2015年12月28日月曜日

『フューチャー・オブ・マインド』 その2

脳と意識と不確定性原理の続き。

<不確定性原理>
・懐中電灯を月に向けると、光は月に届くだろうか。
答えはイエス。大気に元の光線の90%以上は吸収されるが、一部は月に届く。
だが、真の問題は、懐中電灯が最終的に月面を照らす範囲は、直径何キロメートルにもなるということだ。
これは不確定性原理のためであり、直進性の高いレーザー光線でも必ず徐徐に発散する。レーザー光線の正確な位置を知ることはできないので、量子物理学の法則によって、光線は必ず時間とともに徐々に広がることになるのだ。
・19世紀のアメリカ西部で郵便配達をしていたポニー・エクスプレス(リレー方式の早馬便)を考えてみよう。馬はそれぞれの中継駅の間を全速力で走る。だが障害となったのは、郵便物や馬野乗手を交換する際に各中継駅で生じる遅延要素だった。このせいで、郵便配達の平均速度はかなり落ちた。
光は、原子間の真空では秒速約29万9792kmという高速cで進むが、原子にあたると遅くなる。光は、つかの間原子に吸収され、瞬時に追い出されて再び放射される。このわずかな遅延こそ、光線がガラスや水に入ると概して遅くなるように見える原因だ。
ハーバード大学の科学者はこの現象を利用し、ガスの入った容器を用意して絶対零度近くまで慎重に冷やしていった。こうした極低温では、ガスの原子は光線をかなり長い時間吸収してから再び放射するようになる。このように、遅延要素を増大させることによって、光線を減速させ、遂には停止させたのである。光線は、ガスの原子と原子の間は変わらず光速で進むのだが、原子に吸収される時間が増えていく。
これにより、意識のある存在が、サロゲートを操るのではなく、エネルギーそのものの形のまま、ほとんど幽霊のように漂うほうを好む可能性も出てくる。
すると、将来我々のコネクトームをのせたレーザー光線は、恒星に送られると、ガスの分子の雲に移されて、ビンに詰められることになるかもしれない。
この「光のビン」は量子コンピュータによく似ている。どちらも同期して振動している原子の集まりであり、その中では原子の位相が揃っている。そしてどちらも、通常のコンピュータの能力を遥かに超える複雑な計算ができる。
だから、量子コンピュータの問題が解決できれば、我々はこの「光のビン」も扱えるようになるかもしれない。
・アインシュタインは1915年に発表した一般相対性理論で、重力が時空の歪みによって生じることを明らかにした。
重力は、ニュートンがかつて考えたような、謎めいた見えない「引く力」ではなく、実は、空間そのものが物体の周りで曲がることによって生じる「押す力」なのである。これで、星の光が別の星のそばを通過する時に曲がることや、宇宙が膨張することを見事に説明できただけでなく、時空の生地が伸びていくとやがて破れるという可能性もあきらかになった。


<シュレーディンガーの猫>
電子は点状粒子だが、それが見つかる確率は波で与えられる。そしてこの波はシュレーディンガー方程式に従い、不確定性原理をもたらす。
シュレーディンガーの猫のパラドックスをどう解決するか?

第1の手だては、ボーアとハイゼンベルクによって提唱されたコペンハーゲン解釈。
この解釈によると、猫の状態を決定するためには、箱を開けて観測しなければならない。観測すると、猫の波(死んでいる猫と生きている猫の重ね合わせ)が一つの波に「収縮」するので、猫が生きている(または死んでいる)ことが分かる。
このように、観測が猫の存在と状況を決定する。観測行為によって、二つの波が魔法のように解けて一つの波になるのである。
アインシュタインはこの解釈を嫌った。これに対抗する「客観的実在」の理論を推進した。この理論では単に、宇宙はいかなる人間の観測とも無関係に、ただ一つの明確な状態で存在するとされる。(これはほとんどの人が持つ常識的な見方だ)
客観的実在は、惑星や恒星や銀がの運動を表すことに見事に成功した。相対性理論を用いれば、この考えでブラックホールや膨張する宇宙も表せる。
ところがまるで通用しない場所がひとつある。原子の中だ。 量子力学は、新たな形の独我論を物理学へ連れ戻した。
この見方によると、観測されるまでは、木はあらゆる全ての状態で存在する(苗木、焼けた木、おがくず、つまようじ、朽ちた木など)。ところがあなたが見た途端、波が収縮してただの木に見える。かつての独我論者は、木が倒れているかいないかという話しをしていたが、新しい量子の独我論者は、木のあり得る全ての状態を取り入れているのである。
アインシュタインは、量子の微小な世界(猫が死んでいながら生きてもいるような世界)と、我々周囲の常識的な世界とには「壁」があると考えた。

第2の手だては、1967年ユージーン・ウィグナーによって考案された。
ウィグナー曰く、意識を持つ人間だけが、観測をして波動関数を収縮させることが出来るとした。
しかし、その人間が存在すると誰が言えるのか?観測する人と観測される人は切り離せないので、その人間も死んでいると同時に生きているかもしれない。観測者が生きていることを確かめるには、その観測者を見る第二の観測者が要る。
この第二の観測者は「ウィグナーの友人」と呼ばれる。第二の観測者が生きていることを確かめるには、さらに別の友人が必要となる。
このように、前の波動関数を収縮させて「友人達」が生きていることを確かめるには、無限に友人が要るので、なんらかの形で「宇宙の意識」や神が必要になってしまう。
ウィグナーは「(量子論の)法則を全く矛盾のない形で定式化することは、意識を考慮せずには不可能だった」と結論づけた。
このアプローチでは、神または何らかの不朽の意識が我々全てを見て、我々の波動関数を収縮させるので、我々は生きているのだと言える。
この解釈はコペンハーゲン解釈と物理的に同じ結果をもたらすので反証のしようがない。だが、これの意味するところは、意識は宇宙の根本をなす存在であり、原子よりも根本的だということである。物質世界は移り変わっても、意識はずっと決定的な要素のままでいる。すると、ある意味で、意識が現実を作り出していることになる。身の回りにある原子の存在そのものが、それを見たり触ったりできる我々の能力に基づいているのだ。

第3の手だては、1957年にヒュー・エヴェレットが提唱したエヴェレット解釈(多世界解釈)だ。
この解釈によると、宇宙は絶えず分岐して多宇宙となっている。ある宇宙では猫は死んでいるが、別の宇宙では生きている。
このアプローチは、次のように要約できる。波動関数は収縮せず、ただ分岐する。
エヴェレットの多世界理論がコペンハーゲン解釈と唯一異なるのは、波動の収縮という決定的な仮定(量子力学の最も単純な定式化であり、最も気味の悪いもの)を取り下げた点だ。
この第三のアプローチは甚大な影響を及ぼす。つまり、あらゆる宇宙が存在でき、奇想天外で一見ありえないような宇宙さえ存在し得るのだ(ただし、奇想天外な宇宙ほど、存在する確率は低くなる)
だが、波動関数が絶えず分岐していて、その際に全く新しい宇宙を作り出しているとしたら、なぜ我々はそこへ行けないのだろう? ノーベル賞受賞者のスティーブン・ワインバーグはこれを、部屋でラジオを聴くことなぞらえている。
部屋には方々から届く何百もの電波が満ち満ちているが、ラジオのダイヤルは一つの周波数にだけ合わされている。言い方を変えれば、ラジオは他の全ての局とは「干渉性を失って」いることになる。(干渉性とは、レーザー光線のように、全ての波が完全に同期して振動している状況を指す。干渉性の消失は、こうした波の位相がずれだして、振動が同期しなくなっている状況である)


<自由意志>
ベンジャミン・リベット博士が1985年に行った実験は、自由意志の存在そのものに疑問を投げかけている。
脳波スキャンによって、脳が実際に決断を下すのは、人が自覚するおよそ300ミリ秒前である。すると、ある意味で自由意志は偽りだということになる。決断は意識のインプットのないまま脳が先に下しており、あとから脳は(いつもやるとおり)これをごまかそうとして、意識が決断したことにするのだ。
マイケル・スウィーニー博士はこう結論している。
「リベットの発見が示しているのは、人が決断を下す前に、脳はその人がどんな決断をするかを知っているということだ。運動が随意と不随意に分けられるという概念だけでなく、自由意志という概念自体も見直さなければならない」
これはすべて、社会の礎となる自由意志がフィクション〜左脳が作り出す錯覚〜であることを示しているように思える。ならば、我々は、自分の運命の支配者なのか、それとも脳がずっと続けるイカサマの駒でしかないのか。

自由意志は、決定論という理念と対立する。決定論では単に、あらゆる未来の事象は物理法則によって決まるとされる。ニュートンによれば、宇宙はある種の時計であり、全ての始まりから時を刻み、運動の法則に従っているという。するとあらゆる事象は予測可能なのである。
ここで疑問が生じる。我々はこの時計の一部なのか?我々の行動も全て決定済みなのか?
この疑問は、哲学的・神学的な示唆を含んでいる。
たとえば、大半の宗教は、なんらかの形の決定論や予定説を支持している。神は全知全能で、偏在する。神は未来を知っているので、未来は前もって決定されている。神は、人が天国に行くか地獄に落ちるかを、その人が生まれる前から知っている、といったように。 カトリック教会は、まさにこの問題において、宗教改革で真っ二つに分かれた。当時のカトリックの教義では、たいてい教会に気前よく献金をすれば、その人の最終的な運命を変えるとされていた。つまり、決定論は財布の中身次第で変わり得るというのである。
そこで、マルティン・ルターは贖宥状(献金などによって発行された、罪の償いを軽減する証明書)を巡る教会の腐敗を特に槍玉にあげ、1517年に「95か条の論題」を教会の扉に貼り出し、宗教改革を引き起こした。これこそ教会が真っ二つに分かれた主な理由のひとつであり、その結果、100万人単位の犠牲者が出て、ヨーロッパ全域が荒廃した。
しかし1925年以降、量子力学によって不確定性が物理学に導入された。いきなり何もかもが不確かになり、計算できるのは確率だけになった。
この意味では、自由意志はきちんと存在し、量子力学が顕現したものなのかもしれない。そのため、量子論が自由意志の概念を復興したと主張する者もいる。ところが決定論者はこれに反撃し、量子論的効果は極めて小さい(原子レベルで働く)ので、小さ過ぎて、大きな人間の自由意志を説明することはできないと主張した。

今日の状況は、実のところかなり混乱している。もしかすると「自由意志は存在するのか?」という疑問は「生命とは何か?」という疑問に似ているのかもしれない。
今では、この疑問に多くの階層と複雑さがあると分かっているのだ。同じことが自由意志にも当てはまり、自由意志にも多くの種類があるのかもしれない。
もしそうなら「自由意志」の定義そのものが曖昧になってくる。

この議論は、脳のリバースエンジニアリングにも影響を及ぼす。もしもリバースエンジニアリングによってトランジスタでできた脳を作ることに成功したら、できあがった脳は決定論的で予測可能なものということになる。どんな質問であれ、その脳は、同じ質問には毎度全く同じ答えを返す。コンピュータはそのように毎度同じ答えを出すから、やはり決定論的である。
一方では、量子力学とカオス理論から、宇宙は予測可能ではなく、それゆえ自由意志は存在すると考えられる。他方、リバースエンジニアリングによってトランジスタでできた脳は、当然予測可能になる。
リバースエンジニアリングで再現された脳は、理論上は生体の脳とそっくり同じなので、人間の脳も決定論的で、自由意志は存在しないことになる。明らかにこの二つの議論は矛盾する。 リバースエンジニアリングで再現された脳は、いかに複雑でも、やはりトランジスタと導線の集まりだ。こうした決定論的な系では、運動の法則がよく分かっているので、未来の振る舞いを正確に予測できる。ところが量子論的な系では、系は本質的に予測できない。不確定性原理のために、計算できるのは、あることが起きる確率だけになる。


なんと我々の自由意志とは脳の認知(錯誤)したまやかしだったのか!?
悪いことしても「妖怪のせいなのね」というのは案外間違いじゃなかったということか。(そんな訳はない、というが世間の常識)


他にも、他の星の知的生命体、人口知能の話し、幽体離脱、マインドコントロール、精神疾患などなど、興味の尽きないネタ満載の本。
面白かった〜





『フューチャー・オブ・マインド』 その1

ひも理論の専門家、カク・ミチオ教授が、色々な分野の専門家にヒアリングをして、脳の先端理論から意識、宇宙とのつながりまでを書いた壮大なサイエンス・ノンフィクション。
今まで学んだことの総復習いになった上、それに関連そして発展していくたくさんの情報がとれて大満足の良書。
カク・ミチオ教授が、脳科学の専門家ではないところに、分かりやすさがあるような気がする。

<脳>

脳の外層にあたる新皮質は、前頭葉、頭頂葉、後頭葉、側頭葉の四つの葉に分けられる。ヒトはこの新皮質が高度に発達している。
脳の葉はそれぞれ感覚のシグナルを処理する役目を果たしている。ただ一つ、額の後ろにある前頭葉を除いて。
前頭葉の中でも最前部にある前頭前皮質は、最も理性的な思考を処理する場所だ。読んだ文章の情報は前頭前皮質で処理される。この部位では、感覚器官からの情報を評価し、未来の行動プランを実行に移すのだ。
頭頂葉は脳のてっぺんにある。その右半球は感覚への意識の集中と身体のイメージを、左半球は巧みな運動となんらかの言語の要素をコントロールしている。この領域にダメージを受けると、自分の体の部位を特定できなくなるなど、多くの問題をもたらす。
後頭葉は、脳の後方にあり、眼からの視覚情報を処理している。この領域にダメージを受けると、失明したり視覚障害を起こしたりする。
側頭葉は、言語(左側だけ)のほか、視覚的な顔認識と一部の感情をコントロールしている。ここにダメージを受けると、話せなくなったり、なじみ深い人の顔を認識できなくなったりする。

1967年、アメリカ国立精神保健研究所のポール・マクリーン博士が、チャールズ・ダーウィンの進化論を脳に応用した。
彼は脳を三つの部分に分けた。そして、まず我々の脳の後部と中央部〜脳幹や小脳や(大脳)基底核を含む部分〜が、ほぼ爬虫類の脳と同じであることに気づいた。
「爬虫類脳」と呼ばれるそれは、脳の中でも最も古い部分で、平衡感覚や呼吸、消化、心臓の鼓動、血圧といった基本的な動物の機能を司っている。
この部分はまた、戦いや狩猟、配偶行動、なわばり意識など、生存と繁殖に必要な行動もコントロールしている。爬虫類脳の起源は、およそ5億年前にまでさかのぼれる。
しかし爬虫類から哺乳類へ進化すると、脳はもっと複雑になり、外に広がって全く新しい構造を生み出した。こうして「哺乳類脳」が登場する。これは(大脳)辺縁系とも呼ばれ、脳の中央近くに、爬虫類脳を取り巻く部分として存在する。辺縁系は、類人猿のように社会集団のなかで暮らす動物で発達している。そこには感情に関わる組織も含まれている。社会集団の挙動はかなり複雑になりうるので、辺縁系は、敵や味方や競争相手となりうる者を見分けるために欠かせない。
辺縁系の中で、社会性動物にとって重要な行動をコントロールする部分には次のようなものがある。
◇海馬:これは記憶世界の入口で、短期記憶を処理して長期記憶にする場所。その名前は、この部位の奇妙な形を表している(タツノオトシゴ)。ここにダメージを受けると、新たに長期記憶が作れなくなる。現在という時に囚われたままになるのだ。
◇扁桃核:これは感情〜特に恐怖〜の占める座であり、まずここで感情が生まれて刻み付けられる。扁桃というのはアーモンドのこと。
◇視床:これは中継局のようなもので、脳幹から感覚のシグナルを取り込んで、様々な皮質へ送り出す。視床の英語thalamusは「奥の部屋」という意味。
◇視床下部:これは体温や概日リズム、空腹、喉の渇き、生殖と快楽の要素を調節している。視床の下にあるのでこの名前。
最後に、哺乳類脳のさらに外側に、大脳皮質の中でも最も新しい第三の領域がある。その大脳皮質の中で最近進化した組織が新皮質であり、これはより高度な認知行動を司っている。ヒトではそれが最も高度に発達しており、脳の重さが80%を占めながら、ナプキンほどの厚みしかない。ラットでは新皮質がツルツルだが、ヒトでは極めて複雑に入り組んだ形で、莫大な表面積の組織を頭蓋に詰め込めるようになっている。

脳の灰白質は、ニューロンという小さな脳細胞が何百億個も集まって出来ている。巨大な電話回線網のように、ニューロンは樹状突起(ニューロンの先から伸びた、蔓植物の巻きひげのようなもの)を経て、他のニューロンからメッセージを受け取る。
ニューロンのも片方の端には、軸索という長い繊維がある。最終的に、軸索は樹状突起を介して他の1万ものニューロンとつながる。
ふたつのニューロンの結合部には、シナプスという小さな間隙ができる。シナプスは関門の役目を果たし、脳内の情報の流れを制御している。
神経伝達物質という特殊な化学物質がシナプスに入ると、シグナルの流れが変わる。ドーパミンやセロトニン、ノルアドレナリンと言った神経伝達物質は、脳内の無数の経路を移動する情報の流れを制御するので、我々の気分や感情、思考、心理状態に大きな影響を及ぼす。

通常、左右の脳半球は、思考を行き来させて互いに補完し合っている。左脳はどちらかというと分析的で論理的な思考を行う。言語能力のありかはここだ。
一方右脳はどちらかと言うと包括的に捉え、芸術的な思考を行う。
しかし、全体を支配するのは左脳で、これが最終的な判断を下す。命令は左脳から脳梁を経て右脳に届く。ところがそのつながりを断つと、右脳は左脳の絶対的な支配から自由になる。もしかしたら右脳に、支配者たる左脳の意志に反するそれ自体の意志が存在することもあるかもしれない。
時として、分離脳の人は、片方の手がもう片方の手を押さえつけようともがく、漫画の世界の住人になったかのように思う。医師達はこれを、ストレンジラヴ博士症候群と呼びもする。『博士の異常な愛情』という映画の中で、この博士が片手をもう片方の手で押さえつけようとするシーンがあるからだ。
カリフォルニア大学サンタバーバラ校のマイケル・ガザニガ教授によると、被験者に、質問を片方の眼だけに見せる特別な眼鏡をかけさせれば、片方の脳半球だけに質問をすることは易しい。問題は、それぞれの半球から答えを得ることだ。右脳は話せない(発話中枢は左脳にしかない)から、右脳から答えを得るのは難しい。
右脳が考えていることを知るために、(もの言わぬ)右脳がスクラブル(アルファベットのコマを組み合わせて単語を作るゲーム)の文字を使って「話せる」ような実験を考案した。
我々は皆、頭蓋の中に、自分だと思っている日頃の存在とはまるで違う人格や望みや自己認識を持つ、もの言わぬ囚人を抱えているのかも知れない。


脳についての知識人のコメントが参考になる。
「感情は、決して感覚ではなく、危険を避けて利益になりそうなことの方へと向かわせるように進化を遂げた、身体に根ざした一連の生存メカニズムなのである。」
by 『ビジュアル版 新・脳と心の地形図』の著者 リタ・カーター

「心はむしろ「心の社会」に近い。種々のサブモジュールが互いに競い合っているのだ」
by 人工知能の父、MIT マーヴィン・ミンスキー教授

「意識は脳の中で荒れ狂う嵐のようなもの。我々は、脳の管制室に、五感の画面に眼を走らせ、筋肉のボタンを押している管理者たる『私』がいるという直感を抱くが、それは錯覚だ。意識は、脳のあちこちに撒き散らされた数々の事象が渦巻いてできたものだ。これらの事象は、注意を引こうと競い合い、あるプロセスが他を打ち負かすと、脳はあとから結果を合理的に解釈し、一つの自己がずっと取り仕切っていたのだという印象をでっちあげる」
by ハーバード大学の心理学者 スティーブン・ピンカー


<意識の時空理論>

意識の定義:意識とは、目標(配偶者や食物や住みかを見つけるなど)を成し遂げるために、種々の(温度、空間、時間、それに他者との関係に関する)パラメータで多数のフィードバックループを用いて、世界のモデルを構築するプロセスのことである。
これを「意識の時空理論」と呼んでいる。
動物は主に、空間や他者との関係に関しての世界のモデルを構築するが、人間はさらに、時間に関して、それも過去と未来の両方についての世界のモデルを構築する。

[フィードバックループ]
レベル0:この場合、生物は動かないかわずかな移動性だけを持ち、少数のパラメータ(温度など)のフィードバックループを用いて自分の場所のモデルを構築する。
例えば最近や草花にはずっと多くのフィードバックループがあるため、これらはレベル0の意識の中でもより高いレベルにある。10個のフィードバックループ(温度、水分、日光、重力などを評価する)を持つ草花は、レベル0:10の意識を持つ。
レベルⅠ:移動性があり、中枢神経系を持つ生物は、レベルⅠの意識を持っており、この意識には、変化する位置を評価する新たなパラメータ群が加わっている。
レベルⅠの意識の一例は、爬虫類だろう。レベルⅠの意識は、人間の頭の後ろから中央にかけて位置する爬虫類脳によって主に制御されている。
レベルⅡ:レベルⅡの意識の場合、生物は自らの空間的な位置だけでなく、他者との関係という位置づけについてもモデルを構築する(つまり彼らは感情を持つ社会性動物ということになる)。
レベルⅡの意識は、辺縁系という形で脳の新たな構造が形成されると同時に生じる。辺縁系には、海馬(記憶を扱う)や扁桃核(感情を扱う)や視床(感覚情報を扱う)があり、どれも他者との関係についてのモデルを構築するために新しいパラメータを提供する。(昆虫はレベルⅡから除外する。群れのメンバーと社会的関係を結んではいるが、いかなる感情も持っていないからだ)
レベルⅢ:未来をシュミレートする。
人間の意識は、世界のモデルを構築してから、過去を評価して未来をシュミレートすることによって、時間的なシュミレーションを行う特殊な形の意識だ。そのためには、多くのフィードバックループについて折り合いをつけて評価し、目標を成し遂げるべく判断を下す必要がある。 レベルⅢの意識に到達する頃には、フィードバックループが非常に多くなって、未来をシュミレートして最終的な判断を下すために、それらのフィードバックループを取捨選択するCEOが必要になる。
そのため我々の脳は、特に額の真後ろにある、未来を「予見」させる前頭前皮質が大きいという点で、他の動物の脳と異なっている。


レベルⅠの意識
レベルⅠの意識では、感覚情報は脳幹を通り、視床を経て、脳内の様々な皮質へ向かい、最終的に前頭前皮質に行き着く。従って、レベルⅠの意識の流れは、視床から前頭前皮質への情報の流れが生み出すものと言える。

レベルⅡの意識
感情は辺縁系で生まれて処理される。レベルⅡの意識の場合、我々は絶えず感覚情報を浴びせられるが、感情は、前頭前皮質の許可を必要としない辺縁系から、緊急時にも高速で反応を示す。海馬は記憶を処理する上で重要だ。したがってレベルⅡの意識は、根本的に、扁桃核と海馬と前頭前皮質の反応と言える。

レベルⅢの意識
レベルⅢの意識の核心と言える未来のシミュレーションは、快楽中枢(側坐核と視床下部にある)と(衝動をチェックする働きをする)眼窩前頭皮質との争いを経て、脳のCEOである背外側前頭前皮質で調停される。これはおおまかに、良心と欲望の争いについてフロイトが述べたこと(自我とイドと超自我との対立関係)と似ている。未来をシミュレートする実際のプロセスは、未来の出来事を見積もるために前頭前皮質が過去の記憶にアクセスするときに生じる。


カク・ミチオ教授によると、自己認識とは、世界のモデルを構築し、自分がいる未来をシミュレートすること、ということだ。
「本書で私は、人間の意識には目標を成し遂げるために、世界のモデルを構築してから、それをもとに未来をシュミレートする能力があるという立場をとっている。拡散的思考の能力を示したパイロットは、あらゆる多くの未来の出来事を、正確に、より複雑さを備えた形でシュミレートすることができた。同様に、マシュマロテストで満足を先延ばしにすることのできた子供は、未来をシュミレートして、短期的に手っ取り早く得ることだけ企むのでなく、長期的な報酬を見据えることのできる能力がとりわけ高いように思われる。」


<記憶>

・記憶の形成
感覚器官からのインパルスは脳幹を通って視床に至り、そこから各種皮質へ導かれた後、前頭前皮質に届く。そこで我々の意識に入り、数秒から数分までの幅を持つ短期記憶なるものを形成する。さらに海馬にまで行くと、海馬は分解した記憶のかけらを様々な皮質へ再び導き、長期記憶が形成される。
たとえば、感情の記憶は扁桃核に保存されるが、言葉は側頭葉に記憶される。一方、色などの視覚情報は後頭葉に集められ、触覚や運動の感覚は頭頂葉にとどまる。
・視覚情報は、後頭葉から前頭前皮質に送られ、そこで人はついにイメージを「見て」短期記憶を形成する。その情報はさらに海馬に送られて、海馬はそれを処理して最大で24時間保存する。それから記憶は切り刻まれ、各種皮質に散らばっていく。
ここで重要なのは、我々にはあっさり得られているように思える視覚のために、何十億ものニューロンが次々と活性化し、1秒あたり数百万ビットの情報を送る必要があるということだ。
・カリフォルニア大学アーヴァイン校の神経生物学者、ジェームズ・マッガウ博士いわく、
「記憶の目的は、未来を予言することにある」
長期記憶が進化を遂げたわけは、未来をシュミレートするのに役立つからかもしれない。
実際、脳スキャンの結果によると、記憶を呼び起こすのに使われる領域(背外側前頭前皮質と海馬をつなぐ部分)は、未来をシュミレートするための領域と同じであることを示している。ある意味で、脳は、何かが未来にどう進展するのかを明らかにするために、過去の記憶を参考にして「未来を思い出そう」としているのだ。


<夢>

・古代最も有名な夢といえば、西暦312年にローマ皇帝コンスタンティヌスが人生最大規模の戦いに臨んでいた時に見たものかもしれない。
自軍の倍の軍勢と対峙したコンスタンティヌスは、翌日の戦いで自分は死ぬだろうと覚悟した。
ところが、その晩、夢に天使が現れ、十字架の印を携えて「汝、この印にて勝利すべし」と運命的な言葉を発したのである。
コンスタンティヌスはすぐさま自軍の盾を十字架の印で飾るように命じた。
歴史によれば、翌日彼は勝利を収め、ローマ帝国の支配を確かなものとした。そして、比較的マイナーだったこのキリスト教という宗教への血債を償うことを誓った。
キリスト教は、それまで数世紀にわたり代々ローマ皇帝に迫害され、信者は度々コロッセオでライオンの餌にされていたのだ。コンスタンティヌスが署名した法律によって、のちに世界屈指の大帝国で公式の宗教となる道がつけられた。
・夢をみることは、我々の睡眠サイクルに不可欠の要素でもある。
我々は一晩におよそ2時間夢を見ており、一つの夢は5分から20分続く。つまり、平均寿命の間に約6年間、夢を見て過ごしてることになる。
・イルカは、魚ではなく空気呼吸をする哺乳類なので、溺れないように一度に脳の片側だけが眠る。
・ニューラルネットワークを人工的なモデルで研究する科学者達が興味深いことに気づいた。
ニューラルネットワークは学習し過ぎるとしばしば飽和状態になり、それ以上の情報を処理できず、「夢見」の状態にはいってしまう。
この時、そのネットワークが新しく取り込んだデータをすべて消化しようとする中で、ランダムな記憶が漂っては互いに結びつくのだ。
そうだとすると、夢は、脳が記憶をよりつじつまが合うように整理しようとする「大掃除」を表しているのかもしれない。
もしそうなら、学習可能な全ての生物は、どんなニューラルネットワークも記憶の整理のために夢見の状態に入る可能性がある。夢は目的に役立っているということだ。
このため、経験から学習するロボットもゆくゆくは夢を見るようになるのではないか、と考える科学者もいる。
・夢を見ている時には海馬が活動していることから、夢が記憶の貯蔵庫を利用しているのが分かる。また扁桃核と前帯状皮質も活動する。これは、夢が強く感情に訴え、しばしば恐怖を伴うものであることを意味している。
しかし、それ以上に示唆に富むのは、活動を停止する脳領域であり、背外側前頭前皮質(脳の指揮中枢)や、眼窩前頭皮質(検閲官やファクトチェッカーの役割を果たす)や、側頭頭頂接合部(感覚・運動シグナルと空間認識を処理する)などがそれにあたる。
背外側前頭前皮質が活動を停止していると、我々はこの理性的にプランを立てる中枢に頼れない。むしろ理性によるコントロールもないまま視覚中枢からイメージを与えられて、夢の中をあてどなく漂うことになる。
眼窩前頭皮質すなわちファクトチェッカーも不活性となる.そのため、夢は物理法則や常識の制約を受けずに、のびのびと展開していける。
さらに、目と内耳からのシグナルによって自分のいる場所の感覚を調整する役目を果たしている側頭頭頂接合部も活動を停止しているので、これが、夢を見ている間に幽体離脱を体験する説明になるかもしれない。
・これまで強調して来たように、人間の意識とは主に、絶えず外の世界のモデルを構築し、それを未来へ向けてシュミレートする脳のことを言う。
そうであれば、夢とは、自然の法則や社会的なやりとりが一時的に停止されているなかで、未来をシュミレートする別の手だてだということになる。
・「何が夢を生み出すのか?」
ハーバード大学医科大学院精神科医 アラン・ホブソン博士
「夢、それもとりわけレム睡眠は、神経科学レベルで研究が可能であり、夢は、脳幹が発するほぼランダムなシグナルを脳が理解しようとするときに生じる。」
数十年かけて夢を分類した結果、5つの基本的な特徴がある。
1.強い感情:恐怖などの感情を引き起こす扁桃核の活性化による
2.非論理的な内容:夢は、論理を無視して目まぐるしく場面が変わることがある
3.見せかけの感覚がもたらす印象:夢は、脳内で生まれた偽りの感覚を我々に与える
4.出来事を無批判に受け入れる:我々は夢の非論理的な内容を無批判に受け入れる
5.覚えておくのが難しい:夢は目覚めてすぐ、数分のうちの忘れ去られる
・夢の手がかりは、脳の最も古い部分、脳幹の神経節にある。この神経節は、ノルアドレナリンという、我々に警戒態勢をとらせておく特殊な物質を放出する。
一方入眠すると、脳幹はコリン作動性システムという別のシステムを活性化し、ここから我々を夢見の状態にする物質がでる。
夢を見る時、脳幹内のコリン作動性ニューロンが活性化しだし、PGO(脳橋ー外側膝状体ー後頭皮質)波という電気エネルギーの不規則なパルスを誘発する。このPGO波が脳幹をのぼって視覚皮質に入り、そこを刺激して夢を生み出すのである。視覚皮質の細胞は、毎秒数百回の不規則な共振を始める。夢が時に支離滅裂になるのは、これが原因かもしれない。
コリン作動性システムは、理性と論理に関わる複数の脳領域の間を分断する物質も出す。脳がとりとめもない思考に極めて敏感になるのに加え、前頭前皮質と眼窩前頭皮質によるチェックがなくなることで、夢が奇妙で突飛なものになることを説明できるかもしれない。
・眠らなくてもコリン作動性システムが活性化された状態になることがある。
アーカンソー大学のエドガー・ガルシア=リル博士によれば、瞑想したり、気を揉んだり、アイソレーション・タンク(内部に人間が浮かぶような比重の液体を入れ、光や音を遮蔽して感覚を遮断できるようにした容器)に入れられたりしても、この状態を引き起こすという。何も無い単調な景色に長時間向き合っているパイロットやドライバーも、同じ状態になり得る。
この研究の中で、ガルシア=リルは、統合失調症患者の脳幹内にコリン作動性ニューロンが異常に多いことを発見した。彼らが見る幻覚の一部はこれで説明がつく可能性もある。
・明晰夢
意識がありながら見る夢。明晰夢では、本人が夢を見ていることを自覚し、夢の展開を意識的にコントロールできる。明晰夢を見る人の脳スキャンをすると、レム睡眠の間、普通の人ではたいてい休眠状態になる背外側前頭前皮質が、彼らの場合は活動しており、その人が夢を見ながら部分的に意識があることを示している。



<穴居人の原理>

・ハイテク(先進技術)かハイタッチ(人間同士のふれあい)かを選択できるのなら、我々はいつでもハイタッチを選ぶ。これは我々が類人猿に近い祖先の意識を受け継いでいるからだ。基本的な人格の一部は、最初の現世人類がアフリカに現れて以来、現在まで10万年のあいだ、おそらくあまり変化していない。
人間の意識が基本的に類人猿に近いと考えれば、我々がコンピュータと融合するのは、身体は強化するが完全には身体に取って代わらない場合に限られるはずだ。
穴居人の原理を用いれば、なぜ未来の予言のなかには合理的なのに実現しないものがあるかも説明できる。
たとえば「オフィスのペーパーレス化」だ。コンピュータの登場でオフィスから紙が一掃されるように思われたが、皮肉にも、コンピュータのせいで実際には紙がさらに増えた。 それは、我々が「獲物の証拠」を必要とする狩人の子孫だからだ。つまり、我々が信頼をおくのは具体的な証であって、電源を切れば消えてしまうような、コンピュータの画面でつかの間踊る電子ではないのである)
同様に、人々がバーチャルリアリティを利用し、通勤せずに会議をするという「無人の街」も全く実現していない。都市への通勤は前よりひどくなっている。なぜか。我々が他人と絆を結びたがる社会的な動物だからだ。
・穴居人の原理を未来の神経科学にあてはめてみる。
少なくとも人間の基本的なフォルムの変更は、外からはほとんど分からないことになる。スーパーコンピューターにつないで情報をアップロードする必要がある場合でも、映画の『マトリックス』のように脊髄に差し込まれたケーブルに縛られたくない。心で最寄りのサーバーを探すだけで膨大な処理能力が利用できるように接続はワイヤレスでなければならない。
不死についてはどうだろう。 これまで見て来た通り、リバースエンジニアリングで再現された脳は、元の人間が持っていた人格特性を全て備えており、コンピュータの中に閉じ込められればいずれ発狂するだろう。この脳を外部センサーに接続して、環境からの刺激を感じられるようにすると、グロテスクな怪物ができてしまう。
この問題を部分的に解決する方法の一つが、リバースエンジニアリングで再現された脳を外骨格につなぐというものだ。外骨格がサロゲートのような役目を果たせば、リバースエンジニアリングでできた脳はグロテスクな姿にならずに、触覚や視覚などの感覚を味わえる。いずれ外骨格はワイヤレスになるだろうから、人間のような振る舞いを見せながら、コンピュータの中で「生きる」リバースエンジニアリングで出来た脳に制御されるようになるだろう。

「穴居人の原理」というネーミングは初めてだが、人間の脳の進化が、テクノロジーの進化に追いつかず、様々な齟齬が生まれているのは衆知のこと。
我々の脳の進化がテクノロジーに追いつくのか、はたまたテクノロジーの進化が周回遅れの人間の脳に合わせるレベルまで進化するのか、個人的には後者の方が早いし現実的だと思っている。



前半これでも大分割愛した内容なのだが、これからが著者のすごいことろ。
不確定性原理と意識との関連性を述べていく。
我々の意識は一体何でどうなっていくのか。
つづく。