2011年5月29日日曜日

『働かないアリに意義がある』

進化生物学者の長谷川英祐氏によるアリやハチなどの真社会性生物の研究による知見が披露されている。
以前から働かないアリと働くアリは一定数いて、働くアリだけを集めてもその中でまた働かないアリがでる、という話は知っていたが、実際の数値などについては知らなかった。
アリはある瞬間、巣の中の7割ほどの働きアリが「何もしていない」らしく、長期的に観察してもだいたい2割くらいは「働いている」と看做せる行動をほとんどしない働きアリであることが確認されたらしい。

では、この2割の働かないアリは無用かというとそうでもないというのが面白いところである。
重要なのは、ここでいう働かないアリとは、「働きたいのに働けない」存在であるということ。
働かない働きアリは何のために存在するのか。これは「反応閾値」=「仕事に対する腰の軽さの個体差」の幅をもたせるということ。これにより反応の多様化が起こり結果コロニー全体が存続できる可能性を高めているというもの。
一斉に労働を始める組織は短期的には効率が高いように見えるが、一斉に労働が不能になるリスクも高く、結果として長期的に見るとコロニー存続という観点から効率は高くない。(なんとハチやアリにも過労死があるのだそうだ)
「働かないアリ」は、働いているアリが働けなくなった時に働くことで社会に貢献しているということである。
本当は有能なのに先を越されてしまうために活躍できない、そんな不器用なアリ(人間)がコロニー(世界)消滅の危機を救う、これが「働かない働きアリ」が存在する理由。

とはいえ、働く必要がでても働かない裏切り者はやはりいるらしい。生物学上、コロニー内の裏切り者は英語のcheat(だます)から「チーター」と呼ばれる。ヒトの社会学でいう『フリーライダー(ただ乗り)問題』(社会的コスト(義務)を応分に負担せずに社会システムがもたらす利益だけを享受する者が増え社会システムの維持に問題が生じること)はムシの世界にもあるのだ。
チーターがコロニー間を移動する、いわば「感染率」と、チーターのコロニー自体の増殖率に対する負の影響、いわば「毒性」のバランスが保たれいて、それが崩れるとコロニー自体が消滅してしまい、チーターも生き残れなくなる。
この「感染率」と「毒性」のバランスは一定の地域で利他者とチーターの系、双方の存亡にとって重要であることが分かっている。コロニーが消滅することでチーターが強くなり過ぎないように「感染率」「毒性」のバランスが保たれているのだ。

著者はこのチーターとコロニーの関係を人間界の経済活動に置き換えていて、その所見が面白い。
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最近企業は、非正規雇用労働者をふやしたり賃金の上昇率を抑えたりすることで労働生産性をあげることに邁進しているが、こうした対処が労働者の生活基盤を悪化させ、社会全体の消費意欲を下げている。
そのため多国籍企業化したり、労賃の安い海外に工場をつくったりしているが、長期的には国内の産業基盤が弱くなるという問題に発展する。
経済のグローバリズム化がもたらす問題は、国の国境と、いままでその内部に留まっていた企業の境界が等しくなくなってきたことに起因している。
アミメアリの利他者が利己的なチーターの侵略を受けても存続することができるのは、地域集団内でチーターの移動性が限定されている(集団が構造化されている)から。
し かし、経済のグローバリズムは地域ごとに分かれていた経済圏を世界に拡大してしまうので、利己的なチーターの局所的な絶滅と利他者の再興で平衡が保たれる ような機構が働かなくなれる。土俵がひとつになってしまえば、利己者によって食いつぶされればすべてが終了だし、モノの生産と流通を行わないヘッジファン ド等が企業活動の利益を吸い上げて、一つになった経済圏全体の経済基盤を弱めてしまう動きに対抗できない。
「地 産地消」やスローライフが推奨されるのは、経済圏を閉域化し、集団ごとに分かれた構造を保つことでグローバリズムが持つ弊害に対抗しようというアイデアの ように思えるが、金銭的利益が「経済適応度」として一義的に重要視され、経済圏が地域や国を超えて広がってしまった現在、問題解決は難しいように思われ る。
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コロニーが小さいうちには「コロニーが滅びる」ということで保たれていた「感染率」と「毒性」のバランスが、世界全体がひとつのコロニーになると保たれなくなってしまうという見方は初めてであり新鮮な見解であった。
その昔、「ダイエーは大きすぎて倒産させられない」という話があったのに似ているのかもしれない。ただしこの時の想定していたコロニーはまだ日本レベル。グローバル経済はコロニーを全世界に拡げていることになり、コロニー消滅=人類滅亡ということである。


シロアリの異なる二つのコロニーを混ぜてみると、そのまま融合して何事もなかったように一つになってしまう場合と、片方がもう一方を皆殺しにしてしまう場合があるのだそうだ。融合するのは、相手あるいは双方に将来繁殖虫になるように運命づけられた幼虫(ニンフ。すなわち跡継ぎ)がいない場合のみで、ニンフがいる場合には必ず片方が皆殺しになるというルールがある。社会寄生の観点から見ると、相手が労働力だけなら吸収して労働力を利用(一種の寄生)した方がいいが、繁殖虫となる個体がいる場合、自分たちの跡継ぎが追放されてしまう可能性があるため、皆殺しが選択されると解釈できる。戦国時代の武将が負けた場合、相手方の男子を皆殺しにしたのもこういうことかと納得しつつ、塩野七生女史のローマ論によると、ローマ帝国があれだけ隆盛したのは、相手にニンフ(跡継ぎ)がいる場合でも融合できるシステムをつくりあげたからではないか、などと考えた。


その他にも
「自然選択説」「血縁選択説」「群選択説」などが分かりやすく解説されていて非常に面白い。

以前「中立変異」 という概念を学んだ時に出てきた「遺伝的浮動」についても記載があり理解が深まった。
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ある性質の生物が別の性質をもつ生物に進化する理由を説明できる原理は、現在二つしかない。
ひとつは、生物の適応度に影響を与えるような性質が、自然選択されてきたことによる「適応進化」
もう一つは国立遺伝学研究所の故木村資生(もとお)博士により提唱された「遺伝的浮動」による進化。
遺伝的浮動は自然選択されない(=機能を持たない)性質の進化を説明する理論なので、この二つはすべての性質の進化の領域を互いにカバーおり、この二つだけで全ての進化の説明が可能。
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中立変異の概念って適応進化の理論を補完する概念だったのだ。


進化は神への長い道
・・・とはいえ、世界は常に変わっているので、神の姿も永遠に変わり続ける。
という記述が印象的であった。
そう、神の姿も永遠に変わり続けるのだ。

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