2009年8月30日日曜日

グッドデザインエキスポ2009〜お台場ガンダム

東京ビッグサイトまでグッドデザインエキスポ2009に行って来ました。
昨年は平日に見に行って人の入りは大したことが無かったのですが、今年は週末にいったら結構な人出でちょっとびっくりしました。




最新デザインのあらゆるジャンルのものが展示されているので、色んな意味で触発されます。
最近は大学も積極的にこの「デザイン」という分野でアピールしているのも時代の流れなのかなと思いました。







それから潮風公園のガンダムを見に。
夏休み最後の週末、ガンダムは8月一杯ということで、それこそ凄まじい人出でした。
小雨降りしきる中でしたが、ガンダムの首がうごいたり光ったり、煙を吐き出したりするだけで、何やら感動でした。
周りの観客も心無しか同年代〜の年齢高めの方々が多かったような気がします。
ガンダムもウルトラマンや仮面ライダーのように2世代ものになっているということでしょうか。
こういうイベントを企画して実行して、これだけの人を呼んでしまうパワーはすごいと思いました。

「タッチ&ウォーク」ということでガンダムの足に触れるのですが、当然とはいえ、叩くとFRPの軽い音がしたのはちょっとさびしかったです。

2009年8月29日土曜日

『グローバルリーダーの条件』

大前研一氏と船川淳志氏の対談形式の本。
以前、船川氏のファシリテーション研修を受けたことがある。
2日間ではあったが、船川氏の人柄もあり、非常にためになった研修であった憶えがあり、この本を手に取ることとなった。
正直、大前氏のハードルの高い理想に、船川氏がどうからむのかに興味があった。

日本人の課題を煎じ詰めると「出たとこ勝負」と「初対面」に弱い。
言い換えると不確実性の高い環境で、多様性の高いメンバーとの共同作業が苦手、ということ。
克服するには、異なる価値観を受け入れるオープンマインドと、同時に「折れない心」(「すなおな心」であると同時に自分から逃げないこと)が求められる。

船川氏はグローバルリーダーの必要条件として、discipline(規範) と perspective(視座)と気概、という3つを挙げている。
「出たとこ勝負」「初対面」に弱い日本人としては
1.自分の頭でしっかり考え、
2.それを相手に伝わるように明確に伝え、
3.今度は相手の言うことを全身全霊で聞き取り、
4.コラボレーションする
という4つのステップを踏むことでファンダメンタルを鍛えていくしかない。

メンバーの多様性の高いチームが成果をあげるには、
『自己主張はするけど固執しない。柔軟に相手の見解に対応はするけれども、流されない。』
というバランスのとれたコミュニケーションが必要。
チームが高いシナジーをだすためには相互の信頼関係も必要である。


対談よりも船川氏のまとめのところの方が腑に落ちる感じがしてしまった。
個人的には、船川さんにもっと大前さんに絡んで欲しかった。

2009年8月26日水曜日

『まずは親を超えなさい!』

苫米地英人氏の本。
最近、氏のこの手の著作が多すぎて正直食傷気味だが、その中でもスッキリまとまっている感じがしたので読んでみた。

人間の脳は自分にとって関係がないと思っていることは脳幹にあるRAS(reticular activating system網様体賦活系)のフィルターが遮断し、情報を情報として受け取らない。(脳はエネルギーを膨大に消費する器官なので、もし脳が全ての情報を取り込み本気で働いたとすると、私たちは餓死してしまう。)
ゆえに人間はスコトーマ(盲点)をもち、その結果”同じ物理的現実世界を見ている他人は誰もいない”ということになる。(だから人間は全員、”変成意識”の状態にあるということになる。)

”アファメーション”という、ゴールを実現する科学的で効果的なセルフ・トークが非常に大切であるという。
人の頭の中のフレームを変えることで、無意識の思考・行動を変えていけるという点は非常に共感を覚える。

組織のリーダーとして大切なのは、何をさしおいてもセルフ・エスティーム(自尊心)とセルフ・エフィカシー(自負心)であり、この2つは人を指導し、育てるために欠かすことのできない大切な資質である。
子供のセルフ・エスティームを育むためには、毎日2つの質問をやさしく問いかけるといいらしい。
「今日は、何かいいことあった?」「明日、楽しみにしていることは何?」
早速明日から実践してみよう。

2009年8月23日日曜日

『第1感』

マルコム・グラッドウェル氏の前作。
実は飛ばして読んでいなかったので遅ればせながら読みました。
様々な状況や行動のパターンを、ごく断片的な観察から読み取って瞬間的かつ無意識のうちに認識する能力のことを「輪切り」(心理学では「適応性無意識」)と称して、その「輪切り」について様々な考察が述べられています。

適応性無意識の潜在パワーの凄さと合わせて、状況によってはそれが危ういものに変わることを事例で挙げて行きます。
製品を導入する際の市場調査の危うさ、極度の脅威にさらされた場合の判断力の危うさ。。

正しく判断するには熟考と直感的な思考のバランスが必要というのがまとめその1。
やはり、時間があり、パソコンの助けを借りることができ、やるべきことがはっきりとしているときは、熟考は素晴らしい手段であり、また、こうして分析した結果は瞬間的な認知が活躍できる場を用意してくれます。
まとめその2は、優れた判断には情報の節約が欠かせないということ。
情報が増えるほど、判断の正確さに対する自信は実際と比べて不釣り合いなほど高くなるらしいです。
正しい判断を下すには情報の編集が必要とのことです。

それにしても著者のマルコム・グラッドウェルさんは毎回全く違うテーマで本を書き、それが非常に斬新な視点で掘り下げられているので感心します。
次回作(4作目)も楽しみです。

2009年8月22日土曜日

横浜 開国博Y150

開国博Y150を見て来ました。
とはいえ、仕事の打ち合わせ後で時間もなかった(もう日が暮れそうだった)ので、椿昇さんのアート作品がある象の鼻テラス、横浜市にお勤めの方からのお勧めの「横浜ものがたり」、見たかったフランス、ナントのアート集団『ラ・マシン』による巨大クモのパフォーマンスなどを見て来ました。

椿昇さんといえば、以前横浜アートトリエンナーレで巨大バッタをインターコンチネンタルホテルに這わせた(?)アーティストです。
今回のテーマは「象」。今回は前回のバッタと異なり、本当の象よりもちょっと小振りの作品でした。



「横浜ものがたり」は、コロッケがペリー提督、岩崎弥太郎他、横浜に携わった色々な人に演じるというもので、当時の熱い想いが伝わってくる感じでとても良かったです。

巨大クモは実は名前があって「ラ・プリンセス」というそうです。名前は可愛らしいのに対して、印象は『20世紀少年』の巨大ロボットみたいでした。(夜見たからかしら)
事前にアナウンスはあるものの、すごい量の水煙をまき散らします。
周りで見ているお客様で怒り出す人がいないのが不思議なくらいで、アートを好きな人は寛容性が高いのか、と変な関心の仕方をしました。



古民家カフェ かやの木

茨城県守谷にあるジョイフル本田の脇にある古民家カフェ『かやの木』に行って来ました。
以前から気になっていて行きたかったのですが、なかなか行く機会がありませんでした。
中に入ってみると、想像以上に広く、昔の大地主さんの家だったことを感じさせる造りとなっています。
そばは予約制とのことでしたので、喫茶利用のつもりで入ったのですが、おそばもあれば予約せずに食べられるそうです。
外はうだるような暑さにもかかわらず、お店の中は別世界。
おいしい珈琲をケーキセットでいただきました。


「カブトムシ、セミを捕りたい方はお声がけください」との張り紙があり、子供がうずうずしているのでお願いすると、「じゃあ、いきましょう!」と虫除けスプレーをカラダにふりかけお店の人と一緒に出発。
広いお庭の中の物置の裏のようなところに入ると、そこは昼なのに薄暗く、なんとなくカブトムシがいそうな感じ。
「なんか、いい感じでしょ?」なんて言われながら探してもらうとあっという間に、立派なオスのカブトムシゲット。
こんな簡単でいいの?というくらい簡単に捕まえました。
その後メスもゲットし、つがいでお持ち帰り。
当然持ち帰り用のかごなんかは用意してこなかったので、お隣のジョイフル本田で急遽購入。
大人はカフェを楽しみ、子供はカブトムシを捕まえ、共に大喜びでした。



2009年8月16日日曜日

越後妻有アートトリエンナーレ2009

越後妻有地区で2000年から3年に一度行われているアートの祭典、アートトリエンナーレに行って来ました。
十日町市(合併して十日町市になったので町なんだか市なんだか紛らわしいです)と津南町あわせて270㎢のエリアに全部で約300点のアート作品が展示されています。約300点のうち、160作品は過去の恒久作品とのことです。
気になるのはアートお金だったりしますが、約7億の実行予算のうち、約3億を総合プロデューサーの福武總一郎氏、約1億を十日町市、約1億を市内の企業協賛、残りの2億は・・・?とのことでした。(お世話になったタクシーの運転手さん談)
2日間で100以上のアートを見て来ましたが、全部を回りきれようはずもなく、津南エリアと中里エリアのアートについては割愛となりました。
これだけのアートを短時間で鑑賞すると、第1感が大切になります。
自分のアートに対する嗜好性(どんなアートが好きか)が何となく見えてきました。
また、アートのパターンというとアーティストに失礼になりますが、なんとなくそんなものも見えてきます。

100超のアートを見ましたので、素敵だと思うアートはたくさんありましたが、あえてその中から個人的なベスト5を挙げたいと思います。


第1位
田島征三 絵本と木の実の美術館
廃校を利用したサイトスペシフィックなアートがファンタジックでもあり良かったです。





第2位
豊福亮 松代城
インディジョーンズになったようなワクワク感と非日常性が素晴らしかったです。





第3位
行武治美 再構築
鏡のパワーを感じさせます。風がふくと鏡が動いて様々な模様として見えるのが素晴らしい。








第4位
たほりつこ グリーンヴィラ
スケールが大きくて、遠くから見てよし、近づいてよし。






第5位
山下工美 椅子
小技系のアートが選から落ちて行く中、最後まで残りました。
シンプルで驚き感は圧巻。
廃校というのもサイトスペシフィックで◎でした。








他にもたくさん素晴らしいアートがありました。
頭の中が相当ストレッチされた感じです。

『日本の難点』

宮台真司氏の新書。相当前に一度読み終わっていたのだが、まとめてみたくて何回か再読しました。
教育、アメリカ、日本などテーマごとに宮台氏の考え方が述べられています。
各項目とも、いくつかの宮台氏の基本原則から導き出されるのですが、その基本原則が非常に抽象的で、それを漠然とでも理解するまでが非常に時間がかかります。(まだ理解しきれてないかも)

<システム>と<生活世界>と「社会的包摂性」「ポストモダン化」「底が抜けた」、というキーワードがあるのですが、概念が非常に抽象的です。
以下は具体論に落とし込んだ時に出て来た宮台氏のキーワードの使い方です。これからある程度の定義的なものを抽出するしかありません。

・<システム>の全域化による<生活世界>の空洞化がすすむと社会的包摂性は失われる。
・”社会の「底が抜けて」いること”を気づかせた理由は「郊外化」です。「郊外化」とは<システム>(コンビニ・ファミレス的なもの)が<生活世界>(地元商店的なもの)を全面的に席巻していく動きのことです。
・社会の「底が抜けている」という事実と、その事実に気づいてしまうということは,別の事柄です。「ポストモダン化」という場合には後者を意味します。
・「役割&マニュアル(計算可能性をもたらす手続き)」が支配する<システム>と、「善意&自発性(アドホックな文脈)」が支配する<生活世界>との伝統的区別とは次の通りです。<生活世界>を生きる「我々」が便利だと思うから<システム>を利用するのだ、と素朴に信じられるのがモダン(近代過渡期)です。<システム>が全域化した結果、<生活世界>も「我々」も、所詮は<システム>の生成物に過ぎないという疑惑が広がるのがポストモダン(近代成熟期)です。
ポストモダンでは、第一に、社会の「底が抜けた」感覚(再帰性の主観的側面)のせいで不安が覆い、第二に、誰が主体でどこに権威の源泉があるのか分からなくなって正当性の危機が生じます。不安も正当性の危機も「俺たちに決めさせろ」という市民参加や民主主義への過剰要求を生みます。
・<システム>の外にある目標〜<生活世界>を生きる「我々」〜のために<システム>が手段として利用されるのではなく、<システム>が作り出した課題である”理想の私”のために<システム>自体が応えるというマッチポンプ=再帰性が、多くの人々の目に露になった。
このような「正統性の危機」は「批判の危機」でもあります。かつては主体や人間や伝統を基準に<システム>を批判できましたが、再帰性が可視的なポストモダンでは無理になります。


最後まで通読すると何とはなしに「こういう意味か?」と推察できなくもないのですが、やはり最初に自ら利用する言葉の定義をある程度示してもらえるともっと分かり易い気がします。

J・S・ミルの「他害原理と愚行権による自由の定義」の考え方(他者を侵害しない限り愚行といえども許容される。別名「自己決定権」)を発展させて、共同体における自由に発展させた「共同体的自己決定」という考え方は新鮮で面白いと思いました。
他者や他共同体を侵害しない限り共同体的愚行も許容されるというのが「共同体的自己決定」という考え方です。
今日のように高度技術のアーキテクチャの上に乗らざるを得ない社会においては、(事前の)予測不能、(目下の)計測不能、(事後の)収拾不能という性質があり、だからこそ、共同体的自己決定、市民政治が必要だというものです。

他にも色々な意見があって、
「マスメディアの凋落は、お茶の間や井戸端に相当する「場」がなくなったから。お茶の間や井戸端のコミュニケーションを支える共通前提を供給するメディアも不要になるのは当然。」
という宮台氏の論点は成る程と思わせます。

共感できる考え方も多く、抽象的な原則から導き出される”宮台ワールド”の考え方は知的にとても面白いのですが、もうちょっと分かり易い工夫があって一般的にもわかりやすいと更に良いと思いました。

2009年8月9日日曜日

フレームという制約条件

鶴岡では湯野浜温泉の一久という宿に泊まったのですが、これが非常に素晴らしい宿です。
お部屋から夕日の沈むのが見れるようになっているのですが、きちんとサッシでフレームが構成されていて海と空を切り取ったような景色を楽しむことができます。
まるでジェームズ・タレルのインスタレーションのような感じです。
窓に寄ると海全景が見えるのですが、実はサッシでフレームをつくって見える部分を制約した方が素敵な景色となります。
脳も敢えて自らを制約するために「ストコーマ」といわれる盲点をつくるのだそうです。
これは脳が全力を発揮するとエネルギーを食い尽くしてしまうため(いまでさえ体重の2%しかない器官がエネルギーの20%を消費しているのですから)ということでしたが、仮にエネルギーが足りていたとしても、脳は敢えてフレームを設けるのではないでしょうか。
フレームを設けることで世界がより素敵なものに見えてくるからです。
楽しく生きるものが生き残るという適者生存仮説があるとすると、生き残るものの脳は敢えてフレームを設けるような気がしました。
認知心理学的にはこの「フレーム」というのは自ら変えることができるとのことです。
同じように生きるのであればより楽しく感じられるフレームを脳内に構築したいものです。

鶴岡 知憇軒

山形県鶴岡市にある知憇軒に行って来ました。
日経プラスワン「この夏行きたい農園レストラン」で、玉村豊男さんのヴィラデストを越えて全国一位になったところです。
鶴岡で全国的に有名なレストランというと奥田政行シェフのアル・ケッチャーノが有名でしたが、もう一つ全国区のレストランができたということです。

名前は『知憇軒』が本当らしい(お店のリーフレットでそうなっていたので間違いないはず)のですが、WEB上ではもっぱら『知憩軒』と表記されていて、間違っている方がヒット数が断然多いです。そんなこともあるのですね。

駐車場を下りると入り口の看板はあるのですが、建物の姿はみえず。
小道の周りには桃やらイチジクやらがなっていて、宮沢賢治の「注文の多い料理店」みたいな感じです。
実はここは隣の道路に出るための通路でした。








おまかせランチ1200円は前日昼までの予約制。
写真は予約不要のおむすびランチ650円也。
お米はコシヒカリだそうです。
釜で炊いているのでお米がたっています。





宿泊も可能なんだそうです。
女将さんの人柄がまた良くて、本当にくつろげました。









2009年8月7日金曜日

アイスクリーム「種類別」

アイスクリームの種類別について先日書きましたが、具体事例でいくつかあげます。

同じロッテの「爽」シリーズですが、バニラ味かソーダフロート味かによって”種類別”は「ラクトアイス」と「氷菓」に分かれます。







森永の「モウ」。
ハーゲンダッツなどの高級アイスと違いお手頃アイスですが、種類別は「アイスクリーム」。
ちなみにエスキモーの「ピノ」も種類別は「アイスクリーム」です。





森永の「真夜中の贅沢」は「アイスミルク」でした。
右の豆乳アイス「SOY」はどうでしょうか。

正解は「氷菓」。
豆乳なので乳固形分はないということなのでしょう。
面白いですね。

2009年8月6日木曜日

飲料デザイン

高速道路のPAで面白飲料デザインを見つけました。

キティちゃんの『ボディーウォーター』。税込み386円は立派。








鬼太郎の妖怪珈琲はありにしても、『みんなの汗2』は何もの?
グレープフルーツ味だそうです。







エヴァ缶。
番号飛ばしの「第○号缶」というネーミングはありなんでしょうか?



2009年8月5日水曜日

北海道の冬対策

北海道の信号は本州と違って縦型です。
タクシーの運転手さんに聞いた所、これは雪がつもりにくいような配慮だとか。
やはり赤が見易いように、赤が上となってます。








そして、最近でてきたのが、この横LED型。
熱を持たなく薄型なので、横型でも雪が積もらないんだそうです。






地下鉄の入り口も扉付きなのは当然冬対策ですよね?











ちなみに北海道では、2車線ある広さの道でも車線を分ける点線が無いことが結構あります。
これは雪の時期になると除雪して脇に雪を積むため実際には1車線しかなくなってしまうからだとか。
お国事情は色々ですね。


北海道ラーメン紀行

先日の北海道出張の時に有名ラーメンをいくつか食べて来たのでその所感を。
北海道ラーメンというと「みそラーメン」という気がするが、実はエリアによって、函館は塩、札幌はみそ、旭川は醤油というのがメインなんだそうな。

函館五稜郭の「あじさい」の塩らーめん。
さっぱり塩味で美味しかったけど、塩ラーメンで感動させるのは結構ハードル高いかも。






札幌、「信玄」のみそラーメン。
みそにしては薄いスープなのに、味はしっかりしていて◎。
今回のラーメンの中では一番をつけちゃう。






札幌、「てつや」のみそラーメン。
じつは「てつや」の一番のお勧めは醤油ラーメンらしい。
でもみそも美味しかったです。






札幌、「五丈原」のみそラーメン。
正直、今回のラーメン紀行の中では一番パンチがなかった。







札幌、「すみれ」のみそラーメン。
美味しかったんだけど、焦がしニンニク系でちょっと、本場みそラーメンとしては反則か。
写真は無理クリ作ってもらったハーフ(お代は一杯分しましたが。。)





キャラクターバブル崩壊?

子供にせがまれて『劇場版 ポケットモンスター ダイヤモンド・パール アルセウス 超克の時空へ』を観に行った。
物語自体はそれなりに面白かったが、今回のメインキャラクターである”アルセウス”であるが、”神と呼ばれしポケモン”とのことで、既に”ポケットモンスター”という概念から外れてしまっているのが気になった。
”ポケットモンスター”というのは元々はピカチュウのような、可愛らしいモンスターが人間と一緒に成長して行くドラマという認識であったが、その同じカテゴリーに万物の創世主であるものがいるというのはすでに『キャラクターバブル』といわざるを得ない。

ポケモンのような連続モノの宿命かもしれないが、どんどん面白く、ドラマティックに仕立て上げる必要性のため、ストーリーやらキャラクターをどんどんスゴイもの(最強、最凶、過激)にしていく必要がある。
これではどこかでみた資本主義の末路のように破綻をきたして崩壊するしかない。

同じ連続モノでも、実写系の場合には、出演者が自動的に歳をとるので出口戦略を設定しなくてもいずれ終了する。(寅さんしかり、釣りバカしかり。水戸黄門のようにバージョン変更しながら引き継がれるものもあるが。)

『ドラえもん』や『さざえさん』のように、安定的に(「より××」を求めずに)連続していく連続モノであればいいが、どんどんストーリー的に面白くしていく必要性のある連続モノは、どこかで無理が生じていく気がする。
連続モノに関しても出口戦略を設けておかないと有終の美を飾れずに、せっかくのそれまで積み上げて来た実績が霞んだものとなってしまう。
(惜しむらくは名作『北斗の拳』。途中で止めておけばもっと名作だったと思う。)

『○周年記念』といって盛り上げた祭りの後をどう整理するのかについては、仮面ライダーシリーズも全く一緒の課題をもっている。
あれだけ今までを振り返ってその資産(過去の主人公ライダー達)を利用しまくった「ディケイド」の後をどうつなげるのか。
バブルと認識された時の資本主義と一緒でソフトランディングはそれほど容易ではないのではないか。

と言っても、資本主義と違うのはバブル崩壊しても(ハードランディングとなっても)あまり困る人はいないという点か。
大騒ぎして馬鹿を見ているのはこちらの方かも。

2009年8月4日火曜日

白くまアイス

美味しいと勧められて白くまアイスを買って食べてみました。
この白くま、種類別『ラクトアイス』とあり、隣で売っていたかき氷系アイスの種類別『氷菓』と異なります。

そもそも『ラクトアイス』と『氷菓』の違いはなんじゃらほい、と調べてみました。

厚生省の分類で
種類       乳固形分 (乳脂肪分)
アイスクリーム 15.0%以上(8.0%以上)
アイスミルク   10.0%以上(3.0%以上)
ラクトアイス   3.0%以上 (3.0%未満)
氷菓 (ひょうか) 3.0%未満(3.0%未満)
となっているようです。

ハーゲンダッツとかお値段の高いアイスは種類別『アイスクリーム』で、何かちょっと混ぜちゃったりすると『アイスミルク』、我々がおやつで食べるのは大概『ラクトアイス』もしくは『氷菓』って感じです。

白くまはどうやら練乳のおかげで『ラクトアイス』という整理のようです。
見た目も味も完全にかき氷系なんですけどね。

2009年8月3日月曜日

モエレ沼公園

イサム・ノグチ氏のデザインということで、モエレ沼公園に行って来ました。
所要時間が限られているので、入り口の所でレンタル自転車を借りてGO!
本当に広くてぐるっと回ってみるだけで2時間は必要かと。
モエレビーチと呼ばれる水場の近くには家族連れが続々と集まって楽しそうに休日を楽しんでいました。

1日に何回かしか行われない噴水も素敵でしたが、噴水よりも周囲のサークル状の森(林)の雰囲気が素敵でした。

イサム・ノグチ氏がマスタープランを終えてからすぐお亡くなりになっているので、実際の細かな設計業務は別のアーキテクト・ファイブという設計会社が行っています。
正直どこまでがイサム・ノグチ氏のデザインなのかよくわからない部分もあります。
駐車場のデザインが秀逸なのですが、これは恐らく建築物としてアーキテクト・ファイブによるものと思われます。
野球場やグラウンドが周りから見えないようにランドスケープとしての丘で遮られているのですが、これはイサム・ノグチ氏の意向なのでしょうか。丘を観客席と兼ねる発想はすごく素敵なのですが、せっかく楽しそうに練習に励む姿を全く見せなくしなくてもいいのでは?
イサム・ノグチ氏がもっとマスタープランについて語っていると、その趣旨が伝わってよかったのかもしれません。

ガラスのピラミッド含め、照明機器もしっかり配備されていて、夜の照明も楽しそうでした。
次回は、ちょっと冬枯れの夜に照明デザインの素晴らしさを楽しみに行きたいです。





高さ13mの三角錐との組み合わせ『テトラマウンド』。
見るとなんてことはなさそうですが、非常に心地よいスケールで思わず登ってしまいます。






遠方から眺める『モエレ山』
これだけのスケールのランドスケープだと、建築ではなかなか調和できません。


はこだて未来大学

公立はこだて未来大学を見学してきました。
「オープンスペース・オープンマインド」をキーワードに、学生同士や学生と教員の緊密なコミニュケーションを可能とする空間を建築家の山本理顕が設計したものです。

「公立」ということで函館市、北斗市、七飯町で構成される函館圏公立大学広域連合が主体となっていて、平成12年の開学です。
一学年240名で、博士課程までいれて学生数は1000人ちょっとという規模的には小規模の大学です。

外から見るとガラスの箱のように見える建物の中には、驚きの大空間と、ガラスで仕切られた大小様々な教室が存在しています。
色んなところに学生がたむろえるスペースがあります。
ちょっとびっくりしたのが、特にどこで集いなさいと言う指示をしなくてもちゃんと学生達が自らうまい具合に棲み分けをするのだそうです。

後(平成17年)からできた研究棟は、本部棟のような大空間はありませんが、学生と教員がコミニュケーションをとれる場所が用意されています。

学生は見るー見られるの関係になれているのか、我々のような見学者が近くを通り過ぎてもあまり気にならないような感じでした。
また、挨拶もしっかりしていて、ちょっとびっくりしました。(通常の大学では見学者に挨拶をするなんて、あり得ないですよね!)

開学10年が経とうとしていて色んな課題はあるのでしょうが、オープンスペースを利用した授業を一度受けてみたいと思いました。