわゆる「後期高齢者」がみんな介護の対象というわけではなく、むしろ大多数の人達は多少の助けがあれば、日常生活を続けられるという実態も把握できた。


これからの超高齢化社会の設計においては、2つの視点が必要となる。
一つは衰えていく年齢を遅くする健康寿命の延長。
もう一つは、衰えてしまった期間をいかに安心で快適に、そして尊厳をもって生きることが出来る生活環境を整えるのかという視点。介助を必要とする高齢者の生活を支援するための社会インフラの整備である。


大震災で忘れかけていたが、この問題も日本が解決しなければならない重大な問題である。
地域連携の予防医療など、様々な取り組みを今から行っていく必要があると感じる。

『なぜ、町の不動産屋はつぶれないのか』

「土地」というものの特性から入って、「サラリーマン大家さん」になろうという勧めの本。

日本人は世界の中でもとりわけ「不動産好き」の国民。
住宅の持ち家率は総務省「平成20年住宅・土地統計調査」によれば約61%と先進国の中でも上位の水準。

土地はなくなることのない資産。会計上でも永遠。
土地の持っている最大の価値はこの「永遠」性ではないか。
これだけ多くの活用方法があり、かつそこから多様で多額の収益を生み出すことができるのは土地だけ。
金(きん)はどこまでいっても「金」だが、土地は「顔」(建物)をチェンジすることが可能。


不動産を構成する世界が「ギャンブラー」と「大家」という2つの側面から成り立つものとすれば、町の不動産屋は、基本は大家の手伝いをしながら、ときおり不動産の仲介業務を通じて手数料を収受することが仕事。
自分で土地を売買したり、あるいはマンションを分譲したりしないので、彼らは基本的に借金をする必要がない。
「相場をはらない不動産ビジネス」ーそれが町の不動産屋。
不動産ビジネスのもつ「ギャンブル」の側面に手を出さない限りにおいて、土地は一定の安定収益源足りうる存在。
「大家」業の手伝いをベースとしている町の不動産屋はリスクが少ない。だから町の不動産屋はつぶれることがないという訳。


日本は、1年の間に土地の値段=地価について4つの異なった指標が発表される。
公示地価(国土交通省)、都道府県基準地価(都道府県)、路線価(国税庁)、固定資産税評価額(地方自治体(総務省))。
年に4回報じられるので、地価変動期には地価がすごい勢いで変動してる印象を与える。

そもそも適正な地価などという指標は、この世の中には存在しない。
土地の価格はある意味で、その国や地域が持っている活力の表象。


会社の先輩が
「つまるところ、不動産屋の能力は土地一種あたりの土地代を算出できることに尽きる」
と言っていたのを印象的に思い出した。

2011年5月3日火曜日

『日本人へ 国家と歴史篇』

以前読んだ塩野七生女史の『日本人へ リーダー篇』の姉妹編。
ローマ帝国の歴史観からの現実的な政治感覚はさすが。
民主党であっても、自民党であっても政策の継続性(特に対外政策)を守ることは大切であることを強く述べている。

ローマ帝国とは、所詮、ユリウス・カエサルとアウグストゥスとティベリウスの三人が創設した。
カエサルが青写真を描き、それをもとにしてアウグストゥスが建設し、ティベリウスが内装その他を整備し、以後もこの形で進んだのがローマ帝国。
五賢帝といえども、この三人の先輩の定めた国策を、百年も過ぎればほころびが出るので再構築しただけである。
カエサルは、ローマに征服された地方からも広く人材を登用するのを国策として確立。
アウグストゥスは、税金は広く浅くとるものとし、税率も変えない税制を確立する。「百分の一(チェンテージマ)」と言えば消費税のこと、「二十分の一(ヴェンテージマ)」と言えば相続税であることは子供でも知っていた。
ティベリウスが最も力を入れたのは、治安の確立と司法の公正。ローマ市民権(当時の国籍)さえ持っていれば控訴権が完全に保障されたのは、古代ではローマ帝国だけ。

ローマの歴代の皇帝は、前任者が行った政策でも、良しとしたことは、いかにそれが評判の悪かった皇帝の政策であっても、継続することに何のためらいも持たなかった。


「天国に行くのに最も有効な方法は、地獄へ行く道を熟知することである」
というマキアヴェッリの言葉がある。
庶民であれば、なるべき悪いことには近づかないようにして生涯を終える程度の理解で充分だが、指導者となるとそうはいかない。
たとえ自分は地獄に落ちようと国民は天国に行かせる、という覚悟が必要となる。
日本の政治家にはノブレス・オブリージはなくなってしまったのだろうか。

「改革は、いまだ余力のあるうちに成されない限り、絶対に成功しない。我らが日本にとっては最後のチャンスになるだろう。」
これは今回の震災前の塩野女史の弁である。震災により日本は更に待ったなしになっている。
政治機能不全を嘆いていても始まらないので、危機感をもって臨みたい。