2015年8月2日日曜日

『新戦争論』

池上彰氏と佐藤優氏の対談。
この二人、どちらも話しが「分かりやすい」。
しかしこの二人は趣向の違うわかりやすさである。
佐藤氏のは発言が直球なので「分かりやすい」。池上氏のは広範な知識から説明の仕方を練り上げている感じで「分かりやすい」。
そんな二人の対談。
『新戦争論』とあるが、国際情勢全般という感じで勉強になった。


<集団的自衛権について>

・実際には「集団的自衛権」なるものが発動されるケースなどない(「個別的自衛権」で十分)
・「戦闘状態の地域には自衛隊は行かない」というのが、今回の集団的自衛権に関する閣議決定の縛り。これは公明党が従来の枠組みを超えて、自衛隊が海外に出動できないようにねじを締めた、という見方もできる。
・「イスラム国」やアルカイダなどは主権国家というカテゴリーではない。サイバー空間における攻撃も考えられる。21世紀の戦争においては、「個別的自衛権」と「集団的自衛権」を区別して対応するのはそもそも無理。


国際情勢については、中国、朝鮮、アメリカなど様々なエリアについて書かれているが、二人とも中東についての知見がすごいので、自ずと中東問題については紙面を割くことになっている。

<イスラム教概説>

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イスラム教徒は大きく「スンニ派」「シーア派」に分かれる。預言者ムハンマドが亡くなった後の後継者選びに端を発する対立。
ムハンマドの後継者は「カリフ」と呼ばれ、預言者の代理人。このカリフには、ムハンマドの血筋を引く者がなるべきだという信者と、ムハンマドの信頼が厚く、信者からも信頼されている人を据えるべき信者とで意見が分かれた。
当初の三代は、血筋重視よりも、ムハンマドの信頼があったほうの後継者が続いた。
四代目でようやくアリーという、ムハンマドの従兄弟であり、かつムハンマドの娘と結婚した男がカリフになった。その子供は、ムハンマドの血を引いていることになる。
アリーとアリーの血を引くものこそがカリフに相応しいと考える信者達は「アリーの党派」と呼ばれ、やがてただ「党派」と呼ばれるようになった。 党派のことを「シーア」と呼ぶため、シーア派と称される。
一方、血統にこだわらないでイスラムの習慣を守ればいいと考える信者達は、「慣習(スンナ)派」と呼ばれた。(日本や欧米では「スンニ派」)
全世界のイスラム教信者の85%がスンニ派が占め、シーア派は15%。スンニ派の大国がサウジアラビア、シーア派の代表的な国がイラン。
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<シリア情勢>

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もともとシリアでは、イスラム教シーア派系のアラウィ派のアサド一族が、国民の70%を占めるスンニ派の住民を抑圧する構造になっていた。 今のシリアのバッシャール・アル=アサド政権は、アラウィ派によって成り立っている。
アラウィ派がシーア派だとされたのは1974年くらいからなので、イスラム教の長い歴史の中ではつい最近のこと。
それもアラウィ派がレバノンのシーア派に認証を強いた結果。
アラウィ派というのは「アリー」、つまり第四代カリフだったアリーに従う者、という意味。いうなれば、「自分達アラウィ派はアリーに従う者なのだから、シーア派として認めて欲しい」という理屈。
しかし、イスラム本来の教義においては、人が死んだらこの世の終わりがくるまで地下で眠って待つ。そして終末のときに、死んだ人は、みんな土の中から蘇り、神の前で最後の審判を受けて天国へいく者と地獄へいく者とに分けられる。
ところが、アラウィ派は輪廻転生を認めていて、現世で悪いことをすると犬畜生に生まれ変わることもあるという、ヒンズー、仏教的な、いかにもアジア的な要素が入っている。
だからスンニ派からしてみれば、イスラム教として認め難い。
そもそもアラウィ派は輪廻転生説が中心。シリアの北西部に神殿があり、そこにキリスト教崇拝も加わっているが、何よりも特徴的なのは、基本的に同族結婚であること、あの地域の被差別民だということ。
シリアは、第一次大戦が終わった1918年、それまでの植民地支配から国際連盟のもとでフランスが委任統治をすることになった。
すると、フランスは現地の行政、警察、そして秘密警察までをアラウィ派に担わせた。
政治を全て被差別民にまかせることで、フランスへの依存から逃れられないだろうという計算があった。

シリア問題の第二のポイントは、シリアには野党勢力がないという点。
一連の「アラブの春」では、ほとんどの国で「ムスリム同胞団」という反政府勢力の名前が聞かれた。これはエジプト出自の組織。
そのムスリム同胞団がシリアにはいない。かつてはいたが、現在のバッシャール・アル=アサド大統領の父親のハーフィズ・アル=アサド前大統領が皆殺しにしてしまった。
シリアでは少数派であるアラウィ派のアサド政権が、多数派のスンニ派住民を抑圧してきたので、スンニ派住民が自由を求めて決起した。
アサド政権がこれを弾圧すると、政府軍の中にも自国民を殺すのは嫌だ、という離反者が出て「自由シリア軍」をつくって内戦状態になった。
そこにスンニ派国家サウジアラビアやカタールが大きく支援を入れて、反政府勢力が豊富な資金と軍事物資を持つようになった。
その自由シリア軍と政府軍がぶつかり合っているところに、レバノンからシーア派の過激組織ヒズボラ(神の党)がアサド政権の支援に入って、一気に政府側が盛り返す。
サウジアラビアとカタールも、シリアに自前の反体制派を抱えていたが、最終的にはそこにアルカイダ系の人間が入り込んだため、ますます収拾がつかなくなった。

そこにつけこんだのが、「イラク・シリアのイスラム国(ISIS)」、今の「イスラム国(IS)」。
はじめはイラクのスンニ派地域に「イラクのイスラム国」という名のごく少数の勢力として存在していて、支持拡大は果たせなかった。
ところが隣国のシリアで紛争が始まったので、しめたとばかりに「シャーム(シリア・イラク地域)のイスラム国」と名前を変えて潜り込んでいった。喩えていうなら、1970年前後の日本の革命運動勢力の一部がやったような一種の「加入戦術」。反政府勢力に入り込んで横取りしていく作戦。
彼らは、まるで親アサド派であるように、どんどん勢力を伸ばし、イラクに凱旋して戻ってきた。この過程で世界各地から「聖戦に参加したい」という若者達を集めて組織を大きくした。
そして、シーア派のマリキ政権によって不利な立場に追いやられていたスンニ派住民の支持を受けて、イラク北西部を制圧し、首都バグダッドに向けて進軍を開始した。一時はイラク政府軍が総崩れになるところまでいった。
もともとアルカイダ系だったが、あまりの特殊さと残虐さゆえにアルカイダからも破門されてしまった過激な組織。

シリアは2014年6月3日に大統領選挙を実施し、複数の大統領候補が初めて出たことを世界に誇示したが、本当に重要なことは、ダマスカスから北西部に至る地域においても人々がちゃんと投票にいった、つまり政府が実行支配していることが国際社会に対しても明らかになったこと。近い将来にアサド政権がつぶれることがないということがはっきりした。だから、シリアで活動していた「イスラム国」の連中も「アサド政権はまだもつ。いま戦っても勝てない」と、シリアよりも国家統治機能が弱いイラクに移動した。
それと彼らがイラクに移動したのは、油田の獲得。シリア最大のオマル油田を押さえたが、日量7万バレル程度の産出量。イラクの油田はクルド族が押さえているキルクーク油田だけでも1日数十万バレルは産出できる。
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<スンニ派について>

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スンニ派は4つの法学派から成り立っている。
まずハナフィ−法学派。これはトルコに多い。
次にシャーフィイー法学派。これはインドネシアと、ロシアの北コーカサスにいる。
それからマーリキ法学派。エジプト、チュニジア、リビアにかけての地域にいる。
上記三つは忘れてもいい。各社会の慣習や祖先崇拝と適宜折り合いをつけていて過激になりにくい。
過激な運動が出てくるのは、四番目のハンバリー法学派。これは原理主義そのもの。
コーランとハディース(ムハンマドの伝承集)しか法源として認めない。だからお墓に一切価値をおかないし、聖人を認めない。
アメリカが「オサマ・ビン・ラディンの墓が出来るとそこが聖地になる危険性がある」と言ったことがあるが、彼らの教義からしてあり得ない。

このハンバリー派の中のかなり急進的なグループがワッハーブ派。これは他称で、自分達ではワッハーブ派とは言わない。
サウド王家のサウジアラビアの国教がこれ。
そしてちょっと乱暴に整理すると、ワッハーブ派の中の最大の過激派で武装集団であるのがアルカイダや「イスラム国」。
その考え方は、アラーは御一人であり、それに対応して天上の法律も一つ、地上の法律も一つ。従って、一つの法律を一つの国家、カリフ国家が体現して、それを支配するのがカリフ皇帝であるという独裁制を狙っている。
サウジアラビアも建前はそう。ところが「今のサウジアラビアは何だ。酒を飲んだりしてけしからん」とオサマ・ビン・ラディン達は非難した。
それに対しては「コーランでは葡萄でつくった酒を飲んだらいかんとされているだけだ。ウィスキーは飲んだって構わない」とか言い訳している。

問題なのは、今、世界的にハンバリー法学派が増える傾向にあること。
キリスト教だと、
メソジスト派だったら関西学院大学や青山学院大学、
バプテスト派だったら西南学院大学、
カトリックだったら上智大学、南山大学、
長老派(カルヴァン派)だったら明治学院大学(アメリカだとプリンストン神学校)、
会衆派だったら同志社大学(アメリカだと)シカゴ神学校
と分かれていて、各派の間の交流はあまりない。
それに対して、イスラムのムスクには神学校が付属しているが、そこでは四学派を全部教えている。 だからハンバリー派に関する知識もみんな持っている。
イスラム世界が動揺すると、本来ハナフィー派やシャーフィイー派で、ハンバリー派が強くなかったところでも、急激に原理主義的なハンバリー派の影響が強まる傾向がある。彼らは複合アイデンティティを持っていて、どのアイデンティティがどの位相で出るかが短期で変わる。
アメリカは分かっていないので、イランのシーア派は「悪い原理主義」だが、サウジのスンニ派は「善い原理主義」だという二分法でアフガニスタンのビン・ラディン達を支援した。イギリス人とロシア人はこのあたりが分かっている。
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<イラン〜シーア派について>

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1979年のイラン・イスラム革命をおさらいすると、ホメイニは12代目のイマームがお隠れになった後(ガイバ状態)、再来するまでの間は、イスラムの教えを極めた人間、イスラム法学者の中の最も優れたアヤトラと呼ばれるイスラム法学者が代わって政治をすればいい、という理論を打ち出した。これを「ベラヤテ・ハキーフ(イスラム法学者による統治)」という。
それに基づいてイラン・イスラム革命が起きて、ホメイニが最高指導者になり、現在はハメネイが最高指導者を継いでいる。
イスラム法学者は頭にターバンを巻いている。白と黒があって、黒いターバンはムハンマドの血筋を引く人を意味している。位は高いのだが、ムハンマドもアリーもアラブ人なのでアラブ系ということになる。
イラン人はペルシャ系で伝統的にアラブとは仲が良くない。ハメネイ師のような黒いターバンを巻いている人はイスラム教シーア派としては尊敬すべきではあるものの、アラブ系であるために一般のイラン人からは敬遠される存在でもある。

シーア派の特徴として、嘘をついていい、ということがある。
シーア派はイスラムの中で非主流派。主流派のスンニ派はインチキなんだから、インチキに対しては「お前はシーア派か?」と問われたら 「とんでもない。私はスンニ派です」と答えてもいい。コーランの中にも、最後の最後には自分の身を守りイスラムを守るためなら嘘をついてもいい、というニュアンスの文言が出てくる。
とにかくこの世は暗黒だ。だから嘘をついてもいい、という話し。
嘘をついてもいいというのがルールに入ると、外交も政治もものすごく複雑になる。「合意は拘束する」というのがローマ法の原則として西側社会の原理になっている。
しかし、「約束はしたけれども、約束を守るとは約束していない」というのが含まれると、メタ理論が入ってきて、ものすごい複雑系になる。
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面白かったのが、イランの『一時婚』の話し。
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イランでは時間婚(一時婚)というのが発達している。結婚時間3時間、慰謝料3万円とか。ロンドンに行くとエスコートクラブがたくさんある。あれは「結婚」斡旋所。
イスラムでは売春は死刑、それも石打ちの刑。拳くらいの大きさの石をぶつけて時間をかけて殺す。
このエスコートクラブは「売春」ではなく、3時間の結婚で、別れるときは慰謝料300ポンドという整理。
アルカイダのアル=ザルカウィの演説はひたすらそれを批判している。「シーア派なんていうのはとんでもない。あんなのはイスラムじゃない。売春を合法化している」
サウジアラビアでは、結婚は「同時に4人まで」の枠さえ守ればいいので、王族には妻が延べ十数人という例がある。だからオサマ・ビン・ラディンだって兄弟が40人とかすごくたくさんいる。
ただ、そうしないと各部族のバランスが取れないため、別に自由恋愛で結婚している訳ではない。結婚が政治になっている。
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でも日本の戸籍制度みたいに「婚姻履歴」を残さなければならなくなったら、一時婚も結構大変そうだ。

シリアの話し一つとっても宗教および歴史から学んでいかないと、ほとんど理解が進まない。
中東は気合いを入れて学ばないと把握できないエリアなのだ。


<新戦争論>

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クラウゼヴィッツの『戦争論』。テーゼは「戦争は政治の延長である」
ベルリンの壁崩壊から四半世紀が経ち、戦争と政治の境界線が再びファジーになってきている。「核兵器がつくられて以来、クラウゼヴィッツは無効になった」と言われていたが、人類には核を封印しながら適宜戦争をするという文化が新たに生まれている。

私(佐藤勝)が数年前から「新帝国主義」と言うようになった理由は、一つにはフランシス・フクヤマの『歴史の終わり』のような、自由民主主義が到達点に達し、歴史が終焉師、退屈な時代になったという考えは間違っているといこと。
グルジア情勢が悪化したときに「新冷戦」といわれたけれどもそれも間違いだということ。
冷戦の一番の特徴は、イデオロギー対立だった。ところが、グルジア情勢をめぐるグルジア、ロシア、アメリカの対立には、イデオロギーの対立はどこにもない。典型的な領土争いであって、旧来型の帝国主義の対立。
では、なぜ「新」なのか。
一つは、帝国主義の特徴は全面戦争をすることだったが、そうせずに局地戦にとどめている。おそらく制約要因は核兵器。帝国主義国が核兵器を持っているから。
もう一つは、植民地を獲得しようとしないこと。第二次世界大戦の経験で、植民地の経営にかかるコストが認識されたから。
植民地を持たず、全面戦争もしないけれども、帝国主義だから「新帝国主義」。

新帝国主義の特徴は、ホブソンとレーニンの帝国主義論の延長線上にあって、要するに資本の過剰がその背景にある。お金が儲かるような投資対象が国内にないから、金融を中心として外に投資して儲けようとする。
外交面においては、ニュートン的な力学モデル。すなわち力による均衡。新帝国主義国は、相手国の立場を考えずに自国の立場を最大限に主張する。相手国が怯み、国際社会が沈黙するなら、そのまま権益を強化していく。他方、相手国が必死に抵抗し、国際社会も「やり過ぎだ」という場合には譲歩する。それは譲歩をした方が結果として、事故の利益を極大化できるという判断によるもの。
これは非常に古典的な力学モデルで、ある意味では、新自由主義的、新古典派的な市場モデルと似ている。強いて言うと、動学的均衡モデルに似ている国際関係。

近年「近代の超克」の再評価があるようだが、「近代」は超克などできない。
「近代」というのは、自由、平等、友愛。
「自由」というのは、おそらく「資本」のこと。資本の自由な動き。そうすると、それがとんでもない格差を生み出すのは当然のこと。
「平等」というのは、力が背景にないと実現できない。その力とは、おそらく「国家」。国家機能によって平等を実現していく。これは独裁制にも帰結する。平等を追求するとそうなる。イスラム帝国というのは、おそらく「平等」の考え方から出てくる。しかし、全ての人を平等にするためには、圧倒的に強い人が必要になる。
「友愛」というのは、柄谷行人さんが「ネーション」と呼ぶものに近い。
「交換様式Aは、交換様式Cの浸透、つまり、資本主義経済の発展の下で、解体されていく。具体的にいうと、共同体が解体されてしまう。そして、それを想像的に取り戻すのがネーション。ネーションにおいて、人々は平等であり相互扶助的であると『想像』される。むろん、ネーションは、資本と国家を越えるものではなく、それらがもたらす矛盾を想像的に解決するものでしかない。こうして、資本=ネーション=国家という三位一体的なシステムが出来あがる」
『帝国の構造ー中心・周辺・亜周辺』 しかし、友愛は、実のところ、ネーションではなく「エスニシティ」、つまりエスニックな集団だろう。自分達は血筋が一緒、文化が一緒と信じていて、外からもそう認知されているグループ。経済合理性と違う原理で助け合う人たちのこと。

「自由」「平等」「友愛」という、この三つが、資本主義システムの中に埋め込まれている。三つのうち、いずれかが強くなると別のものが出てきてそれを抑える。
一番目の「自由」によって、新自由主義的な形で経済の力が大きくなり過ぎて格差が拡がる。すると、システムが壊れてしまうからというので、「国家」が出てきて制御しようとする。それから別の形においては、エスニシティが出てくる。
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佐藤氏の論の中で、「「自由」というのは、おそらく「資本」のこと」と述べていてこれが若干論理の飛躍があり説明を要する部分の要なきがするが、
橘玲氏が『(日本人)』で「チンパンジーの正義」として、
①所有の概念⇒自由
②平等の概念
③序列の概念⇒共同体(友愛)
だからフランス国旗に表されている近代を形作る3つの原理「自由・平等・友愛」はチンパンジーも持っていることが動物行動学により判明している、という論理から類推できるかもしれない。
(「チンパンジーの正義」における所有権とは「そのモノを自由にすることが出来る権利」という考え方。ちょっと飛躍するけど佐藤氏の理屈は、「資本」を持つことで「人・モノ・情報」を「自由」にすることが出来るということか)


他にも、チベットのダライ・ラマとパンチェン・ラマの話し、ソビエトの「半国家」「過渡期国家論」の話し、遠隔地ナショナリズムの話し、北朝鮮の基本方針の話し、領土問題の話し、アメリカのラティーノの話し等々、国際情勢に関する初めて聞く話しが満載。

池上氏、佐藤氏の情報収集の仕方等も書かれていて新書版なのに非常に参考になった。


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