2011年10月10日月曜日

『アースダイバー』

会社の同僚のK君から教えてもらった本。

地質学の研究によって、今東京のある場所が、縄文海進期と呼ばれる時代にどんな地形をしていたのかは、洪積層と沖積層の地層の分布を丁寧にみていくとわかる。
どんなに都市開発が進んでも、ちゃんとした神社やお寺のある場所には、めったなことでは手を加えることがない。そのために、都市空間の中に散在している神社や寺院は、開発や進歩という時間の浸食をうけにくい「無の場所」のままとどまっている。時間の進行の異様に遅い「無の場所」のあるところは、きまって縄文地図における、海に突き出た岬ないしは半島の突端部なのである。

・・・というわけで、東京の色々な場所について、洪積層と沖積層の研究により縄文時代にどのような場所であったか、という視点から考察した本。
新宿の鈴木九郎伝説、歌舞伎町の成り立ち、四谷怪談が生まれた背景、「富士講」から始まった渋谷、上野と芝と候補があがった東京タワー、埋め立てでできた銀座、浅草などの下町。。東京の街の生い立ちを縄文時代の地形と絡めて考察するエッセーといってもよい。

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古いお寺や神社は当然として、盛り場の出来上がり方や、放送塔や有名なホテルの建っている場所など東京の重要なスポットのほとんどすべてが、「死」のテーマに関係を持っている。
かつては死霊の集う空間は、神々しくも畏れるべき場所として特別扱いされていた。神聖な空間だからこそ重要なスポットだと考えられていた。
今日の東京のランドマークの多くは、古代に「サッ」と呼ばれた場所につくられている。「サッ」という言葉は、生きているものたちの世界が死の世界に触れる、境界の場所である。
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大きな敷地を使う大学や、電波塔などが人が立ち入らないエリアの土地を利用されているというのはプロセスを考えると納得できる話しではあるが、それはそういう「死」と関わる神聖な場所であることを人間が本能的に知っているからである、という考察はやや突っ込み過ぎながらも面白い。

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都市の出来上がり方を調べてみると、市(バザール)から発達してきたものが多いことに気づく。大きな寺院や神社を中心として発達してきた都市というものをよく見てみると、寺社の門前町みたいにして出来た市が大きくなってきたというケースも多い。面白いことに、こういう市のことを「市庭(いちば)」ということがあり、これは日本語だけの特殊な話しかと言うとそうではなく、都市というものは人類的に見ても、どうも「庭」と本質的な関係をもっているらしい。
庭を意味する言葉は、古くなれば古くなるほど、神や仏の集まってくる場所という意味に近づいてくる。神や仏は、現実の世界をつくりあげている規則やしがらみに縛られていない、自由な状態にあるもののことを指している。そこは諸々の重力から自由になったものたちが、軽やかにお互いのあいだを自由に行き来している空間なのである。

完全なる庭としてつくりあげられることこそが、都市の理想、都市の夢なのである。そこにはしがらみから自由になった人や物が集まってくる。ものごとを抽象化して、具体的な事物にまとわりついたしがらみを無化していく所に都市の空間はつくられる。人間の「心」は、地上にいるどんな生き物よりも自由ということを本性としているが、この自由を求める「心」が都市を創り出したとも言える。

本郷界隈の路地につくられたささやかな庭園。ブリコラージュ(日曜大工仕事)というフランス語がぴったりの光景。
植えられている植物も様々ならば、それを支えている鉢も少しも統一感がない。その統一感のなさが、逆に自由な、のびのびした感性の働きを我々に伝えている。

「庭」という言葉は、古い日本語の語感では、神様や仏様がそこにいらっしゃってもはずかしくないような、善と自由の支配している空間という意味を持っていた。そこで「市庭(いちば)=市場」というのは、人や物がそこの中にやってくると、いままでの社会的なしがらみを捨てて自由になって、お互いを「貨幣の正義」にもとづいて交換し合うことの出来る空間と言う意味をもつことになった
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街の成り立ちから様々に展開する考察は哲学的でもあり非常に面白い。
都内の街を歩きながら哲学できるようになる種本としてお勧めである。

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