2015年11月22日日曜日

『99.996%はスルー』

サブタイトルで「進化と脳の情報学」。
竹内薫氏、丸山篤史氏の共著。
「99.996%はスルー」という話しは佐藤尚之さんから聞いてから、話しのつかみとして使わせていただいたネタだった。
「逆に言うと0.004%しか発信した情報をキャッチしてもらえないのが今の世の中。1万球投げた球を1球キャッチしてもらえるかどうか。それをキャッチしてもらうためにはどうしたらいいと思いますか?それは・・・」
という感じに使わせてもらっていた。

それを竹内薫氏が進化と脳科学に絡めて書いているとなると、もう買って読まざるを得ない感じ。


情報量の増加

21世紀に入ろうとする直前、西暦2000年のこと。
カリフォルニア大学バークレー校のピーター・ライマンとハル・R・バリアンは、世界に存在する情報の量を計算してみようと考えた。
彼らが集めたデータから推計したところ、有史以来1999年までに世界中でストックされた情報を全てデジタル化したとすると、その総量は2〜3EB(エクサバイト。エクサは10の18乗。) 1TB(テラバイト)の外付けハードディスクが200万〜300万台分ということ。
ところが、彼らの計算によると、1999年から2000年の1年間に、有史以来1999年までの情報総量と同じ、2〜3EB強のデータが増えた。つまり人類の記録した情報量は、たった1年で倍になった計算になる。
さらに彼らは2003年に再報告していて、2002年の1年間でも3〜5EB強の情報量が増えたとしている。
しかし、この程度で驚いていてはいけない。
アメリカIDC社の調査によれば、その翌年2003年には情報量の合計が32EBに、さらに2007年には281EBにまで増えた。
その後もデータは増え続け、2011年のデータ総量は1.8ZB(ゼタバイト。ゼタは10の21乗)に達してしまった。 IDC社の予測だと、2020年には40ZBに届くとされている。。

平成23年度の『情報通信白書』によると、2009年度の日本では、年間約950EB(9.5×10^20B)という巨大な数字の情報量が流通している、という計算結果が弾き出された。(この数字は「流通量であって、蓄積量ではない」ので、2011年の世界のデータ総量が1.8ZBなのに、その半分が日本で流通しているというのは整合しない訳ではない。)
それでは実際に情報は「消費」されているのだろうか。
結果はショッキングなものとなった。2009年度、我々は年間約36PB(3.6×10^16)の情報を消費していた。つまり、我々は、流通する情報量のうち、たったの0.004%しか消費していなかったことになる。身の回りにある情報の99.996%を我々はスルーしていたのだ。
実は流通情報量の増加に比べて、消費量そのものは、数年来ほとんど変わっていない。
つまり、我々が消費できる情報量の増加は流通量の増加に全く追いついていないのだ。


シャノンの『情報理論』

情報の大きさを数学で表す「情報理論」はクロード・シャノンが創始した。
シャノンの「情報量」の定義。まず第一に情報の意味はどうでもいい。
「何か」の起きる確率をP(0<P≦1)とするとき、情報量を
—logP
で表す。(底は何でもいいので省略してある)

「情報の大きさ」の指標である情報量とは、貴重さのことで、確率の低さのことで、確率の桁数で表す、ということ。

これはエントロピーの式と同じ形をしている。プラスマイナスが違うので、ネガティブエントロピー=ネゲントロピーと呼ばれたりする。
式が同じだけではなく、情報量とエントロピーは同じ概念として考えることができる。

エントロピーと情報に関係があると気づいたのはレオ・シラード。彼はルーズベルト大統領へ核開発を促した「アインシュタイン=シラードの手紙」でも有名。(連名になっているけど手紙を書いたのはシラードで、大統領に読んでもらえるように超有名なアインシュタインの名前を借りただけ)

具体的な事例として、情報量がネゲントロピー(負のエントロピー)であることについて、ある空間における気体の様子を考えてみる。
まずネゲントロピーが低いときは、気体分子が乱雑に飛び回っている。つまり空間内の気体分子の一は空間一様に広がって存在するといってもよい。この時、空間内のどこでも気体分子が一定に存在するということは、空間内のどこでも気体分子が存在する確率が高いということだ。つまり空間内の気体分子の位置に関して情報量が少ないことを意味する。
次に、そこからネゲントロピーが増えると、徐々に気体分子は凝集する。つまり空間内の一点に気体分子が「あるかないか」の確率は下がる。つまり、気体分子の位置に関しての情報量が増えることになる。
まとめると、「どこにでもある、一様に存在する」というのは(位置に関して)情報量が少ない。逆に「どこかにある、偏って存在する」というのは情報量が多いのだ。


人間の脳が1秒で処理している情報量

◯入力される感覚の情報量は、毎秒千数百万ビットであり、意識が処理している情報量は、毎秒たった数十ビット。知覚した情報量の、100万分の1程度しか、瞬間の意識には上がっていない。言い換えれば、意識は、99.9999%の感覚情報をスルーしている。
◯ドイツの生理学者、ディートリヒ・トリンカーは、「真っ暗闇の舞台」が無意識で「狭いスポットライト」が意識だ、と喩えている。
舞台の上(無意識)には、大勢の役者や舞台装置(情報)が並ぶ。しかし、何も見えていない(意識されない)。そこに意識というスポットライトが、わずかな範囲の舞台を照らす。舞台の上に照らされた、小さく明るいスポットライトの中だけが、その瞬間における「意識の情報処理」なのだ。
なるほど真っ暗な舞台では、見えないながらも芝居が進んでいるのだろう。言ってみれば、パソコンのモニターに現れないバックグラウンドで、ユーザーに思いのまま操作させるため、様々なプログラムが動いているようなものだろう。
◯よく「木を見て森をみず」と言うが、実は、しっかり木を見ると森が見えてくる。
我々の持つ、こうした能力に、物理化学者にして科学哲学者のマイケル・ポランニーは「暗黙知」と命名した。
暗黙知は、「下位の構成要素にフレームを設定して、上位層を生み出す能力」。無限にある可能性から結論を象る能力と言ってもいいかもしれない。


ヒトの遺伝子

◯遺伝子は、次世代に情報を伝えるだけではない。普段から、生命の仕組みに関わっている。遺伝子の制御によって、必要なたんぱく質が、必要なタイミングで、必要なだけつくられる(発現する)。
◯「発生」とは、受精卵(1個の細胞)から一つの生命体(多細胞)に成長することである。 体重60kgの成人男性の場合、およそ200種類の、合計60兆個に分裂した細胞が、身体の各組織や臓器をつくっている。
最初の受精卵は全ての細胞に分化できる能力(可能性)を持っている。これを分化全能性という。 受精卵は分裂を繰り返しながら、少しずつ分化して「細胞の運命」を決めていく。
実はこの時、分化が進むたび、使う予定の無くなった遺伝子をスルーしていくのだ(勝手に発現しないようにブロックする)。
◯遺伝情報は、生物にとって、ある種の初期条件と考えるべきなのかもしれない。
◯生物は、生き続ける限り、次から次へと自分自身の情報量を増やし続け、限りなくネゲントロピーを増大させていくのだ。
◯ヒトの遺伝子数は4万1000。実はヒトゲノム計画が終了した2003年にはヒトの遺伝子数は約2万6千個と報告されていた。しかし、ヒト遺伝子の研究が詳細に進む中で、これまで意味が無いと思われていたDNAの配列に機能があることが分かってきたのだ。
◯電子媒体の情報量の単位はバイト(byte)で表すことが多い。1バイトは8ビット(bit)。2進数8桁の情報量で、256の可能性を表すことができる。
ゲノムを構成する物質は核酸のDNAである。さらに、DNAを構成する塩基という物質には、アデニン、チミン、グアニン、シトシンの4種類がある。従って、核酸は塩基の違いで4種類あり、4つの数字にあてはめ記憶することができる。ということは、核酸を一つ記憶する2ビットあればよいことになる。
ヒトゲノムは約31億塩基対である。塩基対とは、核酸の配列を数えるときの単位と思えばよい。要するに、ヒトゲノム全体で、およそ31億対の核酸が並んでいるということだ。
つまり、ヒトゲノムや約62億ビットであり、約7.75億バイトになる。ただし、ゲノムは個体を形成するための染色体の最小セットだ。大半の生物は染色体を2セットずつ持っている(2倍体という)。人間は両親からゲノムを1セットずつもらって、合計2セットを持っている。従って、人間一人分のゲノムは約15億バイトである。
一般的なDVDーRの情報量は4.7GB、つまり47億Bである。1枚のDVD-Rには約3人分のヒトゲノムが記録できることになる。



情報大洪水時代を客観的な数値で認識させた後、『情報理論』という情報量の数値化の話し、そして脳の発達が昨今の情報量の増大に追いついていないこと、その結果スルーは当然であることを納得させる。
いや、むしろスルーする能力が高さ(≒集中力の高さ)とIQの高さは相関があるとまでしている。

確かに、昨今の情報量の多さを考えると、昔は情報をつかんでいる人間にアドバンテージがあったが、今や適切な情報を取捨選択する能力の高い人間にアドバンテージがあるようになってきている。
ではその基準をどう設定するのか、その設定によりその人間の能力の発揮度(コンピテンシー)が変わってくるように思う。

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