2008年12月31日水曜日

GIFT


紅白歌合戦でMr.Childrenの『GIFT』がやっていて歌詞をまざまざとみて感動してしまった。
妻の病気がよくなったら、この歌をプレゼントしよう。





一番きれいな色って何だろう?
一番ひかってるものってなんだろう?
僕は探していた 最高のGIFTを
君が喜んだ姿をイメージしながら

『本当の自分』を見つけたいって言うけど
『生まれた意味』を知りたいって言うけど
僕の両手がそれを渡す時
ふと謎が解けるといいな 受け取ってくれるかな

長い間 君に渡したくて
強く握りしめていたから
もうグジャグジャになって 色は変わり果て
お世辞にもきれいとは言えないけど

「白か黒で答えろ」という
難題を突きつけられ
ぶち当たった壁の前で
僕らはまた迷っている 迷ってるけど
白と黒のその間に
無限の色が広がってる
君に似合う色探して やさしい名前をつけたなら
ほら 一番きれいな色
今 君に贈るよ



地平線の先に辿り着いても
新しい地平線が広がるだけ
「もうやめにしようか?」 自分の胸に聞くと
「まだ歩き続けたい」と返事が聞こえたよ

知らぬ間に増えてった荷物も
まだ何とか背負っていけるから
君の分まで持つよ だからそばにいてよ
それだけで心は軽くなる


果てしない旅路の果てに
『選ばれる者』とは誰?
たとえ僕じゃなくたって
それでもまた走っていく 走っていくよ
降り注ぐ日差しがあって
だからこそ日陰もあって
そのすべてが意味をもって
互いを讃えているのなら
もうどんな場所にいても
光を感じれるよ


今 君に贈るよ 気に入るかなぁ? 受け取ってよ
君とだから探せたよ 僕の方こそありがとう



一番きれいな色って何だろう?
一番光ってるものって何だろう?
僕は抱きしめる 君がくれたGIFTを
いつまでも胸の奥で
ほら光ってるんだよ
ひかり続けんだよ

2008年12月30日火曜日

昨日、買い物ついでに借りている畑の状況を見に行った。
妻が長時間の外出がまだ体力的に厳しいので、手入れなどをする時間はなく、純粋に見に行っただけである。
妻の病気が判明してからというもの、全く行くことができず、2ヶ月間ほったらかしであったので心配であったが、
何と!ちゃんと寒空に吹かれながら生育しているではないか!!
生命の力強さをまざまざと見せつけられた気がした。

とり頃になっているブロッコリーとハクサイを収穫して帰る。
鍋でおいしく頂戴した。
妻の闘病へのエールをもらった気分である。
我々も頑張らねば。


2008年12月29日月曜日

『脳にいいことだけをやりなさい!』 マーシー・シャイモフ


脳科学者の茂木健一郎さんが訳している本。
脳科学の立場からいうと,幸せを感じるには特別な豊かさなど必要なくて、自分の脳がそれをどう評価するか、によって”幸せ度”は決まるらしい。

ポジティブ心理学という心理学によると、人間にはそれぞれの脳の中に設定された”幸せ度”がある。
”幸せ度”は「意識的に変えようとしなければ」いつまでも同じ値に留まるとのこと。
何を経験しようと(よい経験であれ、悪い経験であれ)、人はそれぞれ設定された”幸せ度”に戻ってくる。
宝くじを当たった人もその”幸せ感”は継続せずに1年経つと元に戻ってしまう。事故に遇った人も同じように不幸感は継続せずにまたもとの”幸せ度”に戻る。
その”幸せ度”を左右するのは50%が後天的な要素。
「財産」「夫婦関係」「仕事」といった環境要因は、”幸せ度”にたった10%しか影響を与えず、あとの40%は習慣的な考え方や気持ち、使う言葉や行動によって決まるということが分かって来た。

ということで、その”幸せ度”を意識的にアップするための手法が様々述べられている。

その中の一つに「幸せを奪う3つの習慣」として
①不平を言う。
②他人のせいにする。
③自分を恥じる。
が挙げられていた。
先日読んだ勝間和代女史の『仏教の三毒』(妬む・怒る・愚痴る)と通じるところがあって面白いと思った。

また、「睡眠の質は、家計状態や夫婦関係よりも、日々の幸福感に影響を与える」by 2004年のサイエンス誌
ということで、アーユルヴェーダ(インドの伝統医学)医師による「
真夜中前の1時間の睡眠は、真夜中過ぎの2時間の睡眠より価値がある。気持ちが落ち込んだときには続けて3日間、夜10時(できれば9時)には眠りなさい」
という話もあった。
やはり早寝早起きは三文以上の得をするらしい。
これから(も)心して睡眠をとるようにしよう。

妻に勧めたところ、非常に参考になるといって付箋をはって読んでいた。
闘病に向けて前向きな心をつくるのに、とてもよい本であると思う。

2008年12月28日日曜日

美容室

生まれて初めて美容室なるものに行った。
たまたま駅前の美容室でカット半額というチラシが入ったので、子どもと一緒に行って来た。

よくいく”床屋”と違うところとして気づいた点としては
○荷物やコートをきちんと預かる。
○首に巻くシートに手が出るところがある。(本などを読むためと思われる。よく考えると床屋は何で本読んだりできないんだろう。)
○シャンプーは上向きで行う。(下向きだと女性は化粧が落ちちゃうためという説がある。男だって上向きが気持ちいい気がする。)
といったところか。

業際が分かりにくくなっている美容室と理容室であるが、準拠する法令が違うということらしい。
○理容とは「頭髪の刈込、顔そり等の方法により、容姿を整える こと」(理容師法1条の2)
○美容とは「パーマネントウエーブ、結髪、化粧等の方法により、容姿を美しくすること」(美容師法2条)

平成19年度の店舗数を見ると
理容室が136千店舗、美容室が219千店舗。
郵便局が24千店舗、コンビニエンスストア合計が41千店舗であることを考えると相当多い。

面白いのが一店舗あたりの従業者数。
理容室が1.83、美容室が1.90。
理容室(床屋)は、「旦那が理容師登録した従業者カウントで奥さんがそのヘルプ」というケースが多いので従業者一人店舗というのが容易に想像がつく。
美容室については、いわゆる「カリスマ美容師」のいる多くの従業員がいる美容室をイメージしてしまうが、美容室についても同じように”一人店舗”が相当数あるということだ。
(女性陣は逆に美容室の一人店舗の方が想像つくのであろうか?)

気になるカットの評価は。。。可もなく不可のなくといった感じ。
いつもの床屋とそんなに変わらないかも。

2008年12月27日土曜日

抗がん剤

検査結果を聞いて以来、抗がん剤の情報を色々勉強している。
情報がありすぎて混乱しているが、年明けのDr.との相談までにある程度の知識は仕入れておきたいと思う。

妻は大分元気になって来ているが、気分的には波がある。
検査結果を聞いてから、また大きくぶれる時があるようだ。
結果が出る度に確率の低い悪い方悪い方へと出ているので、マインドとしてそういう方向で考えてしまうようだ。

せめて自分だけでもしっかり明るい展望を持って妻と接しなければと思う。
子供達が、よく分かっていないので明るく過ごしているのがせめてもの救いだ。

2008年12月26日金曜日

平井伯昌コーチ


今日の日経の夕刊に北島康介のコーチとして有名な平井コーチの話が載っていました。

○トップクラスの選手には色々な専門家が必要。今やコーチも総合的なマネジメント力が求められている。
○選手のモチベーションを維持させのは簡単。「結果」を出すこと。重要なのは結果に向けて綿密なプランニングを練ること。
○選手に対しては常に新しいものを提示して刺激を与える。”必勝パターン”を勝手に自分の中でつくってしまうと。発展を止めてしまう恐れがある。
○スランプのときではなく、調子がいい時にこそ「なぜ今好調なのか」をじっくり考えておくことが大切。スランプに陥った際に、底から抜け出すきっかけを思いつくことができ、調子が悪くなっても素早く回復できる。

常に新しいことにチャレンジし続けるというのは脳を活性化させるためにも大切と言われていますが、実際に失敗を恐れず常に新しいやり方をやりつづけるというのは(特に北島選手のような”結果”をだしている選手にとっては)非常に難しいことだと思います。
コーチへの信頼により、その壁を乗り越えているから北島選手は北京でも大活躍だったのでしょう。

調子がいい時に「何故今好調なのか」考えておく、ってのは後からではダメなんでしょうか。
「世界の経済が何故”数年前に”好調だったのか」なんて議論し出すと違う方向に話がいっちゃいそうですね。

2008年12月25日木曜日

検査結果

昨日は妻の再診にがんセンターに行ってきた。
病理検査の結果をきいた。
リンパ節転移があるかどうかが大きな分かれ目であったが、
残念ながらリンパ節転移が存在し、
半年間の抗がん剤治療となるであろうという診断。
考えられる想定の範囲内では最悪の結果であった。
妻は落胆していたが、子供達とのクリスマスに備えて一緒に買い物に行った。

年明けに抗がん剤の利用について、がんセンターの別のDr.との相談を行う予定だ。
クリスマスの明るさが妙に眩しい。


2008年12月23日火曜日

『起きていることはすべて正しい』


今やベストセラー著者となった勝間和代さんの本です。

「起きていることはすべて正しい」という考え方は「セレンディピティ」の考え方につながるということで、
「いま起きていることを否定したり、こうだったらいいなぁと夢想しても仕方がない。
それよりは、起きていることから、何を学び取り、どのように行動すれば今一瞬のこの時間を最大に活用できるか、を考える”技術”を述べた」と著者は言っています。

”技術”といいながらも、「メンタル的なことこそが能力を発揮するカギ」ということで、非常にメンタル的な話が多いです。
しかしながら、いわゆる観念的な説教本になっていないところが勝間さんの真骨頂です。

○「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」
○「仏教の三毒(「妬む・怒る・愚痴る」)追放とアサーティブな(必要以上に人に迎合しない)振る舞いが人間関係の2本柱」
○「日常的にネガティブな言葉を使わないこと」(でもオーバーポジティブも危険)
○「光合成のスピードよりも、たくさんの物は生産できない」
○「決断することは人に嫌われるリスクをとること。これまでと違う状態に自分を変えること」

といったメンタル的な話とともに
○フォトリーディングの長所は、速読ではなく、「虫の知らせをトレーニングすること」
○個人で所有する4つのダイヤ(パーソナル資産)
①自分メディアを通じた経験
②無意識で出来るまで高めた技術
③将来に投資するお金
④バランスシートを連結できる人脈
といった本当に”技術的”な内容まで盛りだくさんですが、多くの考え方に共感することができます。

著者は本当はメンタル的な話こそが大切と思っているのに、観念説教的な内容として受け取られないように”技術”として整理している節があります。
最近の著作には必ず「勝間和代」という人間を売り込んでくるのも深い考えがあってのように思えてなりません。


「人間は追い込まれると無理矢理でも成長する」ということで、「結婚と出産は『大リーグボール養成ギプス』である」と著者は述べてます。
正直明日の妻の検査結果を聞いた後にも、この考え方を貫いていられるのかは自信がありませんが、前向きに生きていくことに関しては全く同感。
頑張ります。

再診前日

いよいよ明日が再診の日。病理検査結果の分かる日だ。
妻も体調はいいものの、やはり結果については心配のようだ。
こちらも泰然としていたいのだが、やはりちょっと心配である。
いずれにせよ、明日は結果を聞いた後、クリスマスプレゼントを買いにいくことにした。

2008年12月22日月曜日

βグルカン?

最近妻の肌の調子がいい。
気のせいかと思っていたら他の人からも指摘されたようだ。
理由として考えられるのは
①悪いモノを取り除いたから
②βグルカンを飲んでいるから
③食事が肉食から健康食に変化しているから
④ここ数ヶ月で何回か腸をきれいにしたから
といったところである。

多分④から①にかけて順にやめることでどれが効いていたのか判断できそうである。

妻はまだまだ安定状態とはいえないが、不安定状態になる頻度は落ちて来ている。
病理検査結果は明後日。
もう気楽に考えるしかない。

2008年12月21日日曜日

漢字練習

100ます計算で有名な陰山英男先生によると、生徒達の学力を急速に上げる最も有効な取り組みは漢字学習だそうです。
子供に「勉強したらできるようになった」と手っ取り早く実感させることが出来るからとのこと。
実感できる理由の一つ目が、漢字は読めるようになるだけで、他の教科や日常生活も含め波及効果が期待できるということ。
漢字に習熟しただけで、ありとあらゆる様々な場面で「今までと違って自分が伸びた」と感じることが出来るようになり自信をつけることができるようになります。
二つ目が、漢字は1字覚えれば確実に一歩前にすすめるということ。
算数と違って、漢字はやった分だけ出来ることが増えます。

教育の現場では、日々真摯に子供達に「学ぶ楽しさ」を教えようとしているのだと思います。
そのとっかかりとして、
①実生活への波及効果が高い
②やった分だけ確実に前進したことが実感できる

要素を兼ね備えた漢字練習が効果的ということなのでしょう。

算数の100ます計算で有名な陰山先生が、「漢字学習が効果的」というところが面白いですが、常に新しいことを検証しつづけているからこそなのでしょう。
陰山先生は漢字練習にはニンテンドーのDSを利用するのがいいとも言っています。

さて、我々の業務でこの法則を当てはめると”漢字練習”にあたるのは何でしょうか。
波及効果が高くて、やった分だけ伸びてる自分を実感できること。
色々な切り口のヒントになりそうな気がします。

2008年12月20日土曜日

キオスク趾


船橋駅の総武線快速ホームのキオスクがある日突然無くなってました。
最初は誤って別のホームに来てしまったのかと思ったくらい違和感がありました。
あまりに見事に消え失せていたので、今更ながらパオのように移動可能な構造になっているのにびっくり。
少なくとも電気はどこからかとっているはずなのに、残された床にはその痕跡見当たらず。
(後ろに自動販売機を背負っていたはずなのでどこからかとっていたはず。他のKIOSKでどうなってるのか今度観察してみます。)

ちなみにキオスクというのは「あずまや」「売店」を意味する外来語(もともとはトルコ語らしい)なのですが、国鉄時代(昭和48年)に「清く」「気安く」といった想いとかけて「キヨスク」と名付けられました。
「本当は”キヨスク”ではなく”キオスク”だ」「表記も”KIOSK”だろ」などといわれながらも、「キヨスク」として販売員のおばちゃん達と一緒に日本のビジネスマン達を支え続けてきたのでした。
というわけでJR各社では「キヨスク」の名称が残っていたのですが、JR東日本においては昨年7月にキヨスクを運営する「東日本キヨスク」が「JR東日本リテールネット」に社名変更したのにともない、晴れて「キオスク」となりました。

名前なんかはどうでもいいのですが、この「キオスク」。
小売り販売店としては異常な程の効率を誇っていました。
今でこそ縮小してしまいましたが、一時期はJR東日本管轄だけでも約1200店舗、年間売上2000億円を上回っていたそうです。店舗あたり年間1億7000万近く。日商でいうと1店舗平均46万円くらい。
コンビニエンスストアでも日商60万はなかなか上げれれていないことを考えるとこれはすごい数値です。
面積あたりの効率でいうと更にすごい。
キオスクは1店舗あたりの面積が13㎡なので月坪売上が約350万円!?
コンビニエンスストアが仮に日商60万で100㎡と仮定すると月坪売上が約60万円なので、その5倍以上の効率を誇るということです。

それも今は昔の話。
残念ながら、
①団塊世代の引退に伴い男性サラリーマンが減り若者や女性が増えて需要が変化した。(次から次へと商品を差し出す客の間に割り込み、忙しく働く販売熟練者とコミュニケーションを取るのは若者や女性には抵抗があるらしい。)
②Suicaなどの電子マネーの普及とPOSレジの導入
③熟練多能工だったおばちゃん達に対して早期退職制度で退職者を募ったら600人の対象者中400人が辞めてしまった。
といった理由でKIOSKは衰退の一途のようです。

コンビニ型の店舗もいいんですけど、レジで待つのにやはりちょっと抵抗があり、ついついKIOSKで買ってしまうのは私だけでしょうか。

2008年12月18日木曜日

母帰還

妻の入院のため我が家に泊まり込んでいてくれた母が本日帰還した。
妻が退院してからも1週間近く居てもらったことになる。
家族全員で食事をしていても母がいるだけでいつもとちょっと違った感じだったりして、子供達も新鮮だったようだ。

妻は順調に回復してきている。
24日の病理検査結果がよければ、後はゆっくりと養生していけばよいことになる。
祈る思いである。

今年は忘年会を全てお断りして夜は家に帰宅している。
案外とそれでも大きな支障はないものだ。
緊急事態に陥ることで初めて気づくこともある。
「ピンチはチャンス」を地でいきたいものだ。

『全体最適の問題解決入門』


エリヤフ・ゴールドラット博士のTOC理論(Theory Of Constraints)のまとめを岸良裕司さんが書いた本である。
TOC理論は昔から好きでエリヤフ・ゴールドラット博士の本も何冊も読んだが、岸良さんのこの本はまた違った趣があって良い。
内容はTOC理論のまとめ的なものだが、岸良さんが付け加えるコメントが非常に温かいもので呼んでいて力づけられる。

そもそもTOC理論とは
5つの集中ステップ(Five Focusing Steps)
ステップ1:制約をみつける
ステップ2:制約を徹底活用する
ステップ3:制約にその他のすべてを従属させる
ステップ4:制約の能力を高める
ステップ5:惰性に気をつけながらステップ1に戻る
を中心とした様々な問題解決のフレームワーク理論である。
(今のところ私はそのように認識している)

この中でステップ3の「従属させる」が最も重要な戦略的ステップである。
このステップこそ、マネジメントが本当に全体最適のマネジメントを実践できるかの分水嶺となるらしい。
制約の能力を高めた際に、他のところに制約が移ってしまうことがあり得る。
次に新しい制約に取り組むよりも、事前に制約が移りそうな他の部分も能力を高めることで、制約を意図的に同じ場所においておく。
そして、いままでの惰性をうまく利用して、改善のスピードをあげるのが現実的でよいやり方である。”Progressive Equilibrium"(漸進的平衡)というらしい。

TOC理論には「対立する雲」という概念がある。この対立を解消するシンプルでパワフルな4つの対立解消術が岸良さんによって紹介されている。
「相・自・時・妙」という4つのやり方で、以下の質問をするだけである。
①相手の要望尊重法
②自分の要望尊重法
思い込み(Wrong Assumption)を導きだすための質問 「○○すると何故△△することができないと思っているのですか?」
解決策(Injection)を導きだすための質問 「○○することで△△する方法は本当にないのでしょうか?」
③時と場合によって法
思い込みを導きだすための質問 「○○と△△はどういう時に対立しますか?」
解決策を導きだすための質問 「ある条件では○○、ある条件では△△というルールで両立させることはできませんか?」
④妙案ひらめき法
思い込みを導きだすための質問 「○○と△△が両立できないと思っているのは何故ですか?」
解決策を導きだすための質問 「○○と△△が両立できる方法は本当にないのでしょうか?」

聞いてみると簡単ではあるが、これを実生活で適時活用できたら問題解決のスペシャリストになれるような気がする。

また、「戦略」と「戦術」の定義というのがあって、
「戦略」とは、「何のために?」それを行うのかという質問に答えるものである。
「戦術」とは、「どうやって?」という質問に答えるものである。
「戦術」と「戦略」は表裏一体で組織のあらゆる階層で必要なものである。
と定義されている。
よく会社でもビジョン、ミッション、ストラテジーといった言葉がごっちゃになっていてよくわからないことが多いが、上記の定義はすっきりとしてわかりやすい。

本当の”全体最適(Holistic)”というのは、哲学でいうところの「全体論」に近いもので、
「全体は部分の総和としては認識できず、全体それ自身としての原理的考察が必要であるとする考え方」
というのも成る程という感じであるし、
人を講評するときには
「いいところを2つ。欲を言えばのところを1つ見つけること。」
といったTOCとは関係のない著者の考えも書かれていて、TOC理論を紹介した内容以上の本となっている。

2008年12月16日火曜日

カマス理論〜”経験”は諸刃の剣



「学習性無力感」の話でカマスの話が有名なのですが、この話に付随してさらに思うことがあるので、ちょっと書いてみます。

カマスは肉食なので小魚を食べます。
小魚を同じ水槽に入れると、近づいて行ってバクっ。一瞬の早業です。
そんなカマスに対して実験のため、カマスと小魚の間に透明なガラスの仕切りをいれます。
そうするとカマスは何度か小魚にアタックしますが、当然透明ガラスに遮られて小魚を食べることができません。そのうちあきらめて小魚を追わなくなります。(これが「学習性無力感」です。はじめ聞いたときは「無力感は学習により付加される」と知ってびっくり!)
この状態からそ〜っとガラスの仕切りを取り去ります。
もうカマスを拒むガラスの仕切りはありません。
なのに無力感を学習してしまったカマスはもう小魚を追おうとしなくなります。
どうやら目の前に小魚が泳ぐような状態でも、食べようとしなくなるようです。

こういった無力感を学習してしまったカマスに、再度小魚を追わせるようにする方法があります。
やり方は簡単。新しいカマスを水槽に放つのです。
新しいカマスはガラスの仕切りなんて知りませんので、小魚を追ってバクっ!!
それを見ていた古参カマスも「なんだよ、食えんのかよ」とばかり小魚を食べるようになるそうです。

この話は「無力感は学習される」ということと、その”学習性無力感”を解消するには誰かがやってみせることが重要、という逸話として度々引き合いに出されます。

何故カマスなのか。ブラックバスじゃダメなのか。はたまた雷魚では?ということについてはよくわかりません。

ここからが個人的に付随して思うところです。
仮にカマスが話すことができたとします。
古参カマスが無力感を学習した後、「新人」という新しいカマスが水槽に入れられます。
当然新人カマスは何も考えずにストレートに”コト”を運ぼうとします。
小魚に突撃しようとする新人カマスに対して古参カマスが「おいおい、待て待て。そりゃもう試したよ。無駄無駄お金と時間の無駄〜」と言ってやめさせます。
新人カマスは「ふ〜ん、先輩が言うんならそうなのかな〜??」と思って突撃をやめます。(本当のカマスはこんな会話をすることはないでしょうが)
そうすると、この水槽の中では空想上のガラスの仕切りのために誰も小魚を食べられないということになります。

『経験』というのは効率的に業務を遂行する上で非常に強力な”武器”ですが、ややもすると新人カマスの(さらにいうと”組織”という水槽の)可能性を奪っているかもしれない諸刃の剣ではないかと思ってます。

最近はどうやら自分も古参カマス側になってきたようなので気をつけて業務遂行にいそしみたいと思います。


最近の化粧品CMを見て思う仮面ライダー考



昨今の化粧品のCMは女優さんが複数出てくるものが多い。
ちょっと昔の化粧品のCMに出てくる女優さんは一人だけだった。
複数出てくるのの極めつけは資生堂の椿が発売された時のCMだろうか。
普通ならピンで出演するようなクラスの女優を惜しげもなく何人も使っていた。

さて、仮面ライダー。
我々が子どもの頃の仮面ライダー(昭和仮面ライダーシリーズ)、ヒーローは一人だった。
仮面ライダー1号と2号が夢の競演をしたり、仮面ライダーV3に仮面ライダー1号&2号が出て来ても、それは特別な時だけだった。通常の時は仮面ライダーはあくまで一人であった。
その頃は「燃えよ1億火の玉だ」とばかりに所得倍増に励んでいた頃で、理想形(ヒーロー)は1つ(1人)でよかった。

それが平成に入ってから、複数の仮面ライダーが同時に出てくるようになった。
各々特徴・性格をもった複数の仮面ライダーが味方だった敵だったりで出てくるのだ。
(これは平成仮面ライダーシリーズの中でも「仮面ライダーアギト」からである。ちなみにこの一つ前の「仮面ライダークウガ」を演じていたのはオダギリジョーである。今をときめく俳優の彼は仮面ライダーでメジャーデビューを果たしたのだ。)
これは平成の世になって、価値観が多様化したことによるものと思われる。
ヒーローは必ずしも一人とは限らないという考え方だ。

なんて思っていたら、ちょっと前に、体は一つなんだけど霊体のようなものが入り込むことにより複数の性格・特徴を持つようなライダーが登場した。
「仮面ライダー電王」だ。”イマジン”と呼ばれる霊体のようなものが入れ替わることにより本体の性格・特徴がガラリと変わるというライダーで、しかも”本体”は「プラットフォーム」と呼ばれていたりして仰け反りそうになった。
コンピューターのハード(OS)とソフト(アプリケーション)の考え方じゃないか。
相手する敵の特性によって、どの”イマジン”が入って闘うか(自分がどんな特性を持つか)を決めることができる。
(まぁ、それがうまくいかなかったりするところに物語の面白みがでてくるわけだが)


翻って自分の住んでいるマンションについて考えてみると、
”田の字プラン”と呼ばれる一つの究極(と思われる)パターン(一人の最強ヒーロー)を提供する時代は終了し、
メニュープランやオプションで、複数のパターン(複数の特徴・性格のヒーロー)を提供する時代が既に到来している。
でも、この複数ヒーローパターンも既にやり尽くされて来た感が出始めている。
仮面ライダーシリーズが時代の変遷を表していると仮定して、その変遷に倣うとすると次世代のマンションは顧客の要望によりその時々で住まい方を変えることのできるマンションという感じだろうか。
顧客の要望をいちいちプロがカスタマイズするのが「リフォーム」だとすると、顧客が自由に自分の望む形にしてしまうことができるような”インターフェイス”を備えたマンションというのが新しい次世代の形なのかもしれない。

残念ながら子どもが仮面ライダー世代を卒業してしまって、最新の「仮面ライダーキバ」ってのがどんなライダーなのか知らないのだが、どんな進化を遂げていくのやら楽しみだ。
我々も時代に合わせて変化していかないと。

2008年12月12日金曜日

退院

今日妻が無事に退院した。
冬のこの時期にしては暖かい天気の良い日であった。
お世話になった方々に挨拶をする。主治医のDr.はもちろん、お世話になった明日退院予定のとなりのおばあちゃん、ロビーで話相手になって励ましてくれた妻よりも全然病状の重いご主人。。
ロビーでは、予約無しで来た時に世話をしてくれたボランティアの人がいて、1ヶ月前にはじめてがんセンターに来たときのことを思い出させた。
外に出ると「外はこんなに明るく輝いているんだね」と妻が感想をもらしていた。
帰りの車では、おあつらえ向きにラジオからルイ・アームストロングの「What a wonderful world」が流れてきていた。

病理検査の結果はこれからだが、とりあえず一区切りといったところだ。
検査の結果がどうであれ、やることを着々とやるだけである。

妻の要望により、ヤマダ電機に寄って、ゲーム機のWiiとWii フィットネスその他諸々ソフトを購入。
あれほどのゲーム嫌いだった親がゲームを意味もなく買ってきたことで不審がるかとも思ったが、子供達は単に大喜びであった。



2008年12月11日木曜日

退院前夜

昨日見舞いに行ったときに、腸の吻合漏れを確認する管がとれて晴れ晴れした顔をしていたが、今日はがんセンター患者のアイデンティティである点滴セットも無くなっていた。
すっかり普通の感じに戻っており、入院直後のようなスタスタ歩きもできそうであった。
お通じも出たらしい。
しばらくは食事に気をつけながら生活をする必要があるが、ひとまず無事退院できそうである。

通常の病気であればめでたしめでたしであるが、そうならないのが癌という病気である。
病理検査の結果は12月24日である。
サンタクロースはくるのであろうか。

2008年12月10日水曜日

『サッカーで子どもをぐんぐん伸ばす11の魔法』



池上正さんという、Jリーグの少年サッカーを指導している方の書いた本です。
少年サッカーということが題材になっていますが、あらゆる場面で人を伸ばしていくエッセンスが満載の本です。

「馬を水場に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」とよくいわれます。
モチベーションを持たせるために、得てしてリーダーは苦労するものです。
いわんや小学生をや、といった感じで、この飽食の時代の子ども達にハングリー精神を持たせるために、親ができる3つのサポートが書かれています。

ハングリーさをもたせるために親ができる3つのサポート
①親子の会話をすること。具体的に目標を描けるように働きかけること。
具体的な目標を描くことで、具体的に何をすることが必要か見えてくる。
②夢をもてる機会を何度でも与えること。
スポーツでも、習い事でも、いろいろな「やり直し」の機会を子どもに何度でも与えるべき。
③子どもに「余裕」を持たせること。
中途半端にスポーツをやってきた親の子どもはかえって可哀想。
余裕をもって楽しくやることで途中で燃え尽きずに済む。

「本当に頑張れる子というのは、失敗をすることが恐くない子なのです。
親が結果を気にすると子どもは失敗を恐れていろんなことにトライしなくなります。」ということが書いてあります。
これって、言い方は違いますがgrowth-mindsetとfixed-mindsetの考え方そのものですね。
究めていくと、テーマは何であれ同じようなところにいきつく感じがしました。

また、異年齢集団でサッカーをすると全員丸ごとうまくなるそうです。
「縦の関係」になると、子どもは他者を信頼し、思いやることの大切さを身をもって学びます。
縦割りの異年齢の関係を築くことで、賢くて、やさしくて、強い子どもが育つのとのことです。

ららぽーと柏の葉でクライミングウォールを教えてくれていたりする千葉大の徳山郁夫先生の話が2回も出てきます。
「練習というのは、できないことをやるのが練習だ。練習でできることばかりやっているのであれば、それは練習ではない。」by徳山郁夫

少年サッカーがテーマなので、上から目線(教える側)で考えられたりもするのですが、翻ってよく考えてみると、ほとんど自分たちにも(教わる側として)当てはまったりします。
上の徳山先生のお話も”練習”を”OJT"と置き換えるとそのまま我々にも当てはまるのではないでしょうか。
少年サッカーを通じて得られた、常にモチベーションを高く持ってチャレンジし続けるノウハウが満載の良書です。

2008年12月9日火曜日

退院予定日決定

妻の退院予定日が決まった。12月12日の金曜日である。
まだ便がしっかり出ないらしいが、「便がでなくても退院は大丈夫」とDr.から言われたそうだ。
ちょっと不安そうな態度を見せたところ「大船にのったつもりでいて大丈夫」と太鼓判(?)をおされたらしい。
多少不安があっても、どんどん退院させて回転を上げるのが病院の方針だ。
確かに、一人の患者を入院させることは他の患者が入院できないことと同義である。
10時に出た後、11時には別の患者さんが入ってくるらしい。ホテルの以上の回転率だ。
病理検査結果も含め12月24日に再診予定となった。

2008年12月8日月曜日

検診

妻は順調に回復している。
おならもでたらしいし、ヨーグルトを食べられるようになったらしい。尿の管もとれた。
しかし、本日Dr.との検診で「癌は1cm程度で小さかった(当初2cm程度という見立てだった)が、ちょっと深度はおもったより深かった。」という話を聞いて、落ち込んだらしく電話してきた。
病理の結果が出た訳ではないし、もうここまで来たら確率なんてみな一緒で、再発するときはするし、しない時はしない、とは割りきれないものらしい。
それでも話をすると落ち着いてきたようだった。
患者さん同士で色々話しをするらしく、癌の再発で手術をしたが、麻酔が覚めてDr.からの最初の一言が「残念ながら。。」という患者さんの話を聞いたらしい。
今日は入り口で若いカップルを見かけた。女の子はジャンパーの下にパジャマを着ていたので彼女もなんらかの癌なのであろう。
この前は、屈強な30歳と思わしき男性がまだ小さな子供と奥さんの見舞いを受けていた。何も分からずに無邪気に跳ね回っている子供が何とも不憫であった。
「癌」という病気は、見た目とは全く深刻度が違うという病気である。

2008年12月7日日曜日

お見舞い

今日は、郷里から義父母がお見舞いに来てくれた。
遠路はるばるであったが、「ちっとも手伝うことができずに申し訳ない」としきりに言っていた。
今日は子供も一緒に見舞いに行ったので病室に入りきらずに、ロビーまで妻を引っ張りだしてしまう結果となった。
妻は日に日に元気になっている感じである。
今日は別にも友人が一人見舞いにきたとのことで、こちらは楽しく長々話しをしたらしい。

「国立がんセンター」という病院の名前に子供がどの程度反応するか心配だったが、単に大きな病院ということで判断してくれたようだ。
病院を離れて義父母と子供達で久しぶりの会食を楽しんだ。こんなことでもないと中々会うこともなくなっているのが寂しい。

2008年12月6日土曜日

手術後2日目

昨日は無事手術終了の安堵感からか、家に帰ったらすぐにダウンしてしまった。
今日は昼過ぎに病院へ。平日と違い外来ロビーは閉鎖されており、裏口から入る。
鼻への管やら仰々しいマスクやらがとれて、妻は大分普通の出で立ちになってきていた。
午前中に歩行したとのことで、一緒にフロアロビーまで歩き話をする。
お腹は張るものの痛みはそれほどでもないらしい。
顔色もよく、手術前の元気を取り戻しているように見えた。

何度も思うが、この病院の入院患者の病名は全員どこかしらの癌である。
フロアを歩いている入院患者にはステージがあって、
1.入院したて。寝間着ではあるものの、通常の健常者と変わらずスタスタ歩く。
2.手術前。手術前なので、健常者と変わらないのだが、点滴グッズを引きながら歩くようになり、当然スタスタとはいかなくなる。
3.手術直後。直後の患者は部屋の外には出てこず。
4.手術数日後。まだ傷もいえないはずだが、治りが早くなるということでドンドンあるかされる。点滴グッズといっしょなのはステージ2と変わらないが、点滴グッズにもたれるようにゆっくり歩いている。

と言った感じで、見ると患者さんが手術前なのか手術後なのかがわかってしまう。

妻に関しては手術が無事終了したので、後は入院中のリスクとしては吻合がうまくいっていない場合である。
手術時間が短かったことを考えて、うまくいったのだと思いたい。

大分元気になってきたので、明日は子供もつれて見舞いにいく予定だ。

2008年12月5日金曜日

手術当日

朝一番の手術。妻によると前の手術により時間が前後することがないということで、いいらしい。
今日は5組も大腸がんの手術があり、さすがにこれはがんセンターでも多い数で看護婦さんは大変とのこと。
同じフロアから同時に3組手術室に入る。朝一番なので同時に連なって手術室へ。
手術室の手前でPHSを受け取る。手術が終わったら連絡がくるので、家族は病院内であればどこで待っていても構わないという配慮だ。
何かをしていないと落ち着かないので、喫茶室へ行って本を読んでみる。
集中して読んでいるうちはいいのだが、ふとした瞬間に我に返り妻が手術中であることを認識する。

結局手術は1時間30分で終了。手術は3時間弱で済むと思うといわれていたので、PHSが最初になった時には自分ではないと思い、やり過ごしてしまう。2度目で気づいてすぐにDr.の説明を受けに。
余りに早かったので、開腹して何か突発事由により手術を中止したのかという嫌な予測が頭をよぎる。

説明を受けにいくと、手術着のままのDr.から淡々と「手術は予定通り終了しました」と告げられた。
あまりに淡々としていたので、最初手術がうまくいったのかどうか分からなかったくらいだ。
もっと抑揚をつけて「おめでとうございます!手術は成功しました!!」位やってくれると、喜ぶべきポイントがわかっていいのだが。
「切り取った部位をみますか?」と聞かれて、ちょっと怯んだがせっかくの機会なので見せてもらう。

小躍りしたい衝動に駆られて部屋をでると、そこにはまだ他の手術中の2組の家族が神妙な面持ちで待っていた。
ちょっと前までは同じ気持ちだったので、こちらも再び神妙な気持ちになる。

リカバリールームから病室には2時間後に戻る、といわれていたが実際に戻って来たのは3時間程度経過してからだった。
妻は既に意識が戻っていて、笑いかけると力なく笑い返して来た。
関係者に結果報告を入れる。
病気の性格上これで完治ということではないが、まずは第一段階はうまくいったという安堵感が広がる。
本当に良かった。

2008年12月4日木曜日

西友


西友が、約390店舗の全店で地域最安値を約束し、酒類、総菜、店内調理の焼きたてパン、プライベートブランド商品など、一部商品を除き、他社チラシ持参でレジで値引きを行うらしい。
「レジが大混乱に陥るのでは?」「生鮮品の扱いが難しいのでは?」といった疑念が同業他社からはでているとのこと。
家電量販店においてはよくあるやり方だが、あれはメーカー型番が一緒であれば全く同一の製品である家電ならではのこと。
野菜ひとつとっても、「中国産」「国産」の違いだけでなくブランドものは高いという、昨今当たり前になってきたブランドものの値付けについて、一体どう対応するのであろうか。
「これは○○産ですのでお持ちになったチラシのモノとは異なりますので適用外です」なんてことが全国の西友のレジで行われるとしたら間違いなくレジは大混乱である。

逆に糞味噌一緒(汚いことばで申し訳ない)の値付けがまかり通るとすると、西友においてはブランドものも安物も同一の価格で販売されることとなり、当然ブランドものの生産者は西友には卸さなくなるのは目に見えており、西友で販売されるのは低品質のものだけとなる。。

この時期、苦しくなって安売りをするのはわからなくはない。しかし、他にも色々やり方がある中で、このやり方は余りに愚策である。
食のブランド価値(食に限らないが)をないがしろにしているとしか思えない。
ウォルマートからトップダウンで降りて来た案なのだろうか。

今後の成り行きを見守りたい。

手術前日

手術前日。
妻は肚が決まって来たのか、ここ数日で一番落ち着いている感じだった。

こちらも落ち着いて来たのか、周りの状況がだんだんと客観的に見えてくるようになってくる。
麻酔後の患者さんは意識が朦朧としてたりするケースが多いのか、Dr.にしろ看護士さんにしろ患者に話しかける声が大きい。まるで周りの人に聞かせているのはないかと思われるくらいの大きな声で結構深刻なことを話してたりする。
周りの患者さんはおばあちゃんが多く、時々「いたたたたっ」とすごい声で叫ぶのが聞こえる。夜中も同じ感じらしいので、この中で熟睡するのは健常者でも至難の技かもしれない。
また、年の功なのか、Dr.とのやりとりも、深刻なのにどこかユーモラスで、今流行のお笑いのネタになりそうなシーンがいくつもある。(ちょっとヘビーすぎてネタとしては不向きかもしれないが)

いよいよ明日手術。
時間は3時間程度と聞いている。
あとは、うまくいくことを祈るのみだ。

2008年12月3日水曜日

点滴セット


妻入院二日目。
今日から絶食なので水分のみだそうだ。やはり検査よりも早い日程で食事制限が加わる。
というわけで点滴が既にセットされて、移動は点滴セットとともにしていた。
妻曰く「この病院だと点滴もつけずに、うろうろしてると却って変な感じ」とのこと。
点滴つけるようになってようやく病院の雰囲気になじめるようになるらしい。
精神腫瘍科も受診してみたらしく、「若い先生が3人、色々話を聞いてくれた」とのこと。

相部屋とはいいながら、ほとんどの患者がカーテンをひいていてクローズな感じである。
対面のおばあさんは本日手術とのことで不在。胃の手術で手術は成功だったらしい。成功と聞いて他人事ではなく本当に嬉しくなる。
この病院では患者は全員癌なのだとあらためて思う。

夜になるとやはり寂しいらしく、面会者がくると嬉しいと喜んでいた。
手術はあさってだ。

2008年12月2日火曜日

妻の入院

いよいよ妻が入院。
入院が早まったせいか、個部屋希望だったのが4人相部屋になってしまっていた。
午前中は付き添って注腸の検査に付き添った後、担当Dr.から現在の状況認識と今後の手術予定についての説明を受けた。
「基本的には大丈夫」というスタンスを貫いてくれながらも、「100%ではない。○%の確率で○○になる可能性がある」といったおっかない話を綿々と聞かされる。
5日の朝一で手術となった。


さすががんセンター、売店に「がんサポート」なる雑誌がたくさん。
よく考えてみると、入院している人はみんななんかしらのがんなんだよね。

2008年12月1日月曜日

柳宗理デザインのヤカン


妻の入院を2日後に控えて、入院中に必要なものを諸々買い物にでかけた。
とりあえず2日の週は山形から母が来てくれることとなった。
ということで家のものでも「おばあちゃん仕様」になってないものは買い替えることとなった。
その一つがヤカン。
今までのものはコーヒーを煎れるにはもってこいだったのだが、操作性が今ひとつだったのでこの際思い切って買い変えることにした。
そして購入したのがこの柳宗理のヤカン。
今まで柳宗理デザインのミルクパンが我が家にはあって重宝していた。柳宗理のプロダクトはデザイン性だけでなく機能的にも優れている。
このヤカンも安定的なデザイン性だけでなく、片手で楽にお湯の出る量を調整できるような機能性を兼ね備えている。

いよいよ入院、そして手術だ。
まずは手術がうまくいきますように。

2008年11月30日日曜日

三渓園(横浜トリエンナーレ)


先日、三渓園行ってきました。
三渓園とは、生糸貿易で財を成した横浜の実業家 原 三渓さんの元邸宅で175,000㎡もの広さがあります。
横浜トリエンナーレの開場の一つともなっていて、アートを見てきました。
中谷芙二子、ティノ・セガールらのアートが展示されていたのですが、正直現代アートの難しさを感じました。
ホルへ・マキとエドガルド・ルドニツキーの作品は1日7回転×10組のみで、事前に予約していないと見れないようになっていて見ることが出来ませんでした。
隣のおば様軍団は「いつ申し込めば大丈夫だったのっ!?」と食い下がってましたが、ボランティアと思わしきスタッフに冷たく断られてました。
「横浜トリエンナーレ11月頭に昨年の来場者数20万人を突破!」なんてやっていることを考えると何%の人がこの作品を鑑賞することができるの?って感じはしました。
そもそも現代アートってそんなに敷居の高いものだったのかしら。

また、ティノ・セガールの作品は、合掌造りの日本家屋の畳の間で男女がキスしたり絡み合ったりする緩やかな動きを繰り返すものなのですが、隣のカップルが「何か気持ち悪~い」と一刀両断。
内藤礼の作品も、横笛庵という庵の暗い中に線香の煙が立ち上っていくのを外から眺めるインスタレーションなのですが、やはり前の二人組みが「香取線香??」と首をひねっていました。
中谷芙二子の作品のみが、サイトスペシフィックな感じがでているという所感でした。(でも新規性という意味ではちょっと物足りない感じです)

本当は、並んだ挙句、時間も無い中で鑑賞する作品ではないのかも知れません。
しかし、現代アートは見る側の状況を選択して魅せるものではないと個人的には思います。
どんな状況であれ、見て何かを感じるのが優れたアートだとすると、三渓園にあったアートはいささか期待はずれでした。

本当は横浜トリエンナーレを中心に観にいったのですが、行きの渋滞のせいで三渓園にて終了となってしまい、その他のメイン会場についてはいけずじまいでした。
こんなんで横浜トリエンナーレを語るなという感じでもありますが。。

帰りは中華街で食事をして、菜香のマーラーカオ(商品名はマーライコー)をお土産に買って帰りました。

松田昌士さん


日本経済新聞の「私の履歴書」、今月はJR東日本相談役の松田昌士さんでした。
「私の履歴書」は面白い人と、そうでない人がいて、松田さんのは面白い方の部類に入ると思います。
その中のエピソードで「道路関係四公団民営化推進委員会」の委員になった時に議論でもめて、委員の人間から「鉄道屋」呼ばわりされたり、新日鉄の今井敬会長を「鉄屋」呼ばわりする人がでたりというものがありました。
そんな偉い人達でも、子供みたいな言い争いをするものなのだ、ということにビックリしたと同時に、自分が呼ばれるとすると何屋といわれるのかな、などと考えてしまいました。
松田さんの書き方を見ると、JRの中では「鉄道屋」はダメでも「鉄道員(ぽっぽや)」というのは「鉄道員(ぽっぽや)魂」といった使い方で、ある意味開き直ったいい意味合いでとらえられているようです。

また、国鉄民営化時代に国鉄労働組合と真っ向から対峙し、自宅のプロパンガス周辺にマッチ棒をばらまかれたり、自宅近隣に街宣車をよこされたりで、奥様が心労から原因不明の病気になってしまったエピソードもあり、妻が病気となった自分の現状況と照らし合わせて共感を感じました。
国鉄民営化は、奥様の葬儀の時に「(妻を)追い込んだ連中を私は一生、許さないっ」と叫んでしまうような根の深い怨恨をつくらねば達成できなかった偉業だったということでしょうか。
時代が違うとはいえ、自らの”使命”を感じなければ、なかなか真似のできることではないと思いました。

2008年11月27日木曜日

バタバタと

12月18日頃かと言われていた妻の入院が、今日電話があって12月2日から入院となった。
早くなったのはありがたいが、18日頃想定で仕事の調整をしていた身としては中々大変なこととなった。
ただ、クリスマス・年末は自宅ですごすことができそうなので前向きにとらえたいと思う。

妻も一昨日再度大腸ファイバー検査を受けて、同じ診察結果を受けなのに再び(初めて聞いときのように)ショックを受けていたりするので、早めに手術してもらえるのはありがたい。

それにしても最初に言われていたスケジュールとあまりにも違う気がするが、こんなものであろうか。

2008年11月26日水曜日

お風呂で落書き


スペースオブファイブ四十万靖さんの「頭のよい子が育つ家」によると、ホワイトボードは家族のコミュニケーションツールとして非常に重要らしい。
子供の教材のおまけでお風呂で使えるミニ黒板と水で落ちるチョークがついてきたのをいいことにお風呂で落書きをしてみた。
”お風呂”というスペースもダイニングに続いて家族がコミュニケーションをとる上で結構重要な場所である。
我が家の風呂の壁は白っぽいので、鏡に描いてみたのだがとても楽しく面白い。
お風呂の壁一面だけを黒板風にしてしまうことや、白でない色付きのお風呂用チョークを開発してみるのもありだと感じた。

2008年11月24日月曜日

セグウェイ



11月20日の柏の葉UDCK2周年のモビリティフォーラムでセグウェイの試乗会がありました。
打ち合わせ場所が柏の葉であることを活かして会議の合間に(あくまで合間です)セグウェイに乗ってみました。
日本ではまだ公道を走ることが出来ないので、私有地内で走行しなければならないのですが、この日は道路使用許可をとって歩道を走りました。
日本SGIの秋元さんによる5分位の簡単な講習(「は〜い、ちゃんと言うことを聞かずにいきなり乗ったブッシュ大統領は鼻を擦りむきました。鼻をすりむきたくなかったらちゃんと聞いてくださいね〜!」というような楽しい講習)を受けた後、千葉大までの道をゆらゆらと行進しました。
途中横断歩道はスイッチ切って手で引っ張ったのですが、重量50kg前後あるので結構重かったです。
乗った感想を一言でいうと、月並みですが「面白い!!」です。
北海道ではセグウェイの山道ツアーがあって、全国津々浦々から参加者がやってくるということでした。(それまで年間20人くらいしか利用者のいなかったツアーが、セグウェイ導入により1000人規模に増えたそうです)
ちゃんと講習を受ければ事故はないそうです(アメリカのディズニーではセグウェイのパークツアーがあるそうですが、未だに事故はないそうです。ただ、事前の講習は1時間くらいあるようですが。。)
乗り物というだけでなく、コミュニケーションツールとしても利用できそうで、日本でも公道で走れるようになるとすごい勢いで普及する予感がしました。

デパス

妻は粛々と術前の検査を受けにいっている。
辻仲病院に胃カメラの検査にいったり、がんセンターにCT検査にいったりである。
来週以降、大腸ファイバーなどの検査が控えている。
時々精神的に低調になるらしいが、私が先日の偏頭痛騒ぎでもらってきた安定剤のデパスが効くらしく、低調な時には飲むことで楽になるらしい。
運動したいといっており、先日はランニングできる場所探しに一緒に行って来た。
手賀沼の浄水場からのコースが良いようである。

2008年11月22日土曜日

ホワイトマック


本八幡のマックが白にモデルチェンジしてました。
マックとえば「赤」というイメージから、あえて脱却ということでしょうか。
でも、この「可変性」が今のマックの強みの気がします。
あえてこのヘルシー重視時代ビッグマックを更に重量級にして商品化してみたり(ヒットしましたよね)、従業員の95%がアルバイトであることを活かしたYESプログラム(Youth Employabilty Support-Program:厚生労働省による若年者就職基礎能力支援事業)を導入していたりで、大規模低価格路線で突き進んだ藤田田さんが率いていた頃とはまた違った強みを発揮し始めています。

自分たちが今まで築いてきたものの”本質”は何かを見極め、”本質”以外は変えてしまう勇気をもつこと。生き残り続ける企業には必須ということでしょうか。

2008年11月18日火曜日

ワークショップに参加して

先日柏の葉で、同志社女子大学の上田先生のワークショップ(その名も『ブレインショップ』)に参加してきました。
建築家の竹山聖先生、ランドスケープアーキテクトの三谷徹先生も参加されていたりで錚々たる知識人が集まったワークショップで、実は自分は主催者の会社側メンバーとして参加しておりました。
これからの時代はこういった知識人の方々と対話できる力量がないと議論についていけず、恥ずかしくて主催者などとうそぶいていられない、ということをワークショップに参加して思いました。

海外からジャン・リュック・ヴィルムートというフランスのアーティストも参加していて、竹山先生がいきなり自分の建築を英語で彼に説明し始めたのが格好のいいこと!

今ニンテンンドーのDSiで「英語漬け」をやって英語を勉強しています。
グーグルジャパンSEOの村上憲郎さんが「英語で自分に関する話題を100話せる用意をせよ」とおっしゃってました。
いつか自分のプロジェクトを英語で説明できるようになろうと心に誓ったのでした。


2008年11月16日日曜日

福来みかん

昨日のワークショップにてフードデザイナーの方が用意した食材の一つ、「福来(ふくれ)みかん」です。つくば特産ということで、TX沿線の柏の葉で行われたワークショップにはピッタリの食材でした。
名前も「福が来るミカン」ということでとても縁起のいい名前です。
大きさはミニサイズで直径で3〜4cm程度しかありません。
味はちょっと酸っぱ目です。
一説によると皮まで食べられるそうですが、まずはノーマルで皮剥いていただきました。

告知より2週間経過

がんセンターの「精神腫瘍科」によると通常もちなおすと言われている2週間が過ぎた。
妻には通常の生活ができないほどの落ち込みはなかったものの、やはり未だに精神的な波がある。
幸いにも体調としては最近なかった程に良いらしく、精神的な低位時以外はテキパキと家事をこなしている。
しかし、一旦低位に入るともう大変である。
「告知を受けてからがんセンターで診察されるまでは自分を大切に扱っていたが、がんセンターで余命を宣告される程ではないとわかると元に戻って冷たくなった云々」といったことを、過去の諸々の所業に遡って延々と聞かされることとなる。
通常時であれば、これでめでたく犬も食わない夫婦喧嘩となるわけであるが、こういった状況であるとこちらは一方的にサンドバッグ状態である。
自分の所業について相談されているカウンセラーのようなものである。

妻の体調が良いのに反比例して、ここのところ風邪で体調悪化のなかでの対応なので中々こちらの精神衛生上もよろしくない。
長期戦なのに早くも疲弊し始めて来た。なにか対応を考えねば。


2008年11月12日水曜日

がんセンター再診

今日は妻ががんセンターに再診の日であったが、基本的には検査予約だけなので妻一人で行ってもらい、自分は会社へ。
午後にまたもやヘルプコール。
検査が多くて大変なことが判明したらしい。
夜入っていた業務色の強い会合もキャンセルさせてもらい帰途に。
買い物も済ませつつあわてて家に帰ると妻は結構元気だったりする。

今までヘルプコールがあっても中々家に帰らなかったことに対する贖罪なのであろうか。
妻の顔をした癌と戦っているのだと自分に言い聞かせる。

長期戦に備えなければ。

2008年11月11日火曜日

病理検査結果

今日は、先日の頭痛の1件で妻から頭のCTスキャンを撮影してもらうように懇願されて、午前中会社を休んで近くの病院で受診した。
こんな状況で更に夫が倒れたら、子供達はどうなってしまうのか心配だということである。
仕方がないとは思うが全てを悪い方へ悪い方へと考えてしまっている。
脳神経外科にかかり、症状を述べたところ「それは偏頭痛ではないし、CTスキャンの必要性はない。薬を出すので1週間経って何かあったらまた来なさい」と追い返されてしまった。
午後は出勤して午前中の欠勤分を補うべく作業をしていたら、夕方妻からヘルプコール。
病理検査の結果がでて、やはり癌(レベル5)であったという知らせを受けて今更ながらに非常に落ち込んでいた。
仕事も終わっていなかったのだが、資料を鞄に詰め込み、早々に家路につく。
家についてみると結構持ち直していた。
本人ももちろん大変だが、家族もこういった精神的な振れと向き合っていく必要があるのでやはり結構大変である。
これも妻のため、精神修養と思って頑張るしかない。


支店長

会社の支店長から声がかかり、二人きりで話をした。
内容は妻の状況ヒアリングと来年4月の定期人事異動における異動希望の話であった。
親族が病気の時には新部署だと時間をつくりにくかったという自身の経験談と合わせて、異動希望について直接ヒアリングをしてくれた。
妻の病気が契機となって色々な人に支えられていることを改めて認識する。

2008年11月10日月曜日

偏頭痛

一昨日の夜に偏頭痛がひどくなり、頭痛薬を飲んだのだが治らずに夜中にウンウンうなってしまった。
結局そのまま寝てしまい翌日にはすっかり治っていたのだが、妻がえらく心配し、昨日はこちらの体調不良のことも合わせて考えてしまい、また不安な状況に陥ってしまったようだ。
頭のCTを撮ることを約束させられてしまった。
できればこの不安定な時期に、色んなことが重なるのは避けたいと思う。

そんなこんなもあって、しばらくまっとうにブログアップができていない。
早く再開できるように安定したいものである。

2008年11月5日水曜日

国立がんセンター診察

今日は妻と一緒に国立がんセンター東病院へ行って受診した。

内容については先日東葛辻仲病院で聞いた内容とほぼ同じであるが、幸いにもがんセンターに来る患者の中では軽度な方の用で「どちらの病院でも同じです」といったニュアンスのことをもらう。
今日予約をすると12月22日の週の手術ということで、予約をいれてくる。

先日来た時には気がつかなかったが、「精神腫瘍科」のお知らせが受付のところに出ていた。
癌は宣告されたり、再発したりしたときの精神ショックが大きい。
通常でも2週間程度は回復するのにかかる。
それ以上の期間、適応障害やうつ病の状態が続くようであれば「精神腫瘍科」でカウンセリングを受けることができるというものであった。
本人だけでなく、家族もショックにより同様の状況になることが往々にしてあるようである。

まだ、癌宣告を受けてから1週間経っていない。妻も大分精神的には持ち直しているものの、まだ時折落ち込む症状が見受けられる。
「2週間」で精神的な受け入れ態勢が整うのが一般的だとしても、後1週間くらいは波のある状況を覚悟しなくてはと思うのであった。

2008年11月2日日曜日

クリスピー・クリーム・ドーナツ



先日、越谷のイオンレイクタウンの実査も兼ねて日本で7店目というクリスピー・クリーム・ドーナツに行ってみました。
某所では2時間待ちという人気とのことで聞いていましたが、越谷ではそれほどではないものの列をなして並んでいました。
並んでいると「おひとつどうぞ」とうことでドーナツが一つずつ配られるのですが、更に感心したのは「12個入りのセット(1600円もしくは1800円)を買う方はこちらへどうぞ」ということディズニーランドのファストパスばりに列の先に行かせてもらい購入することができるというシステムです。
「お土産で8個くらいかしら。。」なんて思ってる人は、ついつい「待たずに買えるんだったら12個買っちゃおう」ということになり、売り上げアップに確実につながっていると思います。(しかも店側に失うものはありません)

また、越谷イオンレイクタウンですが、大きいからということもあると思いますが、案内板が非常に分かり易くて、現在位置が光る館内案内板やら、タッチパネル方式の館内案内板など、通常の商業施設よりも分かり易い工夫がされていたように思いました。
サインデザインも床にトイレの方向がわかるような工夫がこらされていたりで良かったです。


前向きに

今日は朝から子供がサッカーにいくなどバタバタとしていた。
気分としては大分前向きになれている。
午後は妻と二人で柏のステーションモールの新館まで買い物に行った。
ここのところ久々に妻と二人の時間を楽しんでいる。
今すぐにどうこうということはなく、普段と変わらない生活ができているし、妻とも明るくやっていこうということで話をしている。

また今まで通りのブログをアップしていくこととしたい。
暗く生きていくのは我々の本意ではない訳だし。

2008年11月1日土曜日

普段の日

昨日妻はワインを飲んで(どうやらワインは大腸癌になりにくい飲み物らしい)眠り、今朝までゆっくり寝ることができたらしい。
大分落ち着いてきた感じで、明るく生活していくことに前向きに取り組んでいけそうだ。
今回の結果も、通常であれば末期までわからなかったものを比較的早く発見することが出来た、という見方もできるようになっている。
今日は、子供の学校の学園祭があって、妻と見に行った。
本来であれば、今頃入院中であり、見れないはずのものだったが、子供達の楽しそうな活動を妻と見ることが出来た。
その後、二人で食事をし、近くの喫茶店でお茶をした後、これまた妻が見たがっており、本来であれば見ることの出来なかったオープンハウスを見た。
子供達の帰宅後、妻と二人で電気屋に行き、本日発売のDSiを購入し子供達との楽しい一時を過ごした。本来であれば私が反ゲーム思想なので、ゲームは最小限という決まりできていたのだが、妻の希望もあり購入することとした。

何もないかのような日々が始まっているが、一日一日を大切にしていこうと思う。

2008年10月31日金曜日

国立がんセンターへ

今日目が覚めると、妻が通常と全く同じ様に朝起きて朝食の支度をしている。
昨日の癌宣告が嘘のようで、夢であってもらえればなどと思う。
今日は柏の葉にあるがんセンターへ紹介状をもって診てもらいに行くことにした。
セカンドオピニオンの意味合いと手術の日程の確認である。
朝の諸々を終えて9時頃到着したのだが、完全予約制で予約がないと受診できないとのことで、11月5日に受診予約を入れて本日は終了。
完全予約制だからか、大病院にしてはロビーの人は少なく、他の病院で撮影されたレントゲンらしきものをもった人が散見された。

そのまま家に帰るのももったいないので、気晴らしの意味もあり、最近オープンした越谷のイオンレイクタウンに行くことにした。
久しぶりに二人きりで食事をしたり、買い物をしたりした。
「こんなの新婚時代以来ね」と微笑む妻に、ただ微笑むだけしかできない自分。
都内では買うのに2時間待ちとも噂されるクリスピードーナッツも買って子供達へのお土産とした。

子供達も学校から帰ってきて、普通の生活をしているなかで、ふと妻が
「この生活が長く続くと思っていたのに。。」と涙した。
昨日から気丈に振る舞っているが、やはり波があり、まだ現実として受け止めるには時間がかかる。
そういった妻に対して「きっと大丈夫だよ」と根拠のない励ましを繰り返す自分は全く無力である。

妻も私も、インターネットやら書物やらで直腸癌について知見を深め始める。
身内や親しい人たちへ徐々に癌の話を話し始める。

癌との闘いはこれからだ。
自分がしっかりしなければならないと強く思う。


2008年10月30日木曜日

妻の癌宣告

今日は妻の手術予定日で、午後から立ち会う予定だったのだが、午前中に病院から電話が入り、病院に向かった。
「術前の検査でポリープが発見されたので、本日の手術は中止、奥さんがショックをうけているようなのでできれば来てほしい」とのことであった。
医師から妻と一緒に説明を受けた。
医師は丁寧に言葉を選びながら、「直腸(S状結腸)にポリープがあり、病理検査結果はこれからであるが、明らかに悪性で、直腸癌の可能性が高い」ということを説明をした。
妻は元看護士なので、内視鏡の結果を見ただけで大体のことが想像できてショックをうけていたようだが、こちらは医師の説明をうけるまでどういうことなのか全く理解していなかった。
頭が真っ白になるなかで、一生懸命メモをとった。
「明日交通事故に遇うかも知れない」などと覚悟しているつもりだったが、いざ宣告されてみると、地に足がつかない状態になってしまう自分がいる。
自分ですらこうなのだから、本人の妻のショックやいかものであろうか。
せめて自分がしっかりせねばと思いつつ、色々な思いが頭を駆け巡る。
たまたま、妻と大学時代の共通の友人がその病院で看護婦をしていてバッタリ遇ったのであるが、宣告直後だったので楽しげな会話ができようはずもなく、通り一遍の会話に終始してしまった。
当初予定だった手術は行わないこととなったので、1週間の予定であった入院は本日にて終了。退院となった。
12月に再度入院し、摘出手術を行うことになった。
妻の予定より早い退院に子供達が喜んでいるのが不憫である。



『ソロスは警告する』 ジョージ・ソロス


ヘッジファンドの生々しい話かと思いきや、哲学の話が半分くらい占めています。

人間は市場の動きについて理解(認知)した上で、投資などの働きかけ(操作)を行う。だが、働きかけが行われた結果、その市場は変化し、さっきまでその人間が理解していた「市場」とは別のものになっている。そのため、人間は市場を”完全”に理解することができない、という「再帰性の法則」ーーーソロスの投資活動における中心的な法則らしいのですがーーーに至るまでの哲学論が書かれています。
投資家が哲学的なことを真剣に考えているという事実は面白いのですが、正直この法則が投資活動にどのように具体的に反映しているのかはよくわかりません。
(考え方自体もいわゆる社会構成主義的な考え方に似ている気がして、そんなに新しい考え方なのかと。。単に私の理解が足りないのかもしれません)

今回の一連のバブルを”超(スーパー)バブル”と位置づけ、この超バブルにも他のバブルと同じく、「信用膨張」という支配的なトレンドと「市場原理主義」という支配的な誤謬とが存在したとしています。
今後世界的に取られるであろう対応策としては、金融当局による規制の強化が挙げられています。

>>
ソ連におけるような政府の介入が例えいつも間違っていようとも、だからといって市場が完璧だということにはならない。
金融市場は均衡点に向かって収斂していくわけではなく、放っておけば興奮と絶望の両極端を行ったり来たりする方が普通なのだ。
だからこそ、金融市場には規制と介入がなされる。

手綱を解かれ、タガが外れたままの金融業界が経済を大混乱に陥れている。
従って、危機から脱出するには、まず金融機関に対する政府の監督と規制を再度強化しなければならないだろう。
とはいえ、金融市場を規制でがんじがらめにすれば、今度は経済活動が停滞してしまう。
市場は、経済の安定を維持できる範囲で最大限の自由を与えられなければならない。

金融界全体の存亡に関わる、金融機関の連鎖破綻のような自体は常に起こりうる。もし起こった場合には金融当局が事態を掌握しなければならない。
どれほど高くつき、面倒臭かろうとも、市場参加者は当局にきちんと情報を提出するべきである。
情報提出のコストは、金融市場が実際にメルトダウンを起こした時のコストに比べれば大したことはない。
また、信用創造に関与している金融機関は、自分たちが常に当局に守られている存在であるという事実を受け入れなければならない。そして守られている以上、その代価はきちんと支払わねばならない。
信用創造という経済活動は、どうしても規制を必要とするのである。
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こういう話を読むと、やっぱりJ-SOXは必要とされ続けてしまうのかなと思ったりします。

「私が今までで一番勉強させてもらった本だ!」という某氏の推薦文が載っていたのですが、推薦の仕方の難しさを感じさせる本でした。

2008年10月29日水曜日

妻の入院

本日、妻が入院した。
明日手術なので今日から会社の方はお休みをいただいている。
命に関わるような手術ではなく1週間程度で退院する予定なのだが、入院手続きをして病室に入り手術に関するビデオなんかを見させられる(事前レクチャー)と、なんとも不安な気持ちになってくる。
「成功率○割の手術」となった場合の家族の心境や如何に、というのが恐ろしい程想像できてしまった。
本当に家族は大切にせねば、とも思った瞬間であった。
どうか無事に終わりますように。

2008年10月26日日曜日

『すべての経済はバブルに通じる』 小幡績 


「ねずみ講」。これがお金の殖える理由であり、経済成長がプラスを維持するメカニズムであり、資本主義の本質である、という前書きから始まるバブル論です。

まず、「証券化の本質とは」が議論にあがります。

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証券化のプロセスは、単なる権利の移転にすぎず、経済的な実体としては、全体で何の変化を起こすものでもない。
証券化のメリットである
①リスクの小口化(投資金額の低額化)
②リスクを除去するプロセス(優良部分の抽出)
③リスクを純化するプロセス(統計的分散化メリットの追求)
といったことを組み合わせることで、資産に含まれるリスクを組み替えてリスクとリターンの”オーダーメイド化”をしたのが本質的な価値。

証券化の本質は「商品化」である。
標準化された投資商品は、その資産の特性の全てがリスクとリータンに反映されているので、複雑な個別の資産特性を考慮しなくても済むようになり、評価する手間暇が削減された。
商品化されることにより、投資家にとっての最大のリスクである流動性リスク(売りたい時に売れないリスク)が劇的に低減される。

ある資産を投資対象と考える投資家の裾野が広がっていて、有力な投資家が投資したり、価格に上昇傾向が生じているという事実に反応してこの資産に飛びついてくる投資家が幅広く存在している場合には、証券化というリスクのないビジネスモデルが完成する。
証券化とは素晴らしいマーケティング技術(一般商品のブランド化と一緒)であり、証券化ビジネスとはこの技術を使って、確実に構造的に儲かる仕組みを作り出すビジネスなのである。
それゆえ、証券化はストラクチャードファイナンスと呼ばれる。
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証券化することにより流動性リスクを低減し、「資本」を呼び込みやすくすることができるメリットがあるのですが、今回のサブプライムローンバブルにおいては、それを「リスクのない」(ネズミ講のような)ビジネスモデルにまで昇華(?)してしまったのが原因ということです。

冷静に考えるとありえないようなスキームを、どうして世界中の優秀な知性が集まっている金融業界がはまり込んでしまったのか。これについて著者は面白い見解を述べています。

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「資本と頭脳の分離」
資本(投資家)と頭脳(運用者)が分離すると、頭脳たるプロの運用者は、頭では分かっていても、顧客である投資家の将来行動に制約され、取るべきでないリスクをとってしまうという罠に陥る。
資産を預けた運用者(頭脳)の本当の能力を見分けられないために、投資家サイドでは結局パフォーマンスという結果でしかファンド運用者を判断できなくなっている。
投資家と運用者の間の情報ギャップと潜在的な総合不信という構造のもとで、運用者(ファンドマネジャー)同士が資本の受託をめぐって争うというメカニズムからきており、まさに、現代金融市場に特徴的な現象である。
「資本と頭脳の分離」が起きている現代の金融市場は、金融恐慌が簡単に起き得る構造となっているのだ。

プロの投資家はファンドに投資してもらうためにも、ライバルより高いリターンを上げる必要がある。
悪貨が良貨を駆逐するように、愚かで向こう見ずなファンドマネージャーが、賢明で慎重なファンドマネージャーを駆逐する。
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要は、ライバルよりも高効率で資金を運用できなければ資金(資本)を移動されてしまうという恐怖心から、分かっていてもリスクをとる。さらにいうと金融工学を駆使して「リスクのない金融商品」をつくっていった(「ねずみ講」のようなものとは知りながら。。)ということのようです。

バブルが何故おこるのかについては著者は「理由はない」と述べています。
しかし、今回のサブプライムローンバブルは通常のバブルとは違った意味合いをもっており、著者はそれを『キャンサーキャピタリズム』の発現による『リスクテイクバブル』であるとしています。

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何がバブルを膨張させるのか。それは「バブルであること」自体である。
バブルにおいては価格の上昇が需要を呼び、さらに価格の高騰をもたらすという循環が本質の全てであって、バブルに理由はいらない。(東京大学の岩井克人教授の「貨幣は貨幣であるから貨幣である」というのと同じで論理的には説明できない)

新しい投資家が、買い手として次から次へと現れる仕組み、すなわち流動性をシステマティックにつくり、リスクがリスクでなくなることが構造的かつ確実におこるようにするシステム、それがサブプライムローン債券の証券化スキームであった。

これはねずみ講のスキームと同じ構造であり、バブルの膨張・崩壊プロセスは、ねずみ講の生成、破綻のプロセスと同様の形態をとるのである。

本来はリスクを取ったものだけがリターンを得ることができるが、皆がリスクを取るようになればリスクがリスクでなくなり確実に利益を上げることができるようになる。このため、投資家たちはリスクに殺到し、リスクテイクを行うという行為が、得られるリターンに対して割高になってしまう。これが『リスクテイクバブル』である。
皆がリスクテイクに殺到している限り、それはリスクではなくなる。これがリスクがリスクでなくなるプロセスだ。
『リスクテイクバブル』は、通常のバブルを超えた21世紀型バブルである。

そしてこの『リスクテイクバブル』とは、『キャンサーキャピタリズム(癌化した資本主義)』の発現なのだ。

金融資本はあたかも意志を持つかのように自己増殖し、当初は経済を活性化するように見える。しかし、一旦増えすぎると、それはさらに増殖し、増殖した金融資本は投資機会を求めて世界中をさまよう。そして発見した投資機会を見つけてそれを食い尽くす。
自己増殖を止めない金融資本は投資機会を自ら作り出すことを求める。その成功により、金融資本はさらに増殖するが、実体経済に過度の負担がかかり金融資本に振り回されることになる。
ここに、本来は実体経済を支える存在であった金融資本が、自己増殖のために実体経済を利用するという主客逆転が起きる。
そして、これが最終的には実体経済を破壊し金融資本自身をも破滅させる結果をもたらす。
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本来、実体経済を支えるべき存在が、その自己増殖ゆえ実体経済を破壊し、自らをも破壊する様を「キャンサーキャピタリズム」と名付けたのはいいえて妙と思います。
金融資本が、「債券、株が危ない」となれば原油や金などの”現物”にとりつき、暴騰・暴落をさせる様は本当に癌が転移していくかのうような錯覚を覚えます。
また、癌細胞は健常な細胞と見分けがつきづらいので対処が困難な点も似ている気がします。
資本主義を「今のところ最善と思われているイデオロギー」と言っていた人がいました。
金融資本の動きが完全に実体経済を振り回している。ここのところの動きをみると、資本主義も次のステージへ昇華する必要があるような気がしてきます。

2008年10月21日火曜日

『21世紀の国富論』 原丈人


天才プロデューサーと言われている某氏から「最近読んだ中で一番のヒット本」ということで、お勧めがあった本です。

アメリカ流のコーポレートガバナンス(企業統治)が正であるとすると
「企業は株主のもの」⇒「株価をあげること」が企業の目的⇒ROE至上主義⇒
①ROEを高めるためには、資産売却、リストラ(縮小均衡による利益の創出)
②ROEの低い製造業には手を出さない
③短期的利益のみを追求し中長期的視野での投資がなくなる
ということで中長期的なモノづくりができなくなってしまう。
すなわち「企業は株主のもの」というのは間違いである、というところに論を発しています。

中長期的なモノづくりの観点からすると、自社工場を売却することで資産を軽減しこれによってROEをあげるようなことをするのはもってのほかであるとしています。モノづくりにあたって、R&D(研究開発)部門と生産部門を切り離せば、二つの間のフィードバックループは切り離されてメーカーとしての強みは失われてしまうからです。
中長期的な投資のためには企業の内部留保は必要不可欠で、”にわか株主”に配当で還元してしまうのは、モノづくりの力を弱めるとしています。

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「もの言う株主」の大半はヘッジファンド(もしくはのようなもの)で、企業が持つ資産に目をつけ、それを「有効活用」して企業を「活性化」すべしとうたっていますが、狙っているのは資産売却およびそれに伴う現金の配分、そしてそれにともなう株価アップです。「企業価値の最大化」という主張は隠れ蓑にすぎず、実際は短期の売り抜けが最大の目的です。

アメリカは多民族国家で多くの異なる文化的背景をもった人たちが一緒に働いているので、経営の判断を定性分析的なものから定量分析的なものへ変えていくために、様々な数字指標が採用されていきました。ROEもそのひとつです。
企業の目的自体が数字となってしまうと、経済全体がマネーゲームの様相を呈してきます。
「手段は目的たりえない」はずなのにそれが認識されないままに経営が行われているのです。
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最後は、
会社の存在価値は、まず事業を通じて社会に貢献することが第一、その結果として株主にも利益をもたらすというのが本来の姿。
手段と目的の取り違えが、現在の資本主義における最大の欠点。
仕事を通じて生き甲斐をつくり、その結果として個人も金銭的な富や社会的充実感を得る。その実現のために会社がある
」と結んでいます。


中長期的観点からすると根本的には新しい産業が必要、ということで著者は
PCU(パーベイシブ・ユビキタス・コミュニケーションズ)・・・人間が機械に合わせるのではなく、機械が人間に合わせるIT製品。コミュニケーションに基づいた次世代のアーキテクチャ。
というのを有望な産業として挙げています。
これがイメージしにくかったのがちょっと残念だったものの、アメリカ流のコーポレートガバナンスをベースとするのは中長期的にはモノづくりの力を弱めるという主張は、サブプライムに端を発した金融不況のまっただ中にいると非常に説得力のある内容です。

2008年10月18日土曜日

ポートラム





















富山のLRT『ポートラム』に乗ってきました。

このLRT、JR西日本が運行していたのを富山市(正確には第3セクター)が路面電車化して2006年に開業した、LRT(Light Rail Transit)の日本で初めての本格的導入事例です。
TX(つくばエクスプレス)と同じ年の開業で、どちらも前評判では「絶対失敗する」といわれながら、開業してみたら健闘しているというのも共通点です。
たかだか7㎞ちょっとの路面電車を見に全国から1000人以上の視察団が訪れるというのですから、そのPR効果たるや絶大です。

しかしながら「名物にうまいものなし」ではありませんが、正直乗ってみた感想は、こんなものかって感じです。やはりストラスブールなどの本家の方がパーク&ライドの基地もあったり、LRTの交通網がきっちりできていたりですごかったです。

車両については海外からの導入で、デザインは洗練されていますし、車内はLED間接照明が使われていたりで先端性を感じさせます。
「あら、久しぶりに緑のやつをみたわねぇ」と話ている親子がいたり(全部で7つの車両があるようです)、通りの2階から運行しているLRTの写真をとっている子供がいたりで、市民からは愛着をもたれているのも感じられました。
いずれにせよ「LRTといえば富山」ということで定着してきていることがすごいことだと思います。

2008年10月17日金曜日

琵琶湖


先日出張で、湖西線に初めて乗りました。
月並みではありますが、窓の外に広がる琵琶湖をみて「まるで海みたいだ」などと思ってしまいました。
「滋賀県の大半は琵琶湖」などと尤もらしい話もありますが、実際には滋賀県の面積は4,017㎢、琵琶湖は670㎢なので、琵琶湖の占める割合は滋賀県の1/6程度です。
日本第2位の霞ヶ浦の大きさが167㎢なので、如何にその大きさが突出しているかが分かると思います。
よく「琵琶湖の水系が汚染。。」みたいな話を聞くにつけ「大げさな話だ」などと思ってましたが、恐らく地元の人にとっては海洋汚染と同じ位の意味合いをもつであろうことが容易に理解できました。

2008年10月12日日曜日

四六のガマ



先日、つくばへ仕事で合宿に行って来た時のこと、”つくば”といえば「四六のガマ」ということで本物がお土産やの店先で飼われてました。
この四六(しろく)のガマとは、前足が4本指、後足が6本指のガマのことです。
普通のカエルだと基本的には前足後足ともに五本指のところ、四六のガマの場合、前足の第一指(親指)にあたるものは痕跡的な骨があるだけでパッと見は四本に見え、後足では、第一指のそばに番外指と呼ばれるこれも内部に骨のある瘤(こぶ)があるので、六本指に見えるのだそうです。

ガマの油を一つ買ってみましたところ、効能は「皮膚のカサツキ、肌荒れを防ぎ、キメを整える」とありました。
筑波山麓永井村の兵助の口上にある”ガマの油”みたいに「切ったところがハイこの通り」っていうような過大な表現は現代では通用しないってことでしょうか。
ちょっと寂しい気もしますね。


2008年10月11日土曜日

津軽三味線

先日、新浦安のバリレストランにいた時のこと。
たまたま津軽三味線をひかれる木村さんという方が生で演奏してくれるのを目の前でみる機会に恵まれました。
津軽三味線といえば吉田兄弟が有名ですが、間近で見るのは当然初めて。とても新鮮で感動しました。
三味線って思ってた以上に色々な音を出すことができて、静かな感じから激しいビートまで様々な楽曲に対応できる楽器であると思いました。
木村さん、お年を聞いたら21歳とのことで、これからまだまだ伸びる年齢ですが、もうほとんど名人芸の域。指の動きの早さなんかはもう圧巻。
津軽三味線自体も思っていた以上にシンプルで洗練されたデザインでした。(もっとコテコテの日本っぽい感じしかしらなかったので)

何の分野であれ名人芸を見るとワクワクしますね。

2008年10月8日水曜日

企業買収に成功するための5つの原則

P・F・ドラッカーによると事業上の目的による企業買収に成功するためには5つの原則があるらしいです。

①企業買収は、買収される側に大きく貢献できる場合のみ成功する。(買収される側が買収する側に何を貢献できるかではない。買収する側が貢献できる内容は、経営能力、技術力、販売力など様々)
②企業買収は、買収される側と共通の核がある場合にのみ成功する。(共通の核となりうるのは市場であり、技術、あるいは共通の文化である)
③企業買収は、買収する側が買収される側の製品、市場、顧客に敬意を払っている場合にのみ成功する。(やがて、事業上の意思決定が必要となる。そのとき、製品、市場、顧客への敬意がなければ決定は間違ったものとなる)
④企業買収は、買収される側に一年以内にトップマネジメントを送り込める場合にのみ成功する。(マネジメントを買えると思うことは間違いである。社長だった者が事業部長になって満足しきれる訳がない。)
⑤企業買収は、最初の1年間に、買収される側の者と買収する側の者を、多数、境界を越えて昇進させる場合にのみ成功する。(買収を、歓迎されるものに仕立てあげなければならない)

①の企業買収は買収する側が買収される側に大きく貢献できるのが前提というのはちょっと意外。大抵自社の足りない部分を補うために買収するような気がしていました。
②は当然のことですね。
③についても言われてみれば長い目で見た場合当然の帰結のような気がしますが、買収する企業の”顧客”に関しても資産の一部であると言う考え方なのでしょうか。聞けば納得感あります。
④、⑤については買収するなら本気でやり、人材については分け隔てなく扱う、と言うことだと思います。

いずれも言われれば納得感がありますが、原則として打ち出してくるのはさすがドラッカーと言った感じです。

サブプライム問題で”企業価値”が下がってお買い得になっている会社が多い中で「どこだったら我が社が買収して成功するだろうか」なんて夢想するのも悪くありません。

2008年10月5日日曜日

パーソントリップ調査


パーソントリップ調査の依頼書が我が家に届きました。
これって首都圏約3400万人の2%くらいを無差別抽出して依頼するらしいので、ざっくり50件に1件があたっちゃった感じです。
昭和47年に第1回目の調査を行って以来、昭和57年に第2回、平成6年に第3回、そして平成15年に第4回調査で今回が第5回と結構不定期に行われているみたいです。
記入内容は家族全員が1日どこからどこに移動したかを細かく記入する内容です。

指定の日付がたまたま仕事で合宿に行ってた日だったので、ちっとも普段の調査としては意味がないと思いつつ記入をしました。

結構最初面倒なので、返送しない人も多いのではないかと思うのですが、出さないと督促がくるのでしょうか。
試してみようかしら。

『Googleの入社試験』 竹内薫


非公認のGoogle入社試験問題集です。
「世界にピアノの調律師は何人いるでしょう」といったフェルミ推定的な問題からクイズ系、トンチ系、思想を問うもの、さらには本格的かつ世界最先端の数学問題まで色々混じってます。
正解がない問題も多いので、その人の思考の仕方を問うものことを目的として出題されているのでしょう。

個人的には回答を聞いて「あ、やられた。これなら答えられたな」という問題こそが素晴らしいと考えていますので、事例としてある「回答聞いても理解できないような数学問題」は記載の必要ない気もしましたが、多湖輝さんの名著「頭の体操」レベルを越えた問題もあるよ、という趣旨で載せているのでしょう。

簡単そうに見えて意外に難しいシンプルな問題として載っていたのを2つ程。
○時計の長針と短針は1日に何回重なりますか?
○同じ大きさのボールが8個あります。そのうちの7個は同じ重さで、1個は他よりすこしだけ重くなっています。1つの天秤を2回だけ使って重いボールを見つけてください。

2008年10月4日土曜日

携帯電話


先日会社の歓送迎会でした。
送別される方の何人かが紙のメモではなく、携帯電話の画面を見ながら最後の挨拶を話していました。
こんな光景は初めて見ました。
うちの会社ではこの半期に SNSが使われるようになったので、そのSNSに記載された内容を携帯電話でみながらコメントしていたようです。
既にペーパー型のディスプレイができつつあるという話も聞きます。
どんどん”メディア”と呼ばれるものが変化していくのを感じた瞬間でした。

2008年9月27日土曜日

POP Party on Playfulnotes!


同志社女子大学の上田先生主催のBrownbag lunch(茶色の紙袋に入れてもっていく簡単なランチのこと)形式のPARTYがあるとのことで、参加してきました。
場所は東京大学の福武ホール。安藤忠雄さんが教育をテーマに設計したものとのことで、初めて中に入りました。

まずは色々な分野の参加者が打ち解けるために体を動かす”アイスブレイク”ワークショップから始まりました。
それから上田先生が「Playful note」をつくるのにお世話になった方々の紹介と、つくる過程をドキュメント化した「PLAYFUL NOISE」を発表されていました。
この「PLAYFUL NOISE」ですが、ひとつひとつ浮遊しているかのような情報(ドキュメンテーション)を”一つの紙で綴じる”ことにより新たなストーリーが見えてくるもの、とのことです。
制作した千葉工大の原田先生曰く「上田先生は色々な素敵な話しをするが、それらを放っておくのですぐにこの世から”蒸発”していってしまう。誰かがそれを地上にとどめておかねば、と思ってつくりました」と笑いを誘っていました。
文章も推敲を重ねると洗練されて無駄がなくなり研ぎすまされる分、作り手の想いの一部が落ちていく。。この「PLAYFUL NOISE」、基本的には今までの経緯をそのまま集めたものなので、内容は粗いとのことでしたが、勢いがあって作り手の熱き想いを伝えるのには非常に有効な手法のようです。

また、RTV(Real Time Video)の実演が神戸芸術工科大学の曽和先生(およびその研究室の方々)からありました。
このRTVとはワークショップ等で当日行われたことを撮影し、ドキュメンテーション(記録)として残すだけでなく、当日最後に振り返りとして活用し、場をもりあげるツールとして利用する手法です。
MITでも実演し大好評を博した実績があるそうなのですが、今日のように2時間という短時間での実演は初めてとのことで、研究室の方々は時間との闘いを演じてました。

最後に上田先生から最近アメリカ、MITやスタンフォードに行った時の話がありました。
これからのアメリカはcreative thinker(もしくはinnovative thinker)を育てる必要があるという方向になっていて、21世紀のlearning skillとはどのようなものかを真剣に模索し始めているとのことでした。

PARTYの時間は11時〜1時までだったのですが、あっという間に時間が経ってしまい、その後初めてお会いした方々と一緒に15時近くまで立ち話を続けてしまいました。

2008年9月26日金曜日

『専業主婦の私が1億円社長、ダンナが専務!』


鈴木ゆり子さんという、埼玉県羽生市で大家さんをやっている58歳のおばちゃんの書いた本。
48歳から大家業を始めてアパートと戸建てで22棟、約200室。総資産5億、年収1億というびっくりなおばちゃんです。
もう思いつくままに色々エッセー風に書かれている感じですが、まとめてみると不動産業の基本をしっかり押さえていました。


1.仕入れは安く
  競売で安く購入。5億で200室ということは1室あたり250万位で仕込んでいるということ。
  これを年50万で貸せば確かに年収1億、平均利回り20%!
  競売物件なので占有者がいたりするのも、WIN-WINの精神で占有者と対話しちゃうおばちゃんパワーでいつのまにか得意技に。

2.バリューアップはしっかりと
  掃除に関してはパートで学んだノウハウを駆使してプロ顔負けのテクニックでピカピカに。
  家電付きは高く貸せる、ということでインターネットオークションやリサイクルショップにて家電を購入して設置。
  そのために「古物商許可」を取得。

3.ランニングコストも安く
  リフォームを専務のダンナが担当。
  家族でリフォーム含め内制化。

4.資産は適宜入れ替え
  入れ替える内容、タイミングについては勘ピューターだそうですが。。

その他にも色々、日本のおっ母さん的な教訓が書かれていて、それはそれで苦労人だけに共感できます。

面白いのが、「夫婦で仕事をするコツ」
・お互いの業務を分担することで離れられる時間をつくること。
・喧嘩しても仲直りするコツは「言い返さない」こと。
・第三者の意見を聞くこと。
だそうです。


しれっと書いてあるのですが「仕事をやってみるとわかるけど、仕事の方が子育てより楽」だそうです。。
日本のお母ちゃん達に感謝!