野口真人氏の経済行動学入門のような本。
知っているようで結構しらないことも多く、楽しみながら読むことができた。
サルから進化してきた我々人類の歴史はざっと20万年、これに比べるとお金の歴史は3000年足らずである。
歴史を紐解くと、不確実性が確率論という学問として取り上げられたのは中世、1600年代からだという。それ以前は、すべての出来事は神が決定したものであり、不確実性や偶然性を人が心配しなくてもよかったのだろう。
人と不確実性の関わりは不可避であり、人生を左右する大きな要素であるが、それを意識してからわずか400年しか経っていない。
人が「お金の使い方」に習熟しないのは、価値の尺度と貯蓄手段としてのお金にまだ慣れていないからだと考えたい。
一つには合理的に金銭的価値を測る術を知らない。もう一つには将来の不確実性への正しい対処方法がまだ確立していない。この二つが要因と言える。
「お金」というのも昨今のテクノロジーと同じく、人間の脳にとっては最近でてきたニューテクノロジーで、それ故理論と感覚がずれるということだ。
では、脳の感覚と理論がずれるケースをみていこう。
◯行動経済学者 リチャード・セイラー
「明日のリンゴ2個よりも今日のリンゴ1個を選ぶ人が、1年後のリンゴ1個よりも1年と1日後のリンゴ2個を選ぶ」
一般的に人は現在を過剰に重視する傾向があり、近い将来に発生するキャッシュフローの効用を大きく下げてしまう。
人は、将来の効用には低い割引率を適用する。
◯確率論は「神の視点」の学問と言える。神からみた一人一人は多くの標本の一つに過ぎない。 ところが、自分にとって自分を標本として客観的に見ることは至難の業になる。
◯モンティ・ホール・ジレンマ
あなたはテレビのクイズ番組に出て見事に優勝した。100万円の賞金は、あなたの前に並べられた三つの金庫A,B,Cのどれかに入っている。
その三つのうちどれかを選ぶかと聞かれ、あなたはAの金庫を選んだ。
司会者はあなたの顔をじっとみつめ、「まずBの金庫を開けてみましょう」とBを開錠した。 Bの中には何も入っておらず、あなたはひとまず安堵のため息をついた。
すると司会者があなたに質問した。「本当にAでよいですか?Cに換えることもできますが…」 司会者の提案にのるべきか、のらないべきか。 直感では、AとCどちらかの金庫に100万円入っているのだから、換えても換えなくても期待値は変わらないと判断しがち。
だが、実際にはCに換えた方が、Aのまま変更しないよりも、100万円を手に入れる確率は2倍になる。
Aの金庫に入っている確率は、Bを開ける前でも開けた後でも1/3。期待値は33万円。
一方、BかCどちらかに入っている確率は2/3。Bの金庫が空であることが判明した瞬間に、Cに入っている確率は2/3になり、Cを選んだときの期待値は66万円となる。
◯宝くじの錯覚
当たり確率1%のくじを100回引いたら 当たりの確率が50%のくじを2回引いたからといって、当たる確率が100%になるわけではない。
この場合、当たる確率は75%。2回引いて両方とも外れる確率は50%×50%の25%。これを100%から引いた75%が、2回引いて1回でも当たる確率になる。
当たる確率XのくじをX回引いて、1回でも当たる確率を計算式で表すと
1−(1−1/X)のX乗。
これでXを大きくしていくと確率は約63.2%に収束していく。
1000万分の1の宝くじを1000万回買ったとしても、1等が当たる確率は63.2%までしか高まらない。
◯「ほとんどゼロ」はゼロではないし、反対に「ほとんど確実」は確実ではない。
行動経済学の祖、ダニエル・カーネマンの提唱した理論の中に 「人は低い確率を過大評価し、高い確率を過小評価する」 という考え方がある。
◯カーネマンは、人間が感じる確率と数学的に求められる理論値とは別だと主張した。人間が感じる主観的確率と理論値との差は、その事象が起こった時の影響の大きさに関係するという。宝くじの1等賞金が10万円だったとしたら、人は冷静にその当選確率を判断できるが、3億円になると主観的確率が歪むのである。
◯カーネマンと彼の朋友トヴェルスキーは、理論的な確率から主観的確率を計算する式を、様々な実験を通じて作り上げた。 その式によると、理論的確率が35%以上になると、理論的確率より主観的確率の方が小さくなるという。これを確率加重変数と呼ぶ。
◯カーネマンは「感応度逓減の法則」を唱えた。
我々が感じる好ましさの変化量は、利得や損失が増加するにつれて逓減していくという。
人が利得を得たり損失を被ったりしたときに実際に感じる「満足度」を価値関数としてグラフで表すと、利得の場合も損失の場合も、左右両端に近づくにつれてグラフの傾きが小さくなっている。
何かの賭けをして1万円もらえる時と10万円もらえる時では、嬉しさは10倍違うかもしれないが、100万円もらえる時と110万円もらえる時ではそれほどの差はなくなる。
一方、同じ額であっても、利得が増加する満足度より、損失が増える「不満足度」の方が大きくなる。この現象は「損失回避」と呼ばれ、我々が損失に対して過剰に反応し、損失を回避したがる傾向にあることを示している。
◯人間の癖のひとつとして、「お金の量ではなく、お金の量の変化によって満足度は左右される」ということがある。
Aさんはピーク時に2000万円の資産を持っていたが、現在は1000万円に減ってしまった。一方のBさんは資産を500万円から1000万円にまで増やした。
AさんもBさんも1000万円の資産をもっているわけだが、1000万円を失ったAさんより、500万円を増やしたBさんの方が満足を感じているはずだ。
これはカーネマンが指摘した「参照点依存症」という「人の癖」である。
人間はお金についても変化に敏感である。その場合、どの状態から変化したかによって反応が異なってくる。反応の強弱の度合いは、変化を参照する地点ないし時点に依存するのである。
知らなかったのがファイナンスの世界における「リスク」という言葉の意味。
◯ファイナンス理論で用いられる「リスク」とは不確実性を指す。
不確実性とは「予想していた事象が起こる不確からしさ」を意味する。つまり「危険なことを好まざることが起こる可能性の高さ」というわけではない。
これを統計学で表現すると「標準偏差」ということになる。
◯リスク、ばらつき、ボラティリティ(予想変動率)の大きさとは、出発地点から到達地点までどれほど寄り道して動いたかを意味する。
出発地点から到達地点まで最短距離(つまり直線)で動いた株式のリスクはゼロである。
その株式の価格がどれほど動いたかどうかとリスクは関係がない。リスクは結果ではなく、それまでのプロセスを重視する。
◯モダンポートフォリオ理論
1990年にノーベル経済学賞を受賞した米国のハリー・マーコヴィッツ氏が1952年に発表した「ポートフォリオ選択論」から端を発する。
ばらつきを打ち消し合ってくれる投資を組み合わせることでリスクを低減できる。
将棋のプロ棋士二人と闘うゲームも「どちらかに勝てば必ずどちらかには負ける」というポートフォリオの状態を作ることで、「両方に勝つ」(ほとんどありえない)や「両方に負ける」(一番可能性が高い)というばらつきを回避できたのだ。
将棋のプロ棋士二人と闘うゲームは、シドニー・シェルダンの『ゲームの達人』にヒントを得たとの話だが、非常に面白い仕掛けなので、興味のある方は本を読まれたし。
◯ポートフォリオ以外のリスク回避手法としてはオプション取引がある。
オプション取引をすることによって、将来のキャッシュフローのばらつきを無くす(=リスク回避)ことができる。
オプション取引のリスクを回避するために株式を売買することを「デルタヘッジ」と呼ぶ。
◯ストック・オプションの価値は株価のばらつき(予想変動率)からくるので、その会社の株価上昇の見込みとは関係がない。
人間の感覚(脳の感じ方)と実際の理論値との違いという前段も面白いが、後段のファイナンスの世界における「リスク」(=不確実性、ばらつき)という考え方も非常に面白かった。
<面白小ネタ>
◯現存する最古の鋳造貨幣は紀元前7世紀にリディア王国で作られたエレクトロン貨と言われている。
◯日本における最大のギャンブルはパチンコで1995年には年間30兆円もの売上があったが、2011年には19兆円(▲37%)になった。
競馬は1997年に4兆円を売り上げたものの、2012年には2.3兆円(▲42%)まで落ち込んでいる。
ところが宝くじは2005年に1.1兆円の売上を記録してから2010年に0.91兆円まで落ち込んだものの落ち込み率は▲17%と、パチンコや競馬の半分程度に留まっている。
宝くじの払い戻し率は法律によって50%を超えてはならないとされている。
これに対し、公営ギャンブル(地方競馬、競艇、競輪、オートレース)の払い戻し率は74.8%になっており、宝くじより良心的である。
◯有史以来、人類が発掘した金の総量はざっと15万5000トンに過ぎない。これはオリンピックの公式プール約3杯分という。
◯ダイヤモンドの価格は、デ・ビアス社によってコントロールされている。
◯一都三県の築浅マンション(築10年以内)であれば次の簡単な計算式で、ほぼ適正な価値を出せる。
マンションの価値=毎月の家賃×200倍(割引率6%)
東京都、しかも港区や千代田区など都心部にある築浅マンション(築10年以内)であれば
マンションの価値=毎月の家賃×240倍(割引率5%)
実は最後のマンション価値のところが実際の業務では役に立つ部分かもしれない(笑)。
知っているようで結構しらないことも多く、楽しみながら読むことができた。
サルから進化してきた我々人類の歴史はざっと20万年、これに比べるとお金の歴史は3000年足らずである。
歴史を紐解くと、不確実性が確率論という学問として取り上げられたのは中世、1600年代からだという。それ以前は、すべての出来事は神が決定したものであり、不確実性や偶然性を人が心配しなくてもよかったのだろう。
人と不確実性の関わりは不可避であり、人生を左右する大きな要素であるが、それを意識してからわずか400年しか経っていない。
人が「お金の使い方」に習熟しないのは、価値の尺度と貯蓄手段としてのお金にまだ慣れていないからだと考えたい。
一つには合理的に金銭的価値を測る術を知らない。もう一つには将来の不確実性への正しい対処方法がまだ確立していない。この二つが要因と言える。
「お金」というのも昨今のテクノロジーと同じく、人間の脳にとっては最近でてきたニューテクノロジーで、それ故理論と感覚がずれるということだ。
では、脳の感覚と理論がずれるケースをみていこう。
◯行動経済学者 リチャード・セイラー
「明日のリンゴ2個よりも今日のリンゴ1個を選ぶ人が、1年後のリンゴ1個よりも1年と1日後のリンゴ2個を選ぶ」
一般的に人は現在を過剰に重視する傾向があり、近い将来に発生するキャッシュフローの効用を大きく下げてしまう。
人は、将来の効用には低い割引率を適用する。
◯確率論は「神の視点」の学問と言える。神からみた一人一人は多くの標本の一つに過ぎない。 ところが、自分にとって自分を標本として客観的に見ることは至難の業になる。
◯モンティ・ホール・ジレンマ
あなたはテレビのクイズ番組に出て見事に優勝した。100万円の賞金は、あなたの前に並べられた三つの金庫A,B,Cのどれかに入っている。
その三つのうちどれかを選ぶかと聞かれ、あなたはAの金庫を選んだ。
司会者はあなたの顔をじっとみつめ、「まずBの金庫を開けてみましょう」とBを開錠した。 Bの中には何も入っておらず、あなたはひとまず安堵のため息をついた。
すると司会者があなたに質問した。「本当にAでよいですか?Cに換えることもできますが…」 司会者の提案にのるべきか、のらないべきか。 直感では、AとCどちらかの金庫に100万円入っているのだから、換えても換えなくても期待値は変わらないと判断しがち。
だが、実際にはCに換えた方が、Aのまま変更しないよりも、100万円を手に入れる確率は2倍になる。
Aの金庫に入っている確率は、Bを開ける前でも開けた後でも1/3。期待値は33万円。
一方、BかCどちらかに入っている確率は2/3。Bの金庫が空であることが判明した瞬間に、Cに入っている確率は2/3になり、Cを選んだときの期待値は66万円となる。
◯宝くじの錯覚
当たり確率1%のくじを100回引いたら 当たりの確率が50%のくじを2回引いたからといって、当たる確率が100%になるわけではない。
この場合、当たる確率は75%。2回引いて両方とも外れる確率は50%×50%の25%。これを100%から引いた75%が、2回引いて1回でも当たる確率になる。
当たる確率XのくじをX回引いて、1回でも当たる確率を計算式で表すと
1−(1−1/X)のX乗。
これでXを大きくしていくと確率は約63.2%に収束していく。
1000万分の1の宝くじを1000万回買ったとしても、1等が当たる確率は63.2%までしか高まらない。
◯「ほとんどゼロ」はゼロではないし、反対に「ほとんど確実」は確実ではない。
行動経済学の祖、ダニエル・カーネマンの提唱した理論の中に 「人は低い確率を過大評価し、高い確率を過小評価する」 という考え方がある。
◯カーネマンは、人間が感じる確率と数学的に求められる理論値とは別だと主張した。人間が感じる主観的確率と理論値との差は、その事象が起こった時の影響の大きさに関係するという。宝くじの1等賞金が10万円だったとしたら、人は冷静にその当選確率を判断できるが、3億円になると主観的確率が歪むのである。
◯カーネマンと彼の朋友トヴェルスキーは、理論的な確率から主観的確率を計算する式を、様々な実験を通じて作り上げた。 その式によると、理論的確率が35%以上になると、理論的確率より主観的確率の方が小さくなるという。これを確率加重変数と呼ぶ。
◯カーネマンは「感応度逓減の法則」を唱えた。
我々が感じる好ましさの変化量は、利得や損失が増加するにつれて逓減していくという。
人が利得を得たり損失を被ったりしたときに実際に感じる「満足度」を価値関数としてグラフで表すと、利得の場合も損失の場合も、左右両端に近づくにつれてグラフの傾きが小さくなっている。
何かの賭けをして1万円もらえる時と10万円もらえる時では、嬉しさは10倍違うかもしれないが、100万円もらえる時と110万円もらえる時ではそれほどの差はなくなる。
一方、同じ額であっても、利得が増加する満足度より、損失が増える「不満足度」の方が大きくなる。この現象は「損失回避」と呼ばれ、我々が損失に対して過剰に反応し、損失を回避したがる傾向にあることを示している。
◯人間の癖のひとつとして、「お金の量ではなく、お金の量の変化によって満足度は左右される」ということがある。
Aさんはピーク時に2000万円の資産を持っていたが、現在は1000万円に減ってしまった。一方のBさんは資産を500万円から1000万円にまで増やした。
AさんもBさんも1000万円の資産をもっているわけだが、1000万円を失ったAさんより、500万円を増やしたBさんの方が満足を感じているはずだ。
これはカーネマンが指摘した「参照点依存症」という「人の癖」である。
人間はお金についても変化に敏感である。その場合、どの状態から変化したかによって反応が異なってくる。反応の強弱の度合いは、変化を参照する地点ないし時点に依存するのである。
知らなかったのがファイナンスの世界における「リスク」という言葉の意味。
◯ファイナンス理論で用いられる「リスク」とは不確実性を指す。
不確実性とは「予想していた事象が起こる不確からしさ」を意味する。つまり「危険なことを好まざることが起こる可能性の高さ」というわけではない。
これを統計学で表現すると「標準偏差」ということになる。
◯リスク、ばらつき、ボラティリティ(予想変動率)の大きさとは、出発地点から到達地点までどれほど寄り道して動いたかを意味する。
出発地点から到達地点まで最短距離(つまり直線)で動いた株式のリスクはゼロである。
その株式の価格がどれほど動いたかどうかとリスクは関係がない。リスクは結果ではなく、それまでのプロセスを重視する。
◯モダンポートフォリオ理論
1990年にノーベル経済学賞を受賞した米国のハリー・マーコヴィッツ氏が1952年に発表した「ポートフォリオ選択論」から端を発する。
ばらつきを打ち消し合ってくれる投資を組み合わせることでリスクを低減できる。
将棋のプロ棋士二人と闘うゲームも「どちらかに勝てば必ずどちらかには負ける」というポートフォリオの状態を作ることで、「両方に勝つ」(ほとんどありえない)や「両方に負ける」(一番可能性が高い)というばらつきを回避できたのだ。
将棋のプロ棋士二人と闘うゲームは、シドニー・シェルダンの『ゲームの達人』にヒントを得たとの話だが、非常に面白い仕掛けなので、興味のある方は本を読まれたし。
◯ポートフォリオ以外のリスク回避手法としてはオプション取引がある。
オプション取引をすることによって、将来のキャッシュフローのばらつきを無くす(=リスク回避)ことができる。
オプション取引のリスクを回避するために株式を売買することを「デルタヘッジ」と呼ぶ。
◯ストック・オプションの価値は株価のばらつき(予想変動率)からくるので、その会社の株価上昇の見込みとは関係がない。
人間の感覚(脳の感じ方)と実際の理論値との違いという前段も面白いが、後段のファイナンスの世界における「リスク」(=不確実性、ばらつき)という考え方も非常に面白かった。
<面白小ネタ>
◯現存する最古の鋳造貨幣は紀元前7世紀にリディア王国で作られたエレクトロン貨と言われている。
◯日本における最大のギャンブルはパチンコで1995年には年間30兆円もの売上があったが、2011年には19兆円(▲37%)になった。
競馬は1997年に4兆円を売り上げたものの、2012年には2.3兆円(▲42%)まで落ち込んでいる。
ところが宝くじは2005年に1.1兆円の売上を記録してから2010年に0.91兆円まで落ち込んだものの落ち込み率は▲17%と、パチンコや競馬の半分程度に留まっている。
宝くじの払い戻し率は法律によって50%を超えてはならないとされている。
これに対し、公営ギャンブル(地方競馬、競艇、競輪、オートレース)の払い戻し率は74.8%になっており、宝くじより良心的である。
◯有史以来、人類が発掘した金の総量はざっと15万5000トンに過ぎない。これはオリンピックの公式プール約3杯分という。
◯ダイヤモンドの価格は、デ・ビアス社によってコントロールされている。
◯一都三県の築浅マンション(築10年以内)であれば次の簡単な計算式で、ほぼ適正な価値を出せる。
マンションの価値=毎月の家賃×200倍(割引率6%)
東京都、しかも港区や千代田区など都心部にある築浅マンション(築10年以内)であれば
マンションの価値=毎月の家賃×240倍(割引率5%)
実は最後のマンション価値のところが実際の業務では役に立つ部分かもしれない(笑)。