2017年4月19日水曜日

『ゴールベース資産管理入門』

懇意にさせてもらっている某社長に勧められて読んだ本。
金融的な話が多かったが、投資家が陥りがちな心理的バイアスの話も多くて楽しみつつ参考になった。

<ゴールベースのアプローチとは>

「金融(ファイナンス)」という言葉の成り立ちに注目すると、個人の状況に合わせたゴールベースのアプローチは、この言葉の本来の意味とかなり共通していることがわかる。
「金融(finance)」という言葉は、ラテン語で主観的とか目標を意味する「finis」に由来している。
それゆえ金融とは、よく考えれば、個人のゴールを実現するためにお金を管理することなのだ。
そして、リスク管理とは、こうした目標が実現できなくなるかもしれないという可能性を最小化するために資産を守ることなのだ。人々が経験する本当のリスクとは、運用ポートフォリオのボラティリティのことではないのだ。そうではなく、自分の目標を達成できなくなる可能性なのだ。
このようにゴールに基づいてリスクを定義することには二つの意義がある。
一つは、主観的な、人間的な文脈の中で「リスクを具体化していること」。
もう一つは、リスクを評価する「時間軸を伸ばしていること」。


この本はブリンカー・キャピタルという投資コンサル会社の二人が書いたもので、端的にいうと、インデックス投資との比較をやめて、個々人のゴールを目標とした投資を長い目で見て行うことを勧めたものである。


<投資家の行動ギャップ>

「平均的な個人投資家」と「よく知られた資産クラスの市場インデックス」の間にある、非常に大きなパフォーマンスギャップがあることがダルバー社(ボストンを拠点とする独立系金融リサーチ会社)によって確認されている。
この投資家の合理的でない行動が引き起こすパフォーマンスの劣化を「行動ギャップ」とも呼び、このギャップが存在すること(パフォーマンス劣化が起こること)を「ダルバー効果」という。
例:1984年1月1日→2013年12月31日までのS&P500指数の年率リターンが11.11%なのに対し、株式ファンドの投資家の平均年率リターンは3.69%。


この投資家の行動ギャップが発生する、投資家の心理的原因として3つの要素がある。


<投資家の非合理行動の「3つの柱」>

①「単純さを求める気持ち」
人は簡単なものが好きで、簡単でなければ頭の中で簡単なものに置き換えてしまうほど(ヒューリスティック)。また、複数の見方のできるものを簡単に単一の立場から見る(フレーミング)、お金を心理的に分ける(メンタル・アカウント)なども起こる。
②「安全性を求める気持ち」
人は安全(に感じられるもの)が好き。特に集団に従った行動をして安全だと思いたいことで、群集行動(ハーディング)が起きることもある。
ハーディングは投資パフォーマンスを悪化させることが多く、「人の行く裏に道あり花の山」という有名な投資の格言の裏付けになっている。
③「確かなことを求める気持ち」
人は確かなことが好き。自分が一度決めたことを確かだと思いたいために、否定するものが見えなくなるという「確証バイアス」が生じる。また、有名な専門家を過剰に信頼する気持ち、長期よりも確かな短期の意思決定を好む。


この群集行動(ハーディング)が主なきっかけとなってLTCM破綻が起こっていたりしていたということで、投資家の心理的なバイアスは馬鹿にはできないという教訓。

<LTCMの破綻>

投資家の効率性に関する考え方に反するもう一つが「裁定取引に対する制約」、つまり非効率的な価格設定からいつも鞘を抜くトレーダーが、制約のためにそうした行動を取れないという議論。
この裁定取引に対する制約が持つ影響力の大きさを知らしめたのが、ロング・ターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)。
LTCMは、複雑な数式モデルを使って、流動性の格差がもたらす国債の非効率的な価格設定から鞘を抜いていた。こうしたコンバージェンス・トレードと呼ばれる方法を通じて、LTCMは高い価格がついている債権を売却し、そう高くない債権を購入し、時間を経て価格が平均的な水準に戻ったところで利益を稼いでいた。
債権の価格差はとても小さいので、魅力的な利益を上げるためには高いレバレッジをかける必要があった。(LTCMの破綻時には、最大25倍という高いレバレッジがかかっていた) 1998年、長期的には価格の収束が保証されていた債権に、LTCMは投資をした。
しかし、アジア通貨危機やロシア国債のデフォルトによって、これらの債権は通常と違う値動きをした。この2つのイベントが起きた結果、投資家はLTCMとは違う取引行動に走った。その結果、長期的に見れば大きなリターンを得られたであろうにも関わらず、LTCMは追証を求められ、最終的には破滅的な損失でポジションを手仕舞うこととなった。
ここでもストレスのかかった投資家が引き起こす短期的なパニックによって、価格設定のズレから鞘を抜こうとする人々の企みが妨げられる過程を見ることができる。



勉強になった金融系の小ネタもいくつか。

<債権と株式>

歴史的に見て、株式の平均リターンは、デフォルト・リスクがほぼないと考えられる短期債のそれを大きく上回ってきた。
1889年〜1978年という90年以上の期間中、S&P500指数の毎年の平均利回りは実質ベースで7%だった。一方短期債の平均利回りは1%だった。
この2つの利回りの間にある十分に大きな差は流動性の制約や取引費用では説明ができない。 「エクイティ・プレミアム・パズル」と言われている。

「株式のリスク・プレミアム(エクイティ・リスク・プレミアム)」は運用期間の長さにもよりますが、通常は3〜7%の範囲にあるとされている。
ディムソン、マーシュ、スタウントン(2006)の計算によれば、このプレミアムは「幾何平均ベースでおよそ3〜3.5%」だった。 投資家というのは、よく分からないリスクを負担することに対して、かなりのプレミアムを要求していることがわかる。


<バリアンス・ドレイン>

バリアンス・ドレインとは、 一定の期間におけるリターンの平均値と、複利ベースのリターンの差。
その値は、リターンの分散の大きさによって変動する。分散が大きくなれば、複利リターンがリターン平均値を下回りやすくなる。 通常、複利リターンは、リターン平均値より分散の2分の1ほど小さくなる。

群集心理だけでなく、確証バイアスとか心理学でも出てくる内容があって、やはり投資家の行動は合理的ばかりではない、というのが事例もあってよくわかる。
その非合理性こそが人間の魅力であり、AIでは実現できないところだと思ってしまうのはいささか郷愁的過ぎるだろうか。

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