2015年6月27日土曜日

『全員経営』

野中郁次郎先生、勝見明氏の共著。

街作りにおいてはクリストファー・アレグザンダーの『パタン・ランゲージ』という本が1970年代に書かれている。
複雑系である「街作り」というテーマにおいて、今で言うハイパーテキスト型にパターンの組み合わせにより分かりやすく素敵な街とはどういうことかを描写したものだ。
この『全員経営』は、全員経営を実現する「いい会社」をつくり出すための「パタン・ランゲージ」として書かれている。

・実践知の育成と埋め込み
・組織のフラクタル化や自己組織化
・知的機動力の強化
・マトリックス組織からハイバーテキスト型組織へ
・分析的戦略から物語的戦略へ
・サイエンスからアートへ
・知のエコシステムの形成
・コモンセンスの重視
・主体的経験の促進
・失敗の許容
・凡事の非凡化
といった「全員経営」のためのパターンがハイパーテキスト型に(?)書かれている。


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熱力学の第2法則、すなわちエントロピーの法則から言えることは、閉ざされたシステムではエントロピー(秩序のなさの度合いを表す尺度)が増大し、組織にあてはめると組織のポテンシャルが低下するということだ。
この組織ポテンシャルを向上するには、多様性を持続させる開放的なシステムが必要だ。 多様性のみが多様性に対応できる。複雑で多様な環境に対応するには、組織内部にも最少で有効な多様性が必要だ。
最少有効多様性を持つ組織は、誰もが最少のステップを通じて最速のスピードで最大限の知を共有できる。それは、目に見える表面積は最少でも、内部では知が最大限に活用されている球体のような組織である。それ自体がオープンなエコシステムでもあり、だから、環境の多様性に対応できる。
そこでは、個人と個人、個人と組織の間で暗黙知と形式知の相互変換が絶えず行われ、SECIモデルがスパイラルに循環する。
その暗黙知の源泉は、人間存在として、いかによりよく生きるかという主体的な「生き方」の信念や意図に根ざす。その意味で、SECIモデルは人間の生き方につながる知の方法論だと言える。
誰もが傍観者ではなく、主体的にコミットメントせざるを得ない場が生まれ、創造的で効率的な知の循環が起こり、成功確率も高まる。ここに創造性と効率性を備えた組織が生まれる。
つまり、共通善を目指す多様性のある組織こそが組織的知識創造を行い、社会的価値を提供できる。 だからこそ、全員経営のあり方が最も根源的で究極的な姿になるのだ。
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ではSECIモデルとは?

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<SECIモデル>

人間が生み出す知のあり方は、個人的で主観的な「暗黙知」と社会的で客観的な「形式知」の二つの側面に分けることができる。
暗黙知は、言葉や文章で表現することが難しい主観的な知で、個人が経験に基づいて暗黙のうちに持つもの。思いや信念、身体に染み込んだ熟練、ひらめき、もやもやなどは典型的な暗黙知。
形式知とは、言葉や文章で表現できる明示的で客観的な知のこと。
新たな知識創造の源泉は、暗黙知にある。知識とは、個人の主体的な信念や意図を真理に向かって社会的に正当化していくダイナミック・プロセスだからである。
日本は特に暗黙知を重視する精神風土があるが、欧米でもその傾向は高まっている。

知の循環運動が組織やチームで起きる場合、知識創造理論では次の4つのモードを辿ると考える。
(1)まず、個人は周りの世界との相互作用の中で暗黙知を組織的に共創する。これを「共同化」(Socialization)と呼ぶ。
(2)次に、暗黙知を形式知に変換する「表出化」(Externalization)
(3)続いて、形式知を組織内外の他の形式知と組み合わせ、一つの体系としての新たな形式知をつくり出す「連結化」(Combination)
(4)こうして体系化された形式知は行動や実践を通して、新たな暗黙知としてメンバー全員に吸収され、体化されていく。つまり形式知からまた暗黙知へと変換される。「内面化」(Internalization)と呼ばれる。
この知識変換の4つのモードを、共同化、表出化、連結化、内面化の頭文字をとってSECIモデルという。

SECIモデル:組織的知識創造の一般原理
共同化(Socialization):身体・五感を駆使、直接経験を通じた暗黙知の獲得、共有、創出(共感)。暗黙知⇒暗黙知
表出化(Externalization):対話・思索・喩えによる概念・図像の創造(概念化)。暗黙知⇒形式知
連結化(Combination):形式知の組み合わせによる理論モデルの体系化(物語化)。形式知⇒形式知
内面化(Internalization):形式知を行動を通じて具現化、新たな暗黙知として理解・体得(実践)。形式知⇒暗黙知
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この形式知と暗黙知、組織知と個人知がスパイラルアップすることで全員経営に必要な「コモングッド」が共有されるということだ。

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衆知を集める全員経営で、社員一人ひとりが自律分散リーダー人材として発揮する実践知の神髄である即興的な判断力は、出発点として「何がよいことなのか」という共通善(コモングッド)の価値基準を持つことがベースになる
 誰もが共通善の価値基準を共有することで、そこに「場」が形成される。
そうなると利益を追求する企業であっても、職業的な倫理観を共有する共同体的な性格を持つようになる。
全員経営や衆知経営を追求すれば、志を同じくするコミュニティ型経営に行き着く。
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面白いのはここでもアリストテレスの「コモングッド」の概念が出てくることだ。
マイケル・サンデル教授も『これからの「正義」の話しをしよう』の中で、結局自分はアリストテレスのいう「共通善」を決めることが必要だと思っているということを述べていたのが思い出される。
遠回りのようでいて、実は判断の根底には暗黙知たる「共通善」が必要ということか。

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<認知的徒弟制度>

2000年にノーベル経済学賞を受賞した米シカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授によると、人の知的能力は、知能検査で測れる「認知スキル(cognitive skills)」と個人的な気質や資質に関係した「非認知スキル(non cognitive skills)」があり、真面目さ、前向きさ、粘り強さ、忍耐力といった潜在的能力に結びつく非認知スキルが重要であるらしい。

また、ポジティブ心理学の創始者の一人、米ミシガン大学のクリストファー・ピーターソン教授は非認知スキルのうち、人生の満足度や達成度に特に深く関わるものとして以下の7項目を挙げた。
・やり抜く力(Grit)
・自制心(Self-controle)
・意欲(Zest)
・社会的知性(Social-Inteligence=人間関係のダイナミックスを悟り、異なる社会状況に素早く適応する能力)
・感謝の気持ち(Gratitude)
・楽観主義(Optimism)
・好奇心(Curiosity)

ヘックマンらの研究によれば、こうした非認知スキルは手本となる師の個別指導や助言を受け、その人格に感化されながら学び取るもので、「良い習慣」の方法によって伸ばすことが出来るとされる。
すなわち徒弟制度である。

認知スキルは形式知であり、外から教えることができる。一方、非認知スキルは暗黙知で、自ら主体的に体得するしかない。

では暗黙知を必要とする、第一線で機動戦を担う自律分散リーダー人材はどうすれば育成できるのか。
重要なのは質の高い経験である。
人材は実践を通じてしか育成できない。実践に勝る研修はない。自己の能力を最大限発揮せざるを得ない状況を与え、高質の経験知を積ませる。要は極限状態の修羅場を経験させるということだ。
もう一つは、新しい形の徒弟制度
徒弟的な関係の中で、身体性を共有すると、主観が共有され、知が一人ひとりに継承されていく。
結果、全体と部分が相似形を形成するフラクタル組織が生まれ、しなやかな強さを持つようになる。

世界的経営コンサルタント、ラム・チャラン氏がGEやP&Gなどの優良企業で幹部候補がいかに育成されてきたかを調べたところ、全て「アプレンティスシップ(apprenticeship)モデル」だったと言う。
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人を育てるのに徒弟制度が有効であることは知っていたが、認知スキルと非認知スキルというものがあって、非認知スキルを伝承するため徒弟制度が非常に有効であるというのは、言われてみればちょっと目から鱗だった。

もうひとつポイントとしてなるほどと思ったのが「コモングッド」≒「コモンセンス」をベースとした経営ということだ。
「御社は社風が良くて素晴らしい」などとお世辞とも取れる話しをよく社外の方から頂くのだが、この目に見えない「社風」こそ組織の「コモンセンス」につながるものだ。

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<コモンセンスに基づく経営・マネジメント>

哲学者 中村雄二郎氏は、コモンセンスの概念を、アリストテレスに由来する、五感を統合した根源的能力としての「共通感覚」と位置づけた。
これは別の言い方をすれば、人々に埋め込まれた共通の暗黙知と言えるだろう。
普遍的な善と照らし合わせて一番よいバランスを見いだす。
このバランスは足して2で割る妥協ではなく、両立し難いものを両立させ、最善の着地点に落とす「中庸」と呼ぶべきもの。中庸は突き詰めれば、誰もがそれが最善だと感じる共通感覚としての常識に至る。

何が共通感覚かを問うとき、人間としての「生き方」が問われる。その意味で、コモンセンスの経営は「生き方の経営」「存在論の経営」でもある
一方、アングロサクソン型の経営は利益が目的化し、存在論は問わない。だから、ルールによるコンプライアンスが必要になる。
日本は特に1990年代以降、アングロサクソン型の短期利益追求型へと傾斜し、本来持っていたバランス感覚を失った。
ルール作りもアメリカ以上に微細にわたり、オーバーコンプライアンスが組織の活力を削ぐようになってしまった。
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なるほど、他にも事例としていくつかの会社が登場する。
時々開いて読む組織デザインの「パタン・ランゲージ」として近くに置いておきたい本だ。

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