2011年9月25日日曜日

メタボリズムの未来都市展


六本木ヒルズの森美術館で行われてる『メタボリズムの未来都市展』を見て来た。
「メタボリズム」とは、1960年代に黒川紀章や菊竹清訓ら日本の若手建築家・都市計画家グループが開始した建築運動で、新陳代謝(メタボリズム)からグループの名をとり、社会の変化や人口の成長に合わせて有機的に成長する都市や建築を提案したものだ。
今回の『メタボリズムの未来都市展』は今から50年も前に、今の大御所(亡くなった方も多数)達が描いた未来都市の姿を、現代のCG技術も駆使して再現したものである。

模型や写真、図面で展示されている内容は、既に建築されたものもあれば、構想だけで終わってしまっているもの、建築されたものの既にこの世にないものなど、色々なパターンがある。
大きな都市の大風呂敷を拡げた絵図を書きながらも、そのヴィジョンを一つの建築に落としこむという大御所建築家達のスコープの多様性が面白い。都市とは建築の集合体なのだ。都市のヴィジョンを描きながらその構成要素である建築を創り込んでいくのは実は並大抵ではない。「大御所」とは、木を見ながら森をも見れる達人なのだ。(だから大御所になれたということか)

これだけだと、50年間の進歩がないように思えるが、色々な試行錯誤の上50年前には分からなかったことが見えて来た部分が確かにある。
黒川紀章の農村都市計画構想や菊竹清訓の層構造モジュール構想においては、「普通の分譲地や団地のように容れ物をつくってから人を呼ぶのではなく、始めからある既存コミュニティを持ってくる」想定らしい。
生物学者福岡伸一氏の「動的平衡」ではないが、都市もある種の生命体であるので、生命に必要な元素を用意しただけでは生命が生まれないのと同様に都市の要素を単に並べたとしても都市にはならない。
生命が生命足りうるには適切な「時間」という概念が必要なのだ。
恐らく現代を生きる”将来の大御所”達には、既存コミュニティを別の”容れ物”に入れた場合、様々な拒絶反応によりうまく行かないことが理解されているので、「箱」を用意すればそのままコミュニティを移設できるという発想は生まれないであろう。
その点においては、インターネット普及におけるネット社会により、この50年間様々な社会実験とも言える現象が観察されてきたことは、未来都市を考えるにあたっても進歩があるはずだ。

とはいえ、50年前に考案された未来都市像は今を持って「未来」を感じさせるものが多くてビックリである。
50年前の大御所達の想像力がたくましいのか、はたまたそこまで現実が追いついていないのか。
(1952年に始まった鉄腕アトムの誕生日の設定が2003年4月7日だったのに現実はそのスピードで進んでいかなかったのに似ているか)
個人的には、『メタボリズムの未来都市展』にあるような都市は宇宙空間において普及するのではないかと踏んでいるのだか、それを確認するまで生きているやらどうやら。
非常に楽しみである。

2011年9月11日日曜日

イタリアン・バール「エダマメ」

 柏の葉キャンパス駅前のイタリアン・バール「エダマメ」。山形県庄内にある「アル・ケッチャーノ」の奥田政行シェフが監修。
秋口までで一旦お店を閉めるとのことだが、この季節のアウトデッキでの食事は最高!
エダマメやナス、トマトなどの野菜はすぐ隣の畑で収穫されたものがベース。



 奥田シェフのここの料理のベースの味付けは”塩”。上品な味わい。
真ん丸十五夜と隣の畑がまた絶妙にマッチして良い。

2011年9月4日日曜日

『改築上手』

リフォーム関連についても仕事で関係があったので勉強のため読んでみた。
平野俊郎氏と大和ハウス工業総合技術研究所著ということで、正直戸建てよりの感は否めないが、マンションも含めたリフォームに関する知見が書かれていた。

住宅リフォームの市場規模は5兆2591億円(2009年推計)、5兆4000億円(2010年予測)と伸びてはいるもののリフォーム産業は成熟に向かっている。
実は、建設業法の全28業種からなる建設区分のなかに、「リフォーム業」はない。つまり、「リフォーム」という業種は法律上存在しない。
リフォームは歴史の浅い産業であり、何十年も前から専業でやって来た業者はいない。リフォーム業者の出自は大きく分けて3つ。
・住宅設備メーカーが参入したケース。
・塗装業者、内装業者などの専門設備業者が行うケース。
・大手ハウスメーカーがオールラウンドで行うケース。

その他、リフォームとは直接関係ないが、住宅関連に関係する豆知識がいくつか得られた。
○1980年代初頭の北海道で起きた「なみだ茸事件」
オイルショックによる灯油の値上がりに対応するため、北海道の住宅業者は断熱材(グラスウール)を50ミリから100ミリと厚くすることで断熱性能を高めようとした。
壁に防湿層がなかったため、グラスウール内に結露が生じ、壁から床、床から土台木部へと伝い落ちた水や湿気が、木材腐朽菌「なみだ茸」の繁殖に適した環境をつくっていった。

○LEDは目に易しいというメリットもある。
同じ照度の蛍光灯とLEDのもとで、長時間、計算問題を解く。その後、唾液に含まれるアミラーゼの濃度でストレス(疲労度)を比べた所、LEDを使った人の方が少なかったという実験結果がある。
その反面、一般的な白色LEDの光には覚醒効果があることも認められている。

○音が響く部屋にいるとストレスがたまり、疲れやすくなる。同じ大きさの部屋で比較した所、音の残響時間は和室の平均0.3秒に対し、洋室は1秒だった。

○北京の故宮博物院として有名な紫禁城(15世紀初頭に造営)の中枢部地下5〜6mには、粘り気のある物質層がある。これは「煮た餅米と石灰」で、免震的作用を期待したと考えられる。

○日本の鎌倉の大仏も1961年の改修工事の際、将来の大地震に備えて、坐像の下に取り付けたステンレス鋼板がその下の御影石の台の上を自由に滑ることのできる免震構造が採用された。

などなど。
正直、網羅的とは言えないが、楽しくリフォームについて知ることができる。

2011年9月3日土曜日

『都市住民のための防災読本』

主な地震の今後30年以内の発生確率
宮城県沖 99%(M7.5)
三陸沖南部海溝寄り 80〜90%(M7.7)
東海地震 87%(M8程度)
東南海地震 70%程度(M8.1)
南海地震 60%程度(M8.4)
首都直下型地震 70%程度(M6.7〜7.2)
(ちなみに、交通事故や火災で30年以内に死傷する確率は約0.22%。)
今後30年以内にM7クラスの大震災が首都圏を襲うのはほぼ確実だということだ。

大地震に遭遇すると、大都会では「高層難民」「帰宅難民」「避難所難民」という三大「震災難民」が発生する。
この三大震災難民は1923年(大正12年)の関東大震災や、1995年(平成7年)1月17日の阪神・淡路大震災、2004年(平成16年)10月23日の新潟県中越地震では発生していない。今回の東日本大震災で強く認識された部分だ。

内閣府中央防災会議が2005年に公表した「首都直下地震被害想定」(想定:東京湾北部地震 M7.3 冬午後6時 風速15m)によると、死者1万3000人、建物全壊約85万棟、避難者約700万人、112兆円の経済被害、エレベーター閉じ込め事故が30万件発生し、1万2500人もの人が長時間閉じ込められる(これに加えてマンションで18万基のエレベーターが停止、1500人が閉じ込められるとされている)ことが想定されている。

首都圏直下地震の際には、帰宅難民が首都圏で約650万人(都内で約390万人)、地震発生1日後には約540万〜700万人の避難者が発生すると予想されている。
そのうち避難所での生活を強いられる人はおよそ350万人〜460万人と想定されるが、この数字には「帰宅難民」が含まれていないので、地震発生 1日目から大勢の「避難所難民」発生する。

悲しいかな、都内勤務であればかなりの確率で帰宅難民になるということだ。
著者の渡辺実氏は、帰宅難民になったら帰ろうとしないということを提唱している。
どうせ帰り着くことができずに帰宅難民になるくらいなら、首都直下型では恐らく多数発生するであろう負傷者の救助をすべしということだ。

家庭での防災として、災害用備蓄がある。一人一日2〜3リットルということはよく言われているが、震災後の対応でなるほどと思ったのが冷蔵庫の活用だ。
停電になったら、冷凍庫から中身を冷蔵庫の最上段の棚にギッシリ詰め込む。
そして残った冷蔵庫スペースに食材をあまり詰め込まない程度にいれる。
閉めた冷蔵庫のドアをガムテープ(剥がすのが楽な布のガムテープが理想的)で目張りして、開けられないようにすると、これで昔の氷冷蔵庫に早変わり。
食べる時まで絶対に冷蔵庫のドアを開けないことが肝心。
備蓄していた非常用食料で、地震後1〜2日はしのぎ、2〜3日目に冷蔵庫からほどよく解凍された冷凍食品をとり出し、バーベキューを楽しむ。その際、食品には必ず火を通すこと。(だからカセットコンロおよびガスボンベは必需品)

また、非常時のトイレだが、ゴミ袋を便器にかぶせて、猫のトイレ砂を中に入れると簡易「非常用トイレ」となる。(猫のトイレ砂は吸水機能、消臭機能に優れている)

首都圏勤務者の一人であるので、有事には帰宅しない前提で家族と考えておく必要があると強く認識させる本であった。