元CIA諜報員、J・C・カールソンの著作。
インテリジェンス(諜報)の技法には、人工衛星や無人偵察機による「ビジント」(ビジュアル・インテリジェンス、画像諜報)、通信傍受による「シギント」(シグナル・インテリジェンス、通信諜報)、新聞や雑誌、政府や研究機関などのウェブサイトに公開されている公開情報を分析し、そこから秘密情報を読み解く「オシント」(オープン・ソース・インテリジェンス、公開情報諜報)などがある。
中でもインテリジェンスの王道とされるのが、人間を通じて情報を入手する「ヒュミント」(ヒューマン・インテリジェンス、人的諜報)。
この本では、ヒュミントのノウハウをいかにすればビジネスに応用できるかについて掘り下げて書かれている。
いくつか面白いと思った記述をピックアップしてみる。
<動機について>
協力者(情報提供者)は大変危険を伴う仕事なので、よほどの動機がなければ普通は引き受けない。動機は誰もが同じではなく、人によって違う。候補となった人がどういう動機で協力者の仕事を引き受けそうかを事前に知っておけば、諜報員としては依頼がしやすくなる。
金銭が動機になる人もいれば、イデオロギー的な理由が動機になる人もいる。復讐が動機という人もいる。中には、単に面白そうだからという理由で引き受ける人もいる。動機は一つとは限らず、複数が絡み合っていることもある。動機の種類は人の数だけあるといってもいい。
動機は「弱み」と言い換えることもできる。動機、弱みを的確に見極め、それを利用して協力者を得ることは諜報員の大切な仕事である。
なるほど。動機は弱みと直結しているのか。
<レッドセル>
CIAには「レッドセル」という部署がある。
あらゆる陰謀を妄想し、あらゆる事態(いわゆる最悪の事態)を予測するらしい。
この考えを活かした妄想演習というのが面白い。
・競争相手(競合企業)を二社設定する。一方は保守的な相手で、あくまで法律の枠の中で行動し、それを逸脱したことはしない。もう一方は何をするかわからない相手で、法律や倫理を一切無視した行動をする。欲しいものを手に入れるためなら手段を選ばない。
・まず自社の強み、競争力の源泉となっていることを列挙してみる。つまり競争相手の標的になりそうなことを列挙する。
・次に、自分の弱点、弱みとなりそうなことを列挙する。
・最後に、二社の競争相手はどのように弱みを突いてくるか、また強みをどうやって奪おうとするか、その可能性を考える。競争相手が使いそうな手段や方法を出来るだけ多く考え列挙していく。
想定相手に、「遵法主義の企業」を入れている点が面白い。確かに手段を選ばない相手だけを想定していると、遵法主義企業からグレーゾーンについてのイリーガル性をついてくるという手法は十分に考えられる。
<CIAで求められる人材>
CIAで求められるのは、状況によっては国のために嘘をつき、人を騙し、時には盗みを働くことすら厭わない人間である。
これまでの人生で悪いことなど一切したことがないにもかかわらず、いざとなれば悪事すら見事にやってのけなければならない。本来、厳しい道徳観念をもっているけれども、いざというときにはそれに反する行動がとれる、そういう人材が必要なのだ(普段はボーイスカウトのメンバーのようだが、裏の顔を隠し持っているという人物が理想ともいわれる)。 あまりに逆説的な要件なので、私はCIAの採用担当者に決してなりたいと思わない。
こんな人をそんなに高くない報酬で(CIAってそんなにびっくりするような報酬ではないらしい)雇えるのか。その人事戦略についても記述されていて、これは普通の企業においても十分参考になる内容である。
<CIAの人事戦略>
この戦略は優秀な人材をひきつけ、定着させるだけでなく、組織が高い業績をあげるのにも役立っている。
①次々に新しい仕事を与える〜優秀な人材は停滞を嫌う。
②社員の履歴書が充実するような肩書きや地位を会社に用意する。
③重要な仕事ほど、任せる人は純粋に能力と人間性だけで決める。
④部門横断的なチームを編成し、退屈な仕事にもやりがいをもたせる。
⑤一匹狼にも居場所をつくる
④の部門横断チームはあくまでも実際上の必要から生まれたもので、職員を教育するためのものではない。しかし、部門を超えた交流を通じて皆が互いの理解を深めていくことは、組織がより強くなることにつながる、というのも非常に納得。
CIAにも色々なタイプの人間がいるらしい。
出世欲が強く、一刻も早く昇進して上級の管理職になりたいと思う人も大勢いる一方で、管理職には興味がなく、ずっと現場でひとりスパイ活動をしたいと思う人もいる(後者のタイプの諜報員は、CIA本部のことを「デススター」などと呼んだりする。そして本部のマネージャーになることを回避するためならば、あらゆる努力をする) 幸い、CIAの組織構造は、どちらの人間にもうまく対応できるようになっているとのこと。
<「共食い」をするサメのような人物は排除する>
ビジネスの世界には、「サメ」のように行動することを良しとする業界もある。職種によってはそういう姿勢が称賛されることもあるだろう。攻撃的であればあるほどいいということだ。(弁護士や営業職などがそうだろう)
強気、大胆、、怖いもの知らずという態度自体は全く悪くない。ともかく脇目も振らずに目標を追求する人は多い。他のことには目もくれず、獲物に突進するところはまさに「サメ」である。
部下にサメのような攻撃性を求めるマネージャーも多い。なりふりかわまず、仕事をやり遂げるような部下を評価する。
ただ問題は、サメは共食いをするということだ。
マネージャーはやがて痛い目にあり、それを身をもって知ることになる。サメの攻撃は、時に外ではなく内に向かうのである。
なるほど、「サメは共食いする」のか。でもこっちがサメじゃなくてもサメは喰いにくる訳で、サメを育てないようにしないのはもちろん、サメには喰われないように警戒するとしよう。
<その他CIA関連で面白かった記述>
◯「誠実で信頼できる」と他人に思ってもらうことは、株式をもっているにも等しい。状況が厳しいときにこそ、その株式は「配当」を与えてくれる。
・・CIA職員って普段はボーイスカウトメンバーみたいというのを表している記述。
◯CIAの諜報員は「信じよ、ただし検証はせよ」という言葉をマントラのように唱えている。
・・基本が性悪説なのか性善説なのかよく分からないけど、性善説を信じつつ性悪説に基づいて行動せよ、ということか。
◯CIAの諜報員は世界最高の「セールスマン」だ。これは間違いない。
・・我々は誰でも何かを提案(売り込んでいる)セールスマン。CIA諜報員はそのトップクラスということ。
最後に佐藤勝氏のコメントが面白かった。
<できるだけ嘘をつかない>
情報操作は嘘ではない。特別の編集を行って情報を流しているにすぎない。情報操作(ディスインフォメーション)と誤報・虚報(ミスインフォメーション)は別範疇の問題だ。
・・嘘はいかん。ただ全てを話す必要はない、ということ。情報操作も社内でやり過ぎると信用を失うような気がするが。。
<アートとテクノロジー>
そもそもヒュミントや分析について、インテリジェンス機関には、大きく分けて2つの類型がある。
第一類型は、ヒュミントや分析を「テクノロジー」(技術)と考える。従って、基本的な能力がある人ならば、適切な教育と訓練を受けることで、誰でもヒュミントや分析の専門家になれると考える。
日本の官僚養成と同じ発想だ。米国、ドイツ、フランス、カナダ、オーストラリアなど西側主要国はこのような考え方でインテリジェンス専門家を養成している。
第二類型は、ヒュミントや分析は、天賦の才のある人が行う「アート」(芸術)だと考える。
英国はこの考え方に基づいてインテリジェンス活動を行っている。さらにイスラエルとロシアも究極的にインテリジェンスはアートだと考えている。
CIA諜報員のインテリジェンス・スキルが「アート」ではなく「技術(テクノロジー)」だからこそ、「再現可能性」があり、我々がビジネスで活用できるノウハウになっているということだ。
インテリジェンス(諜報)の技法には、人工衛星や無人偵察機による「ビジント」(ビジュアル・インテリジェンス、画像諜報)、通信傍受による「シギント」(シグナル・インテリジェンス、通信諜報)、新聞や雑誌、政府や研究機関などのウェブサイトに公開されている公開情報を分析し、そこから秘密情報を読み解く「オシント」(オープン・ソース・インテリジェンス、公開情報諜報)などがある。
中でもインテリジェンスの王道とされるのが、人間を通じて情報を入手する「ヒュミント」(ヒューマン・インテリジェンス、人的諜報)。
この本では、ヒュミントのノウハウをいかにすればビジネスに応用できるかについて掘り下げて書かれている。
いくつか面白いと思った記述をピックアップしてみる。
<動機について>
協力者(情報提供者)は大変危険を伴う仕事なので、よほどの動機がなければ普通は引き受けない。動機は誰もが同じではなく、人によって違う。候補となった人がどういう動機で協力者の仕事を引き受けそうかを事前に知っておけば、諜報員としては依頼がしやすくなる。
金銭が動機になる人もいれば、イデオロギー的な理由が動機になる人もいる。復讐が動機という人もいる。中には、単に面白そうだからという理由で引き受ける人もいる。動機は一つとは限らず、複数が絡み合っていることもある。動機の種類は人の数だけあるといってもいい。
動機は「弱み」と言い換えることもできる。動機、弱みを的確に見極め、それを利用して協力者を得ることは諜報員の大切な仕事である。
なるほど。動機は弱みと直結しているのか。
<レッドセル>
CIAには「レッドセル」という部署がある。
あらゆる陰謀を妄想し、あらゆる事態(いわゆる最悪の事態)を予測するらしい。
この考えを活かした妄想演習というのが面白い。
・競争相手(競合企業)を二社設定する。一方は保守的な相手で、あくまで法律の枠の中で行動し、それを逸脱したことはしない。もう一方は何をするかわからない相手で、法律や倫理を一切無視した行動をする。欲しいものを手に入れるためなら手段を選ばない。
・まず自社の強み、競争力の源泉となっていることを列挙してみる。つまり競争相手の標的になりそうなことを列挙する。
・次に、自分の弱点、弱みとなりそうなことを列挙する。
・最後に、二社の競争相手はどのように弱みを突いてくるか、また強みをどうやって奪おうとするか、その可能性を考える。競争相手が使いそうな手段や方法を出来るだけ多く考え列挙していく。
想定相手に、「遵法主義の企業」を入れている点が面白い。確かに手段を選ばない相手だけを想定していると、遵法主義企業からグレーゾーンについてのイリーガル性をついてくるという手法は十分に考えられる。
<CIAで求められる人材>
CIAで求められるのは、状況によっては国のために嘘をつき、人を騙し、時には盗みを働くことすら厭わない人間である。
これまでの人生で悪いことなど一切したことがないにもかかわらず、いざとなれば悪事すら見事にやってのけなければならない。本来、厳しい道徳観念をもっているけれども、いざというときにはそれに反する行動がとれる、そういう人材が必要なのだ(普段はボーイスカウトのメンバーのようだが、裏の顔を隠し持っているという人物が理想ともいわれる)。 あまりに逆説的な要件なので、私はCIAの採用担当者に決してなりたいと思わない。
こんな人をそんなに高くない報酬で(CIAってそんなにびっくりするような報酬ではないらしい)雇えるのか。その人事戦略についても記述されていて、これは普通の企業においても十分参考になる内容である。
<CIAの人事戦略>
この戦略は優秀な人材をひきつけ、定着させるだけでなく、組織が高い業績をあげるのにも役立っている。
①次々に新しい仕事を与える〜優秀な人材は停滞を嫌う。
②社員の履歴書が充実するような肩書きや地位を会社に用意する。
③重要な仕事ほど、任せる人は純粋に能力と人間性だけで決める。
④部門横断的なチームを編成し、退屈な仕事にもやりがいをもたせる。
⑤一匹狼にも居場所をつくる
④の部門横断チームはあくまでも実際上の必要から生まれたもので、職員を教育するためのものではない。しかし、部門を超えた交流を通じて皆が互いの理解を深めていくことは、組織がより強くなることにつながる、というのも非常に納得。
CIAにも色々なタイプの人間がいるらしい。
出世欲が強く、一刻も早く昇進して上級の管理職になりたいと思う人も大勢いる一方で、管理職には興味がなく、ずっと現場でひとりスパイ活動をしたいと思う人もいる(後者のタイプの諜報員は、CIA本部のことを「デススター」などと呼んだりする。そして本部のマネージャーになることを回避するためならば、あらゆる努力をする) 幸い、CIAの組織構造は、どちらの人間にもうまく対応できるようになっているとのこと。
<「共食い」をするサメのような人物は排除する>
ビジネスの世界には、「サメ」のように行動することを良しとする業界もある。職種によってはそういう姿勢が称賛されることもあるだろう。攻撃的であればあるほどいいということだ。(弁護士や営業職などがそうだろう)
強気、大胆、、怖いもの知らずという態度自体は全く悪くない。ともかく脇目も振らずに目標を追求する人は多い。他のことには目もくれず、獲物に突進するところはまさに「サメ」である。
部下にサメのような攻撃性を求めるマネージャーも多い。なりふりかわまず、仕事をやり遂げるような部下を評価する。
ただ問題は、サメは共食いをするということだ。
マネージャーはやがて痛い目にあり、それを身をもって知ることになる。サメの攻撃は、時に外ではなく内に向かうのである。
なるほど、「サメは共食いする」のか。でもこっちがサメじゃなくてもサメは喰いにくる訳で、サメを育てないようにしないのはもちろん、サメには喰われないように警戒するとしよう。
<その他CIA関連で面白かった記述>
◯「誠実で信頼できる」と他人に思ってもらうことは、株式をもっているにも等しい。状況が厳しいときにこそ、その株式は「配当」を与えてくれる。
・・CIA職員って普段はボーイスカウトメンバーみたいというのを表している記述。
◯CIAの諜報員は「信じよ、ただし検証はせよ」という言葉をマントラのように唱えている。
・・基本が性悪説なのか性善説なのかよく分からないけど、性善説を信じつつ性悪説に基づいて行動せよ、ということか。
◯CIAの諜報員は世界最高の「セールスマン」だ。これは間違いない。
・・我々は誰でも何かを提案(売り込んでいる)セールスマン。CIA諜報員はそのトップクラスということ。
最後に佐藤勝氏のコメントが面白かった。
<できるだけ嘘をつかない>
情報操作は嘘ではない。特別の編集を行って情報を流しているにすぎない。情報操作(ディスインフォメーション)と誤報・虚報(ミスインフォメーション)は別範疇の問題だ。
・・嘘はいかん。ただ全てを話す必要はない、ということ。情報操作も社内でやり過ぎると信用を失うような気がするが。。
<アートとテクノロジー>
そもそもヒュミントや分析について、インテリジェンス機関には、大きく分けて2つの類型がある。
第一類型は、ヒュミントや分析を「テクノロジー」(技術)と考える。従って、基本的な能力がある人ならば、適切な教育と訓練を受けることで、誰でもヒュミントや分析の専門家になれると考える。
日本の官僚養成と同じ発想だ。米国、ドイツ、フランス、カナダ、オーストラリアなど西側主要国はこのような考え方でインテリジェンス専門家を養成している。
第二類型は、ヒュミントや分析は、天賦の才のある人が行う「アート」(芸術)だと考える。
英国はこの考え方に基づいてインテリジェンス活動を行っている。さらにイスラエルとロシアも究極的にインテリジェンスはアートだと考えている。
CIA諜報員のインテリジェンス・スキルが「アート」ではなく「技術(テクノロジー)」だからこそ、「再現可能性」があり、我々がビジネスで活用できるノウハウになっているということだ。
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