2010年8月10日火曜日

角館 大村美術館 ルネ・ラリック展

秋田 角館で大村美術館に寄った。
ルネ・ラリック展をやっていた。
正直「ルネ・ラリック」なる人をよく知りもしなかったのだが、中の展示物に書かれているひとつひとつのコメントとオーナー(?)の美術講義を聞いて面白いと思った。

ルネ・ラリック(1860−1945)とは、アール・ヌーヴォー、アール・デコという2つの美術様式のムーブメントを橋渡しした、フランスを代表する宝飾とガラスの工芸家である。
1925年のアール・デコ博では会場のモニュメントとなるガラスの噴水を制作した。後にオリエント急行や豪華客船ノルマンディー号などの建築装飾でも卓越したセンスを発揮した。
ルネ・ラリック自身は来日したことはないらしいが、当時のジャポニズムの影響を少なからず受けたと思われる仏像をモチーフとしたような作品が展示されていた。

オーナー(?)に「美術に関する知識が全くないので、アール・ヌーヴォーとアール・デコの違いを教えてください」とお願いしたら、非常に分かりやすい解説をしてくれた。

アール・ヌーヴォーの前までは、芸術の対象=美しいもの といえば「神」だった。
1番が「神」。2番が「神」に近い完璧な肉体(人間)とされ、その他諸々(日本でいう花鳥風月のような自然)はその次としてモチーフとして取り上げられることは少なかった。それを、自然に存在するモチーフ(当然有機的な造形物)をとりあげ始めたのがアール・ヌーヴォー。
アール・デコは当時は「モダン」と言った。「アール・デコ」と呼ばれるようになったのは、後世この時代を振り返って。
当時のヨーロッパは第一次世界大戦というものを経験し、機械の恐怖を体験した。
人間を凌駕する兵器に対する畏怖の念が、有機的なものから幾何学的、数学的な造形を対象とするひとつの契機となった。
ルネ・ラリックはどちらの時代にも活躍しており、双方の橋渡しをした存在と言われている。


以下WIKIPEDIAからの引用であるが、上記の話と合わせて理解すると非常によく分かる。

アール・ヌーヴォー(フランス語: Art Nouveau)は、19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパを中心に開花した国際的な美術運動。「新しい芸術」を意味する。花や植物などの有機的なモチーフや自由曲線の組み合わせによる従来の様式に囚われない装飾性や、鉄やガラスといった当時の新素材の利用などが特徴。分野としては建築、工芸品、グラフィックデザインなど多岐に亘り、生活の隅々にまでアール・ヌーヴォーを行き渡らせることが可能であった。

アール・デコ(仏:Art Déco)とは、一般にアール・ヌーヴォーの時代に続き、ヨーロッパおよびアメリカ(ニューヨーク)を中心に1910年代半ばから1930年代にかけて流行、発展した装飾の一傾向。原義は装飾美術。
幾何学図形をモチーフにした記号的表現や、原色による対比表現などの特徴を持つが、その装飾の度合いや様式は多様である。


時間があったらもっと話を聞きたくなるような説明であった。
全くのズブの素人に分かりやすく話ができるというのは、実はスゴいことである。
(作品にひとつひとつついているコメントも面白くて「シレーヌはデビルマンででてくるような半鳥半人のイメージのものと、作品にあるような人魚のイメージのものと両方ある」なんてコメントが書かれてたりする。年代的に子供に分かるかどうかは別だが、我々の世代には非常に敷居の低い分かりやすい書き方である。美術品を身近に感じさせる素晴らしいコメントに感動!)

建築的に「アール・デコ調」なんて話をしてたりしていたが、その理解が深まった。
美術館ではこういった”話のできる人”に話を聞かないともったいないと思った。





2010年8月8日日曜日

わんこそば

盛岡に来たので、今日はわんこそばに挑戦した。
お昼だったので、夜の冷麺も見え隠れしてたので目一杯ではなく70杯で終了した。
女性のチャンピオンは500杯超、男性のチャンピオンは400杯超食べるんだそうな。
ちゃんと食べる前に「大体男性の方は50〜60杯程度、女性の方は30〜40杯程度です」ということでアンカリング(事前レクチャー)がはいっていた。
「まだまだ〜」「どんどん〜」とかかけ声をかけながら女性の方がそばを供給してくれるのだが、ついつい焦ってしまい美味しくはいただけなかった。

ちゃんとお椀を残してくれてお椀の数を数えてくれるコースと、自分で数を数えるコースがあって、自分で数を数えるコースにしてみた。
マッチ棒かと思わしき棒(実はマッチではなし)を使って数を記録するのだが、やはり食べてる途中でよくわからなくなる。
次回には、お椀を残して数を数えてもらうやり方だと考えつつ、次回挑戦は相当先でよさそうと感じた。

IRIS

IRIS」という韓国TVドラマをご存知でしょうか。
日本の秋田の各所でロケをした(秋田県が誘致した)ということで、今秋田県の観光情報誌では必ず出てきます。
秋田県を旅していると、川反のすずらん通りでもロケをしたとか、田沢湖でもたつこ像の所で撮影が行われたとかでその場その場でアピールされていて、県を挙げて発信しています。
その撮影部隊が3週間宿泊したという田沢湖畔のホテル「イスキア」に宿泊してきました。

ここの女将の佐藤京子さんが、宿泊費をタダで協力してくれる宿泊場所はないか、という要請に応えて(秋田県からも要請があったということです)3週間で全館を撮影スタッフのために無料で貸し切りにしたそうです。
主役のイビョンホンが宿泊した部屋がそのまま残っていて、宿泊者は見ることができます。
実はちょっと前までイビョンホンなる人物を全く知りませんでしたが、ミーハー精神全開で部屋も拝見しました。
イビョンホンが残した吸い殻とか、ミネラルウォーターのペットボトルがそのまま残っているという触れ込みなのですが、吸い殻とかは追っかけファンにどんどん持ってかれちゃって今や一本のみでした(それも今や本当に本物かは分かりません)

女将は1000万を超える宿泊費を無料にする分、IRISでイビョンホンが宿泊した施設であることをうたえる権利をもらったようですが、秋田県全体でこの”IRIS”をアピールしているので、十分ペイしている感じです。
(そもそも韓流スターになんか全く興味のない千葉県在住の人間が、秋田県の田沢湖畔のホテルを認知したのですからたいしたものです)

お金をかけずに、地域をクローズアップする手法の一つとしてありだと思いました。

秋田竿燈祭り

秋田に行って竿燈祭りを見てきました。
秋田竿燈まつりとは毎年8月3日〜6日まで秋田で行われる東北三大祭りの一つです。
重さが50kgにもなる、46個の提灯がついた竹竿を手だけでなく、頭や腰にのせてバランスを保つというものです。
提灯には各企業の名前が出てたりするので、倒さないように交替しながら続けていくのですが、結構バッタリと倒れたりします。(見ている側からすると、倒しちゃっていいのかな〜なんて思っちゃいますがしょうがないんでしょうね。)
中の明かりは全てろうそくらしく、何度も倒れている竿だと、明かりがほとんど消えちゃったりしていて面白いです。
小さい頃に一度みたきりだったので、うん十年ぶりに見ることができました。

北都銀行さんの関係で、下の子供は小若という通常よりも小さな子供用の竿燈を実際にやらせてもらえたりしました。
地元の子供は凄く上手な子もいましたが、結構難しいみたいです。それこそバタバタ倒してました。

秋田には竿燈祭りの会場となる「竿燈大通り」なるものがあるのですが、結構通りに面して空き地が多くありました。
祭りの時には素敵な屋台村となっているのですが、普段はそんなに空き地が多くて大丈夫なのだろうかと思ってしまいました。
地方経済は東京からみるのよりも厳しいのかもしれません。

結構東北に来ているようで、実は東北三大祭りはほとんど見ていなかったので、ねぶたと七夕も頑張っていこうかしら。

2010年8月1日日曜日

『テロルの決算』

沢木耕太郎のノンフィクション小説である。
某広告代理店のK社長に勧められて読んだのだが、昭和35年10月12日の出来事ということで、浅沼稲次郎についても山口二矢(おとや)についても全く知見がなかった。
沢木耕太郎らしい、細かい調査に基づく小説となっている。
しかしながら、現在の感覚でいくと、何故ここまで思想により敵対しなければならなかったのか、という点については、現代の若者が読むにおいては若干の注釈がないと共感できないのではなかろうか。
正直自分の世代であっても、どこまで右翼、左翼のそして左翼の中の穏健派、過激派の温度感の違いは理解できているとはいい難い。

なぜ、今、Kさんがこの本を勧めてくれたのか、などと別の観点を色々想像しつつ本を読み終えた。

「コーチングのプロが教える 「ほめる」技術』

「自己説得」した行動は、「他己説得」された行動よりも現実化する可能性が高い。
ただ、自己説得によりとるべき道が決定され、動き出したとしても、最終的に目的地にたどりつくためには「エネルギー」が供給され続ける必要がある。
コーチングではそのエネルギー供給のことを「アクノレッジメント(acknowledgement)」という。
このアクノレッジメント、つまりエネルギーの供給回数が多ければ多いほど、供給方法にバリエーションがあればあるほど、相手をより遠くまで、ひいては目的地まで動かすことが可能になる。
アクノレッジメントとは「承認すること」、「私はあなたの存在をそこに認めている」ということを伝えるすべての行為、言葉が「承認」にあたる。

その昔は教師が、上司が、さらには親が言ったことは絶対であって、それら権威に逆らうことは許されない雰囲気があった。
キラーフレーズは戦時中であれば「お国のため」であったし、戦後であれば「戦後復興」「所得倍増」で、「だから…」と続く内容については逆らいきれない重みがあった。
時代は変わってしまい、日本社会の中でいわゆる「権威」と呼ばれる存在が軒並み失墜する中で、そう簡単に若い人達は、コーチや監督のいうことに対して心の底から信頼を寄せたりはしなくなってしまった。

そんな中で、アクノレッジメントし、モチベーションを高めるにはどうしたらいいのか、というノウハウが書かれている。

基本的には、観察し、対象によってそのアクノレッジメントのやり方を変えるということなのであるが、基本的には人に対する深い愛情、洞察がないと皮相的なテクニックとなってしまう。

アクノレッジメントのやり方は様々だが、やはりスーパーアクノレッジメントは「任せる」ことなのだそうだ。

コーチングにおいては人の気質を以下の4つのタイプに分けている。
1.コントローラー・タイプ
2.プロモーター・タイプ
3.サポーター・タイプ
4.アナライザーー・タイプ
各々のタイプごとにアクノレッジメントにおける有効な表現の仕方が述べられている。

この分類は以前会社の研修で行ったので非常にイメージしやすかった。
研修の時には、「自分がどのタイプか」ということで終わってしまったので、下に対するアクノレッジメントのやり方を考えることまで意識が行っていなかった。

とにもかくにも、観察、観察、観察
明日から実践したい。

『そうか、君は課長になったのか。』

佐々木常夫さんという東レ経営研究所社長の書いた本。
この佐々木さん、長男が自閉症で子供は全部で3人。課長時代には奥さんが肝臓病そしてうつ病併発で入退院を繰り返し、6時には退社する必要に迫られながら「課長職とは何か」を追求し最短距離で最大限の効果を生み出すマネジメントを編み出す。
その後東レ同期トップで取締役就任したというスゴい人である。

そのノウハウが「石田君」という架空の新任課長(佐々木氏が課長時代に配属された新人という設定)への手紙という形で綴られている。

その中に、<仕事の進め方10か条>というのがある。
①計画主義と重点主義・・目標設定→計画策定、優先順位をつける
②効率主義・・通常の仕事は拙速を尊ぶ。
③フォローアップの徹底
④結果主義
⑤シンプル主義
⑥整理整頓主義
⑦常に上位者の視点と視野
⑧自己主張の明確化
⑨自己研鑽
⑩自己中心主義・・自分を大切にすることで人を大切にできる。健康に気をつけ年休をとること。


感動した話としては、日本理化学工業の大山泰弘会長が、知的障害者たちが一生懸命働くのを見て「どうしてこの子達はこんなに一生懸命働くのだろうか?障害者の施設で、毎日のんびり暮らした方が幸せだろうに」と疑問に思ったのに対する、とある導師(禅僧)からの回答である。
「人間の究極の幸せは、人に愛されること、人にほめられること、人の役に立つこと、人から必要とされることの4つ。働くことによって愛以外の3つの幸せは得られるのです。彼らが働こうとするのは、社会で必要とされて、本当の幸せを求める人間の証なのです。」

働くことは、本当の幸せを求める人間の証なのだ。

中坊公平氏の「正面の理、側面の情、背面の恐怖」というのも、リーダーシップの発揮の仕方として、いいえて妙な言い方で関心した。

正直20年前のノウハウであり、今とは状況も違うのだが、逆に高々20年しか違っておらず、本質としては未だに参考になるものも多い。